第20話 獅子身中の虫③
物置部屋の中で行われる、えげつない行為。
歪んだ空間から白鳥と人の頭部を取り出す、荒業。
その行為を行った犯人は頭部から滴る血をグラスに注ぐ。
「クワっ!!?」
暴れる白鳥ゼウスの首根っこを掴み、レオナルドは兜を外し、口を開く。
「これから白銀を呼ぶ儀式を行います」
詳しい説明はないし、本当だという証拠もない。
だけど、説得力があった。油断させるにしても別の手がある。
わざわざこんな凶行に及んだのには、何か意味があるとしか思えなかった。
「これ我が体なり我が血なり。父と子と聖霊の力を以て我の穢れを浄化したまえ」
すると、突然、詠唱を始め、床には赤い魔法陣が、展開されていく。
先ほどまで暴れ回っていたゼウスは、なぜか、置物のように静まり返っていた。
「いただきます」
そして、机に並ぶのは、人の頭部と、赤い血液のジュース。
レオナルドは両手を合わせ、人肉を貪り、血液を飲み干していく。
「………………」
目の前で行われるのは、他に類を見ないほどの非道な行為。カニバリズム。
止めなければいけない。頭では分かっていた。それなのに、何もできなかった。
(――白銀が、もしかしたら、これで……)
胸の内を支配するのは、後悔でも、怒りでもない。
あるのは、白銀が復活することへの期待。ただそれだけ。
(違う……なんで、ただ黙って……。人として、怒って止める場面じゃないの……)
心の欠陥を自覚し、怒れない自分に気付いた時には、もう、遅かった。
どれだけ外面を取り繕っても、その内面が、人として終わっているということに。
「ごちそう、さまでした」
すると、レオナルドは再び両手を合わせる。
それは、人としての正しさを示す時間の終わり。
「なぜ、こんなことをしたの……?」
ただ最後の良心が、悪行を責め立てた。
責めても意味ないのは、当然分かってる。
もう手遅れだってことは、頭で理解してる。
それでも、人の形を保つためには必要だった。
「神に見合う中身がなければ、その外身である白銀の鎧は宿らない。という仮説を元に、私が行ったのは、聖体拝領の儀式。父、子、聖霊の力を借り、人の血肉を神の血肉に見立て、食すことで罪を浄化し、神との一体化を図りました」
レオナルドは、持っていた頭部を机に置き、語る。
「……それで、儀式は成功したの?」
自分にはなかった発想に、説得力を感じながら、成否を尋ねる。
成功していたなら、復讐を果たせる。そんな期待が声に乗っていた。
「いえ、残念ながら失敗に終わったようです。私では中身が伴わなかったようだ」
しかし、展開された赤い魔法陣は、散った花弁のように、儚く淡く消えていった。
「あなた、一体……」
やっていることは、外道そのものだった。
なんの同情の余地もなく、擁護のしようなんてない。
だけど、彼は泣いていた。この場で誰よりも正常な反応をしていた。
「リーチェさん、中で何がっ!」
そこで聞こえてくるのは、ジェノの声。
異常を感じ取ったのか、扉を叩き、鬼気迫る様子。
「後ろの子を引き渡してくれる気になりましたか?」
涙を親指で拭い、兜をかぶるレオナルドは尋ねる。
真偽はともかく、儀式の信憑性は今ので一気に高まった。
振りじゃなく本気で引き渡してもいいんじゃないかとも思える。
「悪いけど、お断りさせてもらうわ。彼の面倒は見てあげる約束だから」
それでも、守るべき筋というものがある。
彼の妹に約束したし、自分のルールも破った。
引き渡せば、それら全てに嘘をついたことになる。
白銀の情報は大事だけど、越えてはいけないラインだった。
「交渉は決裂です、か……。では、残念ですが、お暇させてもらいましょうかね」
すると、レオナルドは扉があるこちらに向かい、歩いてくる。
残念そうな声音で、顔色は兜で見えなくとも、表情が目に浮かぶ。
「待って、逃がすと思って――」
一瞬、何も考えず、道を譲り、奥へと通しかける。
だけど、素顔を見られた以上、帰すわけにはいかない。
すぐさま、背後にある得物に手をかけ、臨戦態勢に入った。
「――遅いっ!!!!」
しかし、考えていたことは相手も同じ。
凄まじい声量で放たれたのは、刀の柄による打突。
「っっ!!」
為す術なく、柄は胴に直撃。
その衝撃で、背後の扉に体が迫った。
(――まずい、このままじゃ、あの子ごと……)
頭をよぎるのは、最悪の想定。
斥力と質量による、ジェノの圧死。
「――それ、だけはっ!」
その瞬間、頭に浮かぶのは、一つの選択肢。
リーチェはすぐさま白銃――ビアンカを手に取り。
「因果装填、因果変換」
受けたダメージを弾倉に変え、ビアンカに装填。
因果変換で、因果の弾を別の物質に変換し、引き絞る。
「――黒縄地獄!!」
そして、白い銃口から放たれるは、意思に呼応する白い鎖。
ビアンカ限定の能力であり、ネロと違って、人を殺める能力じゃない。
――人の命を守るためのものだった。
(余計なことは考えない。ただ鎖で体を止める。それだけ……)
刹那に撃てたのは、二発で二本の、白い鎖だけ。
背後に展開し、吹き飛ばされた勢いを殺すために、放つ。
直後、白い鎖と、黒い鎧が接触し、衝撃と重力が体にのしかかる。
「……っ!!」
想像以上の衝撃。でも、必死に堪えた。
後ろに、巻き込みたくない人がいるから。
「……………………間に、合った?」
建物が軋み、嫌な音を立てる。でも、体は止まっていた。
恐る恐る振り返ると、閉じられてた扉はなんとか無事だった。
「――これで、終わりですっ!!」
安心も束の間。そこに、畳みかけてくるは、無慈悲の斬閃。四連撃。
(避け、られない……っ!)
怒涛の展開に、処理しきれず、死を覚悟した。
「…………………………え」
しかし、目の前に広がっているのは、歪んだ四角い空間。
なぜか、刃はすんでのところを切り裂き、体にまでは届いていなかった。
「刃が通らなければ、私の負け。なんて博打はしたくありませんでしたので」
すると、空間の向こう側からは、レオナルドの声が聞こえてくる。
ダメージを変換できる能力の本質を見抜き、手を出さなかったわけね。
「……逃げる気、なの」
理由は分かったけど、帰すわけにはいかない。
立ち上がり、負け惜しみのような言葉を投げかける。
どうせ何を言っても逃げられる。頭では分かってるんだけどね。
「ええ。今回は貴方に勝ちを譲りますよ。彼も白銀も諦めはしませんが」
すると、案の定、相手は別れ文句を告げてくる。
決着をつけるなら、次の機会。と言わんばかりの内容。
ひたむきに目的を追い求める姿勢は、どこか重なるものがあった。
「もう勝ち負けの問題じゃない。私の素顔を見た以上、あなたはいつか殺すわ」
でも、相手は目的のためなら手段を選ばない、外道。
同情はできないし、相容れることもない。次、会った時は殺す。
「望むところです。……ただ、貴方に一つだけ宣言しておきましょう」
「なに?」
「彼は、最後に貴方ではなく私を選ぶ。どれだけ関係を深めようともね」
不穏な言葉を言い残し、レオナルドの声は空間と共に消えていく。
元に戻った物置部屋には、そこにいたはずの白鳥。ゼウスの姿はなかった。




