第19話 獅子身中の虫②
「やはり、貴方が血塗られた魔狼……いいえ、至高の魔女でしたか」
持っていたナイフを手品のようにパッと消すのは、レオナルド。
種も仕掛けもどうでもいい。問題は発言している中身と、この状況のこと。
「……いいから、用件を言って」
どこまで事情を知っていようが、この際、どうでもいい。
問題は、なぜ、肩書きを知った上で、ここにやって来たのか。
殺し合いを始めるのは、理由を聞いてからでも、遅くはなかった。
「私と取引をしませんか?」
すると、レオナルドはそんな世迷言を口走る。
命乞いのつもりか、はたまた、逃げる口実作りなのか。
(はぁ……。聞き飽きたわ、この展開……)
とんだ茶番だった。ルールはよっぽどの理由がないと曲げない。
多少の利があるぐらいで見逃してあげるほど、甘くなった覚えはなかった。
「内容次第ね。何と何の取引なの?」
ただ、それを馬鹿正直に答える必要もない。
今は少し泳がして情報を得る。それが最優先だった。
(どうせ、金か利権でしょうけどね……)
相手は大統領兼大司教。表と裏のトップに近い存在。
それが用意してくるものなんて、おおよその予想がついた。
「白銀の鎧の情報をお教えします。引き換えに、後ろの子をいただけませんか?」
尖った耳が、ぴくりと動いたのが分かる。
彼が切り出したのは、思ったよりも耳寄りな情報。
後で殺すにしても、耳を貸してあげるぐらいはしても良かった。
『やめとけ、お嬢。この手の情報で上手くいった試しがねぇ』
すると、フェンリルが口を挟んでくる。その言い分は分かる。
今まで上手くいかなかったから、次も上手くいかないに決まっている。
そう思ってしまうのも仕方がないぐらいには、途方もない時間を浪費してきた。
「あの子を欲する理由は?」
でも、今回は、違うかもしれない。
そんな淡い期待を込めて、ひとまず話を続けた。
実際、至高の魔女の正体を突き止めた彼なら、可能性はある。
「彼は儀式の生贄です。詳細は引き渡した後でお教えします」
生贄。うさん臭いワードだった。
ただ、信憑性がないってわけでもない。
白教は、白銀の鎧について、独自の知識がある。
引き渡す振りをして、情報を引き出してもいいかもしれない。
「あなたの情報が正しいという確証はあるの?」
ただ、それは、情報源が確実に信用できる場合に限る。
振りをするにしても、見込みがないなら、やる意味がない。
「大司教という肩書きを信じてもらう他ないでしょうね」
「今までどれだけ、あなたみたいな人と出会ったと思っているの」
「肩書きではなびきませんか。……仕方ありません。少し情報を開示しましょう」
椅子に再び、座り直したレオナルドは、アタッシュケースを机に置く。
そして、金色の鍵を懐から取り出し、ケースの鍵穴に差し込み、回した。
「弱者には敗北を、強者には勝利を、戦わぬものには死を。
我、この理を以て、この世全てを支配する魔王とならん」
レオナルドは、どこか馴染みのある詠唱を果たしていく。
直後、アタッシュケースから銀色の鼠が現れ、突如、輝き出す。
銀の鼠は金の獅子へと反転し、金色の光がレオナルドを包み込んでいく。
「こちらにございますは、種も仕掛けもない二振りの刀でございます」
突如、目の前に現れたのは、黄金の鎧。
両腰にある鞘から金と銀の刀を抜き、語り出す。
『奇襲だ、お嬢!! やつは俺たちを消す気なんだ!!』
すぐさま、フェンリルの声が頭に響き、状況を理解する。
(……殺して奪えば、情報開示も取引の必要もないってわけね)
リーチェは冷静に、頭のフードから一匹の白い兎を取り出す。
「目には目を、歯には歯を、まつろわぬ者には死の救済を。
我、この理を以て、神に災いをもたらす叛逆の魔狼なり」
そして、詠唱をし、漆黒の鎧に遅れて身を包む。
黄金の鎧を纏うレオナルドは、すでに二刀を両手で構え。
「そして、このように――っ!」
空を薙いだ。
「――っ!」
屈んでかわし、能力発動を考慮し、距離を取る。
すると、薙がれた空間は蜃気楼のように歪んでいた。
「何もない空間を斬りますと――」
納刀したレオナルドは、歪んだ空間に手を突っ込んでいく。
(恐らく、空間切断と空間接合の能力……。シンプルだけど強い)
中から何が出てくるか分からない以上、ここで仕掛けるのは危険。
冷静に相手の能力を分析しつつ、後手に回るリーチェは、動きを待った。
「あら、不思議。御覧の通り、人の頭と、一羽の白鳥になりました」
そうして、現れたのは人の頭部と、白鳥。
一階にいたはずのマルタの頭と、ゼウスだった。




