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黄金の冒険者 ~偉大なるファラオ、異代に目覚める~  作者: 日之浦 拓


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ダイ・プッター物語 後編

「えっ、ショーサン君って、ここのお孫さんとかじゃないの?」


「ええ、違います。プッター教では正式な僧侶になるためには、家族と縁を切って寺院で住み込みの修業する必要があるんです。ショーサンという名前もその時にいただいたもので、本名は別にあるんですよ」


「ふむん? 立派な心がけだが、家族と縁を切らねばならぬとは、その歳では随分と重い決断だったのではないか?」


「いえいえ、そんなことありませんよ。縁を切るとは言っても、別に会ったら駄目とかってわけじゃないですからね。実家は下の町にあるんですけど、両親共に時々お参りに来てくれるんです。表向きは他人のふりをしますけど普通に会話はしますし、お祝い事に呼ばれたりすることもできますから」


「ほーん。厳しいんだか甘いんだか、よくわかんないわね」


 黒くて甘い練り菓子を囓りながら、三人は他愛のない会話を続ける。そうしてしばらくすると、教会の鐘とはまた違う、ゴーンという低く重い音が辺りに響き渡った。


「あ、そろそろ時間ですね。それじゃ御堂の方にご案内しますが、よろしいですか? 用足しなどは今のうちに済ませてください」


「余は大丈夫だ。アイシャはどうだ?」


「アタシも平気よ。じゃ、行きましょ」


 ショーサンの言葉にスタン達が頷き、そのままさっき来た道を通って元の広間へと戻る。するとそこには既にジーサンが座って待っており、再びスタン達を出迎えてくれた。


「お二人とも、休憩はできましたかな?」


「うむ、問題ない。引き続きよろしく頼むぞ、ジーサン殿」


「よろしくお願いします、ジーサンさん」


「勿論ですとも。では先ほどの話の続きからしていくことにしましょうか」


 長い話になるのがわかっているからか、今度は最初からショーサンにより白湯の準備が為されている。それを一口飲んでから、ジーサンが改めて語り始めた。


「さて、『悟り』に至ったシッタカプッタ様ですが、それと同時に、それを識る者が世界にただ一人、自分しかいないということにも気づきます。自分の年齢を考えれば、ほんの十数年でそれが失われてしまう可能性もある。その事を憂いたシッタカプッタ様は、自分の得た悟りを他者に伝えようと考えました。


 ですが、国一番の天才と謳われた自分ですら何十年もかかった悟りをごく平凡な者達に教え伝えるのは、極めて困難。才のある者を弟子とし、自分のように世界を巡らせたりしましたが、なかなか上手くいきません。


 そこでシッタカプッタ様は、悟りへと至る道筋をもっと体系的に纏め、誰でもわかるようにすることに取りかかりました。そうして残った生涯を費やしてシッタカプッタ様が作り上げたものが、プッター教の神髄たる『六門の道』なのです」


「六門の道……それは部外者である余達も聞いてもいいものなのか?」


 問うスタンに、ジーサンは軽い笑みを浮かべて頷く。


「勿論です。悟りを得たプッター様が、それを分かち合うために作ったのがプッター教なのですから、教えを広めることに否やなどあるはずもありません。ということで解説いたしますが……プッター様曰く、人が悟りに至るには、六つの心門を開くべしと言われております。曰く――」





 一の門は、位置の門。己という存在が何処に在るのかを知ることはとても重要です。自分にとっての世界、世界にとっての自分。見上げたり見下したり近づいたり離れたり、揺れ動く心の位置を絶えず把握し、全ての宙に置きなさい。


 二の門は、荷の門。人は生きる限り、様々なものを背負い続けることになる。それは責任であったり罪であったり、人の縁やしがらみなども含まれます。自身を世界に押し留めるものがなんであるかをしっかりと知り、その全てから自由になりなさい。


 三の門は、産の門。どのような生き物であろうとも、産まれなければ存在しません。どのようにして己が産まれ、そして新たに産んでいくのか。命に向き合い、命を讃え、己が生まれ出たことに心から感謝し、新たな命の誕生を心から祝福しなさい。


 四の門は、死の門。死はあらゆる生命に平等に訪れる終わりであり、決して逃れ得ぬものです。恐れて取り乱し、心を泡立たせてはいけません。それは心の形を崩し、悟りを遠のかせてしまう。終わりが終わりではないと気づいた時こそ、その先が見えることでしょう。


 五の門は、後の門。人は一人に非ず。己の後に続く者を育てればこそ、その想いは連綿と続いていく。己が修行で得たものを惜しんではいけません。独占は悟りから最も遠いものであり、連なり分かち合うことにこそ悟りの境地が存在するのです。


 六の門は、録の門。言葉や想いは移ろいやすく、人の都合で容易くねじ曲がってしまう。だからこそしっかりと記録しておかなければなりませn。遍く全ての人々に『悟り』のなんたるかを教え、求める全ての人々に『悟り』への道を伝えるのです。それを記録する過程こそが、その身を悟りに近づけるでしょう。





「……というものになっております。ちなみにこれはあくまでも『悟りに至るための修行の方法(・・・・・)』なので、これを聞いたからといって『悟り』のなんたるかがわかるわけではありませんので、ご安心ください」


「む、そうか。だそうだぞ、よかったなアイシャよ」


「……へっ!? あ、うん。そうね」


 途中から完全に理解を放棄し、ポケッとした顔をしていたアイシャにスタンが声をかける。するとアイシャは慌ててそう答えたが、その頭には今の話の内容は半分も残っていなかった。


 もっとも、それを咎めるつもりはスタンは勿論、ジーサンにもない。そもそもこれは内向きの話なので、部外者がわからなくて当然なのだ。


「ちなみに、このような教えを残したことで、シッタカプッタ様は弟子達から偉大なるプッタ、ダイ・プッターと呼ばれるようになったとのことです。


 また悟りを求める弟子達とは別に、悟りを得たプッター様に救いを求める民の為に残した教えの方が、一般的にはプッター教の教えとなっております」


「確か、神はあらゆるものの内にあり、その全てを見守っている……だったか?」


「ええ、そうです。正確には『悟り』へと至ることで、世界と自分は同一の存在となり、得ることも失うことも全てが同じになる。故に喜びも悲しみも全ては一時の心の小波であり、遙かに続く時の流れのなかにおいては、何があっても何もないのと同じである……ということなのですが、それを心から理解出来るのはそれこそ『悟り』を得た者だけとなりますので……」


「まあ、伝わらぬだろうなぁ」


 宗教の門を叩く者の多くは、そこに救いや安寧を求める者である。偉大な開祖に近づきたいなどという理由でやってくる者は少数なのだから、そちらに向けた専門的な解説ばかりをしていては、人の支持を集められるはずもない。


「なので、全てが同じであるなら神は自分であり、自分もまた自分自身のための神である。そして全てのものが自分であるなら、即ち全てのものに神が宿り、自分なのだから常に自分を見続けている……という解釈のもと、そういう教えになったわけですね。


 勿論、個別に相談していただければ、その方、その状況にあったお答えをすることもできます。何かお悩みがあるようでしたら、気軽にご相談ください。まだまだ未熟者ではありますが、プッター様のありがたいお言葉を伝えさせていただきますので」


「ああ、機会があればそうさせてもらおう」


 ゆっくりと頭を下げ、これで終わりという雰囲気をジーサンが出したことで、スタンもそう返して白湯を飲む。その後はすぐにショーサンがやってきたので、改めてジーサンに礼を言ってからスタン達は広間を後にし、寺院の庭先までやってきた。


「今日は実に有意義な話を聞くことができた。ジーサン殿にも重ねてよろしくお伝え願いたい。それとこれは、正式な喜捨だ。納めてくれ」


「わかりました。ありがとうござ……っ!?」


 スタンの差し出した喜捨に、ショーサンが驚きで言葉を詰まらせる。渡された硬貨が金色に輝いていたからだ。


「き、金貨ですか!? あの、これ、本当に!?」


「ああ、問題ない。ジーサン殿の話にはそのくらいの価値があったしな……っとしまった!」


 と、そこでスタンがやや大げさに仮面の額をペチッと叩く。


「ど、どうかされたんですか? やっぱり間違いだったとか……」


「いやいや、そうではない。ただジーサン殿に、プッター教の歴史資料などを見せてくれぬかと頼むのをすっかり忘れていてなぁ。今更引き返してそのようなことを問うのも無礼であろうし、どうしたものか」


「ああ、そういえばそんなこと言ってましたね。それだったら僕の方から、改めて住職様に聞いておきましょうか?」


「いいのか?」


「勿論です! それにこの寺院には、他にも座禅の体験会とか、信者の方向けの催しがいくつもあるんです。日付が決まっているものは難しいですけど、随時受け付けているようなものは是非体験していってください!」


「おお、それは楽しみだな。ではまた明日にでも来ることにしよう。よろしく頼むぞ、ショーサンよ」


「はい! お待ちしてますね!」


 元気に返事をするショーサンを背に、スタン達は寺院を後にする。だがその帰り道にて、アイシャがスタンの背にジト目を向ける。


「高額の寄付をしてから子供相手にお願いを通すとか、アンタ本当にクロオね」


「何を言うかアイシャよ。これは交渉術というものだ。無理に何かを求めたわけでもないし、誰も不幸になってはおらぬであろう!」


「まあそうだけど……アンタ、自分の剣で切られた時に燃え尽きないように気をつけなさいよ?」


「またしても不敬の極み!?」


 呆れた目を向けるアイシャに、スタンは実に心外そうに仮面を揺らすのだった。

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