望まぬ再会
「穴!? いや、洞窟か!? 何でいきなり!?」
「キュッ!」
驚くライバールの顔を見て、ミドリが得意げな顔をしながら少し下がる。するとぽっかりと空いていた穴が跡形も無く消え去り、そこには再び石の壁が出現する。
「消えた!? え、マジか!?」
「これミドリちゃんがやってるの? うわー、凄いじゃない!」
「キュー!」
「ふーむ?」
アイシャに褒められ嬉しそうに鳴くミドリをそのままに、スタンが石壁に近づいてそっと手を乗せる。だがどれだけ力を込めようとそこにあるのはただの石であり、じっくり観察しても継ぎ目のようなものは見当たらない。
「感触がある……というか、完全にただの石だな。幻ではないというのなら、一体どのような仕組みなのだ? なあミドリよ、もう一度穴……いや、扉か? とにかく開いてみてはくれぬか?」
「キュー? キュッ!」
スタンの頼みに応えるように、ミドリが再び石の側面に鼻先を押しつける。すると当然のように穴が開き、その奥には薄暗い通路が続いていた。
「開いたり閉じたりは自在なのか。どうやらライバールの予想は当たっていたようだな」
「え、俺!? 俺なんか言ったっけ?」
「再会した最初の日に、そちが『ドラゴンにしかわからない魔法で隠されている道があるかも』と言ったのではないか! もう忘れたのか?」
「えぇ? いや、言ったような気はするけど、正直その辺は適当な思いつきって感じだから……でも、そっか。ならこの先には……」
「ほぼ間違いなく、ドラゴンに関する何かはあるのだろうな。まあミドリがここに住んでいたのか、あるいはドラゴンにしかわからぬ目印のようなものがここにもあって、それを開いただけかはわからんが」
「そんなの別に、どっちでもいいじゃない! どうせ行くんでしょ?」
考え込むスタンとライバールをそのままに、ミドリを撫でていたアイシャがあっさりとそう口にする。その言葉にスタン達は顔を見合わせ、ライバールは苦笑してからアイシャに答えた。
「ああ、そうだな。こんなの見せられて行かねーはずがねーだろ!」
「であるな。このような謎空間、万全を期すならしっかりとした事前調査をしたいところだが、そんなことをしている時間もない」
「なら決まりね! さあミドリちゃん、アタシ達を案内……一応聞くけど、ここアタシ達が入っても平気なのよね?」
「キュ? キュー!」
アイシャの問いに可愛く小首を傾げたミドリが、特に警戒するでもなく穴の中へと入っていくと、早く早くと言わんばかりに尻尾を振って振り向く。その様子にスタン達もまた若干緊張しながら穴の中へと入っていくと、内部に満ちたひんやりした空気を吸い込み、確認する。
「ずっと閉じていたはずだが、とりあえず呼吸が出来ぬということはなさそうだな」
「だな。それに真っ暗じゃねーってことは、ここにも魔力が溜まってるってことだ。ただドラゴンのイメージからすると大分暗いけど」
「普段は使ってないんじゃない? アタシがドラゴンなら、こんな穴の中通るより、空を飛んで行くわよ?」
「……そりゃそうか」
穴の内部はかなり広く、縦横五メートルほどの広さのある一本道となっている。夕闇ほどの明るさは激しく動くには向かないが、それでも互いの顔が見える程度には明るい。
だが、ドラゴンが好んでこの道を使うかと言われれば疑問だ。ぶっちぎりの最強生物、生態系の頂点たるドラゴンが普段から隠れてこそこそ地下通路を進むというのは、今ひとつ想像しがたい。
「キュー! キュ、キュー!」
「わかったわかった、今行くって」
キョロキョロと周囲を伺うスタン達を、ミドリが重ねて急かす。それに釣られて歩き始めた一行だったが、スタンがふと振り向くと、背後に開いていた穴はいつの間にか閉じており、そこには入り口と同じくただの石壁が存在していた。
(ふむ、離れると閉じるのか……これはミドリがいなくなったら帰れぬな)
もし追跡があるならこれで完全に振り切れるだろうが、同時に退路も断たれた。とは言えここで引き返すという選択肢などないのだから、一行は気にせず前に進む。そうしてそこそこ急な上り坂をゆっくりと進んでいくと、程なくして突き当たりへと辿り着いた。
「何もない突き当たり? ミドリちゃん、ここでいいの?」
「キュッ!」
アイシャの問いにミドリがまたも突き当たりの壁に鼻を押しつけると、途端に前方に穴が開き、凍えるような冷気が洞窟の中へと吹き込んできた。
「さむっ!? ミドリちゃん、閉じて閉じて!」
「馬鹿、閉じてどうすんだよ! 行くぞアイシャ!」
反射的にそう言ってしまったアイシャの背中をペシッと叩くと、ライバールが率先して外に出る。それに続いて他の者達も出ると、そこには普通に空が広がっていた。
「外、か? ってことは、今のはショートカット的な通路ってことか?」
「そのようだな。おそらくはここが山頂なのであろう」
周囲を見渡してもここより上はなく、であれば全く別の場所に通じていたのでなければ、ここは白竜山の山頂ということになる。すり鉢状の広い空間は荒涼としており、まばらに生える草と転がっている石がなんとも寒々しい。
「……何か、あんまり生き物がいるって感じじゃねーな?」
「そうね。これじゃ……」
「キューッ!?」
と、そこで突然悲鳴のようなミドリの鳴き声が響く。慌てて一同がそちらに近づいていくと、そこには枯れ草のようなものがこんもりと積まれていた。
「どうしたミドリ? この草がどうかしたのか?」
「キュー…………」
「……? ねえライバール、これ草の下に何かない?」
「ん? そう言われれば……よし、ちょっとどかしてみるか」
アイシャの気づきに、全員で枯れ草をどけていく。するとすぐにその下から白い骨の山が見つかり、一同は思わず手を止めてしまう。
「骨!? ねえ、これって……?」
「色んな魔物の骨が混じってるみてーだな。でも、この一番でけーのは……」
何種類かの魔物の骨。だがそれらとは一線を画す大きな骨がそこに混じっている。四つ足、大きな翼、長い尻尾。その特徴を持つ生物と言えば……
「ドラゴンの骨、か……」
「キュゥゥゥゥゥゥゥゥ…………」
全員が見守るなか、ミドリがドラゴンの骨に近づくと、何とも切ない鳴き声をあげる。そのまま何かを確かめるように鼻先を擦り付け、再び鳴き声を上げるも、骨がそれに応えることなどあるはずもない。
「キュゥゥゥゥゥ……キュゥゥゥゥ…………」
「ミドリちゃん……っ!」
「……なあ、スタン。埋めてやろうぜ。他の魔物と一緒はあんまりだろ」
「そうだな」
アイシャがミドリをぎゅっと抱きしめるなか、スタンとライバールはまずドラゴンの骨を丁寧により分けてから、スタンが取り出したシャベルを使って、固い地面を掘っていく。
ドラゴンの骨は、それだけでも大金となる貴重な素材だ。だがこの場に金のためにミドリの親だと思われる骨を辱めようとする者は一人もいない。ただ黙々と穴を掘り、凍える寒さが気にならないほどに汗を掻きながらドラゴンを埋められるほどの大穴を掘っていく。
そうして作業開始から数時間が過ぎ、やっと必要な大きさの半分ほどを掘ったところで、不意に一同の耳に予期せぬ声が届く。
「いた!? やっと見つけたぜ!」
「っ!?」
山の縁の方から聞こえてきた声にスタン達が振り向くと、そこにはしっかりと武装した一〇人ほどの男達の姿がある。中でもその先頭にいたのは、スタンも見たことのあるひげ面の男だ。
「そちは……」
「ハッハッハ、久しぶりだな仮面野郎。それにそっちのガキと……女は知らねーな。俺の担当じゃなかったし」
「え、誰? スタン、知り合い?」
「そう、だな。知ってはいる。この者は……いや、名前は知らぬが……」
「えぇ? 知ってるの? それとも知らないの!?」
「俺にドラゴンを売れって言ってきたお貴族様の使いっ走りだよ。スタンのところにも行ったみてーだけどな」
「そういうこったお嬢ちゃん! 改めて名乗ってやろう、俺はアラン! デーリッチ子爵様から派遣された、ドラゴン回収部隊の頭だ!」
敵意の籠もったライバールの目を者ともせず、ひげ面の男アランは堂々とそう名乗りを上げた。





