次の一手
「テメェがドラゴンを飼ってるってガキかぁ!? 痛い目に遭いたくなけりゃ、今すぐドラゴンをよこしやがれぇ!」
「そーだそーだ! その金で娼館丸ごと買い取ってやるぜぇ!」
「お、剣を抜いたな? なら正当防衛ってことで……ほい!」
「「ギャァァァァ!?!?!?」」
町からほど近い森の中。ライバールを囲む数人のごろつき達の汚い悲鳴が周囲に響き渡る。未だE級という最下級冒険者のライバールではあるが、その実力はC級どころかB級冒険者と渡り合えるほどのものがある。まともな鍛錬などしていないごろつきを相手に後れを取ることなどあり得ないのだ。
「いてぇ、いてぇよ! 俺の腕がぁ!」
「足が、足が……!?」
「チッ、大げさだな。ちょっと手と足の腱を切っただけじゃねーか。オラ、見逃してやるからさっさと帰れ」
「「お、覚えてろよぉー!」」
右足首を切られた男に手首を切られた男が肩を貸し、捨て台詞を吐きながら森を去って行く。そんな悪党の姿をため息と共に見送るライバールだったが、不意に近くに別の気配を感じて再び剣を構える。
するとすぐにガサガサと下草が揺れ……そこから現れたのは何処に行ってもアホほど目立つ黄金仮面とその連れだった。
「ハッハッハ、今日も大人気だなライバールよ」
「うわ、痛そう……自業自得だから同情の余地はないけど」
「何だ、お前達か。びっくりさせんなよ」
「そう言われてもな。まさか大声をあげながら近づく訳にもいくまい?」
「ま、そりゃそうだけどよ。ミドリー、もう出てきてもいいぞー」
「キューッ!」
スタン達の登場にほっと胸をなで下ろしたライバールに呼ばれ、その背後から翡翠のような美しい体色をした小さなドラゴンが姿を現した。ミドリがライバールの足に頭をグリグリと擦り付けると、ライバールもまた幸せそうにミドリの頭を撫でる。
「よしよし。怖かったか? もう大丈夫だからな」
「キュー!」
「相変わらず懐いておるな。ほれ、ライバールよ。頼まれていたものだ」
「お、悪いな」
「ミドリちゃんにもお土産持ってきたわよ。いっぱい買ったから、肉屋のおっちゃんがおまけにってくれたやつだけど」
「キュー!」
スタンから剣を手入れするための油や細々した消耗品などを受け取ると、ライバールが適当な石の上に腰を下ろす。それから腰の水筒を外して中身をグビグビと飲むと、アイシャの差し出した端肉を嬉しそうに囓るミドリを見ながら改めて話を始めた。
「にしても、もう五日か……随分と面倒な事になっちまったぜ」
「余のせいですまぬな、ライバールよ」
「いいって。てか、スタンに声をかけた時点で目立つのはわかってたしな」
スタンが子爵の誘いを断った翌日から、この場所には先ほどのようなごろつきがやってくるようになっていた。その数は日を追うごとに増え、更に言えばその質も上がっている。ライバールの実力だからこそ撃退できているが、もし普通のE級冒険者であれば、とっくに森の肥やしになっていたことだろう。
「にしても、こんな雑魚ばっかり送り込んできて、子爵様ってのは何がしてーんだ?」
「何って、そりゃライバールを殺してドラゴンを奪おうとしてるんじゃないの?」
「普通に考えりゃそうなんだけどよー。でもあいつら、誰も子爵様のことなんて知らなかったんだよなぁ」
ミドリと戯れながら問うアイシャに、ライバールが首を傾げながら答える。自分が上だとしっかりとわからせてから襲撃者に色々と聞いてみたライバールだったが、誰もが子爵のことなど知らず、単に「町でこの辺にドラゴンの子供を飼ってる駆け出し冒険者がいる」という情報を聞いただけだと口を揃える。
それが一人二人ならともかく、これだけの数がいて全員が同じようなことを言うとなると、ライバールとしてもそれを信じるしかなかった。
「なあスタン。これってどういうことだと思う?」
「ふーむ……あくまでも予想でしかないが……」
ライバールの問いにしばし考え込んだスタンが、そう前置きして話を続ける。
「もっとも可能性が高いのは、足止めだな。町に噂を流すだけで、欲深い者は勝手にそちを襲いにくる。そうして時間を稼いでいる隙に、自分の管理する手練れの者に襲わせる準備をしている……だろうか?」
「うーん、あり得るって言えばあり得るけど、でも俺が子爵様に初めて声をかけられたのは、もう半月以上前だぜ? その時から準備してたなら、今更足止めなんてさせるか?」
「それは何とも言えぬな。半年一年ならまだしも、半月程度では別件で動かしていた戦力の帰還を待っているとか、高名な冒険者なりに依頼を出して、こちらに来るのを待っているというのも無くは無いであろう?」
「そりゃそーか。ってことは、ここに残ってるともっと面倒な奴が続々攻めてくるってことか?」
「可能性の一つとしては、だがな」
それが正しいかどうかは、この場の誰にもわからない。無論子爵はその答えを知っているだろうが、まさか聞けるはずもない。
「……なら、さっさと準備を済ませて山に行っちまった方がいいか?」
「それも何とも言えぬな。確かに山に行ってしまえば追いかけてくる者は減るだろうが、それでも全く来なくなるとは考えづらい。それに山に行けばここと違って、周囲には強い魔物もいるのであろう? そこで人と魔物を同時に相手にする可能性を考慮するなら、ここで粘って後顧の憂いを絶つという考え方もある」
「チッ、正解はやってみなけりゃわかんねーってことか……ま、冒険なんてそんなもんだけどさ
「で、どうするの? アタシ達はどっちでもいいけど」
「え!? お前達、一緒に来るつもりなのか?」
ミドリの腹を撫でながら当然のようにそう言うアイシャに、ライバールが驚いて声をあげる。だがそんなライバールに対し、アイシャは少しだけ怒ったような声で答える。
「当たり前でしょ! 何言ってんのよ!」
「何って……わかってんのか? これから向かう予定の山は、強い魔物も一杯いるんだ。お前達じゃ……」
「足手まとい? まあアタシはそうかも知れないけど、スタンがいればどうにかなるでしょ?」
「当然だ! 余に任せて――」
「違う!」
「キュッ!?」
スタン達の言葉を遮り、ライバールが大きな声を出す。それに驚いたミドリがビクッと身を震わせる姿を見て猛る気持ちを落ち着けたライバールが、改めてその気持ちを口にする。
「足手まといとか、そういうことじゃねぇ。危ねーって言ってんだ。前にゴブリンジェネラルと戦った時は子供が掠われたからって理由だったけど、今回は完全に俺の都合だ。そこにまでお前らを付き合わせるのは……」
「馬鹿言ってんじゃないわよ!」
「いった!? 何すんだよ!?」
口ごもるライバールの額に、不意にアイシャがデコピンをかます。それにより額に赤い怒りを刻まれたライバールが軽くアイシャを睨んだが、アイシャは全くひるまない。
「フンッ! 馬鹿なこと言ってる馬鹿には、このくらいでちょうどいいのよ! アタシやスタンが、困ってるアンタを見捨てるとでも思ってるの? それにアタシ達だって、ミドリちゃんのことは気に入ってるもの。
だから助けるの。アタシ達自身のために……そしてミドリちゃんのためにね。アンタのためじゃないから、断られたって勝手について行くわよ! でしょ?」
「そうだな。余の配下になりたいと申し出てきた者を見捨てるなど、ファラオの名折れ。遠慮せずに余達に頼るがよい」
「スタン、アイシャ…………へっ、何だよ。俺の知り合いは馬鹿ばっかりだぜ」
笑顔で言うアイシャとスタンに、ライバールがそう言って親指で鼻の下をこする。そっぽを向いた横顔は幾分か赤く、その口元は嬉しさに緩んでいる。
「ではその辺も踏まえて、今後の事を話し合うか。余達はその山とやらのことは何も知らぬからな。襲撃者への対応も含め、もう一度きっちり情報を精査しておかねば」
「そうね。アタシとミドリちゃんの安全はきっちり確保するのよ!」
「アイシャ……お前あれだけ言っといて、それでいいのか?」
「いいのよ! てか、アンタ達みたいな低級なのに異常に強い人達と一緒にされたら、アタシなんて命が幾つあっても足りないもの! 強くなる努力はしてるけど、ごく普通の一般人であるアイシャさんは、努力したからってすぐ強くなったりしないのよ!」
「ははは、それは確かにそうだな。そういえば、身体強化の方はどのくらい出来るようになったのだ?」
「うーん、まだ微妙……って、そうよ! ねえライバール、アンタがそんなに強いのって、ひょっとして無意識に身体強化を使ってるからじゃないの?」
「へ!? 何だよそれ、そんなの知らねーけど?」
「あー、知らないのか! そりゃ知らないわよねー! ならこのアタシが特別に教えてあげるわ!」
「ウゼェ! 何で上から目線なんだよ!」
「マウントは取れるときに取っとくのが定石なのよ! フフッ、ミドリちゃんもライバールと一緒に勉強しましょうねー」
「キュー!」
「ミドリ!? くっ、仕方ねぇ、聞いてやるよ」
「いい心がけね! ならまずは――」
膝の上に飛び乗ったミドリが楽しげに鳴いたこともあり、ライバールが若干不満げな顔をしながらもアイシャの話を聞く姿勢をとる。そんな賑やかな空気のなか、三人は今後の事を話し合っていった。





