意外な再会
「ぐはーっ、限界! やっぱぜんっぜんわかんないわー……」
今日もまた三〇分ほど訓練をしたところで、遂に限界を迎えたアイシャが地面に四肢を投げ出して寝転がった。そのまま顔だけ横に向けると、隣にいるスタンにニヤリと笑みを浮かべて言い放つ。
「まあでも? 隣のファラオ様も出来なかったみたいだから、いいけどね」
あの後三回ほど手を干からびさせたことで「いい加減にしなさい!」と怒られ、ソウルパワーを混ぜ込むのをやめたところ、スタンもまた身体強化はできなかった。だがそんな皮肉混じりの言葉に、スタンがカクッと仮面を揺らす。
「むぅ……いかんぞアイシャ。低きを見て安心するようでは、成長はできぬ」
「アタシは凡人だからそれでいいのよ! あーでも、この後まだつ……ホーンドアントの討伐があるのよねぇ」
「そうだな。さあ二人とも、すぐに立って移動を開始だ!」
「うへー……了解」
今日もやる気に満ちているローズの言葉に、アイシャは顔をしかめつつものっそりと立ち上がる。それから予定されていた場所に辿り着くと、少しして遠くに小さな黒い物体が発見された。
「あ、ローズ! 見つけたよー! でも……」
微妙に歯切れの悪いシーナの言葉に、ローズもまた視線を向ける。するとその先にいたのは確かにホーンドアントであったが、その数が少ない。
「三匹? 手負いか?」
「どうするの、ローズ?」
「ふむ……」
シーナに問われ、ローズが少し考え込む。
ホーンドアントは常に五匹以上で巣から出てくるため、それより数が減っているのは敵にやられて撤退中の部隊だけだ。そしてそういう部隊が更に接敵した場合、取る行動は一目散に逃げるか死に物狂いで向かってくるかのどちらかとなる。どちらであっても訓練にはあまり向かないが、とはいえ見つけた魔物を理由もなく放置するのは望ましくない。
「まあいいだろう。アイシャ、スタン君。昨日とは少し毛色が違ってしまうが、構わないかな?」
「無論だ。ファラオはどんな敵を前にしても逃げたりはせぬからな」
「アタシも平気です」
「そうか、なら私達は昨日と同じく、後方に控えているから」
スタンもアイシャも、特に気負った様子は見られない。故にローズはそう言うと、仲間と共に少しだけ二人から距離を取った。無論今回も万が一の事態が起きたときは、すぐにカバーに入れるように準備は万端だ。
そんな背後からの気配に頼もしさを感じつつ、スタンはアイシャに声をかける。
「アイシャよ、大丈夫か?」
「さっきも言ったけど、平気よ。あのくらいでビビって腰が引けるようなら、冒険者なんてなってないわ。それにアンタに初めて会った時の方が、昨日よりよっぽどヤバかったしね」
「ふふ、そうか」
笑って言うアイシャに、スタンもまたキラリと仮面を輝かせて返す。すると今度はアイシャの方がスタンに声をかけてくる。
「てか、むしろアンタの方が平気? また光ったりするわけ?」
「それは……どうであろうな?」
あの時見た、謎の幻。それを単なる妄想と片付けることもできるが、スタンとしてはあれこそが自分が眠りにつく直前の記憶の一部だったのではないかと考えていた。
故に、昨日と同じことを繰り返せば更に記憶が蘇るのではという期待はあるが、だからといってそのためにアイシャを危機に陥らせようなどという考えは毛頭ない。
「余としては光ってくれた方がありがたいのだが……まあそこは運次第というところであろうか?」
「何よそれ? ま、いいけど」
そんな軽口を交わし合いつつ、二人は迫るホーンドアントを待ち構える。だがその姿がはっきりと見えるくらいに近づいたところで、今回もまた奇妙なことが起きた。
「……動きを止めた?」
三匹のホーンドアントが、スタン達から少し離れたところで停止する。横一列に並んだまま襲ってくることも逃げ出すこともないホーンドアントの姿にスタンが訝しげな声をあげ、それに追従するようにアイシャが問うてくる。
「どういうことかしら? スタン、どうする?」
「ふむ……とりあえずもう少し近づいてみるか」
そのままにらみ合いをしていても何も始まらない。二人がゆっくりとホーンドアント達の方に近づいて行く。だがホーンドアント達はやはり動くことはなく、互いの距離が二メートルほどとなったところでスタン達が足を止めた。
「やっぱり動かないわね……え、これどうするの? このまま戦えば、簡単に倒せちゃいそうではあるけど……」
「……? 待てアイシャよ。もしかしてそち達は、昨日の者達か?」
カチカチカチカチッ!
困惑するアイシャを横にスタンがそう声をかけると、ホーンドアント達が嬉しそうにカチカチと顎を鳴らす。それに加えてホーンドアント達の体が、うっすらと黄金の光に包まれた。
「おお、やはりそうか! して、今日は何用だ? その態度からするに、まさか再戦を挑みに来たわけではないのであろう?」
カチカチカチカチッ!
スタンの問いかけに、ホーンドアント達が再び顎を打ち鳴らす。加えて何かを訴えるように足や触覚を器用に動かし……その結果。
「ふむ。どうやら此奴等は、余に忠誠を誓いたいとのことだ」
「えぇぇ……?」
さも当然のようにそう言うスタンに、アイシャはこれ以上ないほどの困惑の表情を浮かべた。
「まずアンタが平然とアリと話してることに突っ込みたいんだけど……あー、駄目! これはアタシ一人じゃ抱えきれないわね。おーい、ローズさーん!」
「……何があったんだい?」
「実はですね……」
謎の状況にずっと様子をうかがっていたローズ達がやってくると、アイシャが今の出来事を説明する。するとローズ達の全員が、ついさっきアイシャが浮かべたのと同じような表情になった。
「あー…………すまない。ちょっとよくわからないというか……いや、君達が嘘を言っていると言いたいわけではないんだが……」
「気持ちはすごーくわかるんで、気にしないでください」
「アハハ! スタン君は訳わかんないくらい凄いねー。じゃあそのアリ君達は、スタン君の従魔になる感じなの?」
「従魔? どういうことだ?」
シーナの言葉に、スタンがカクッと仮面を傾ける。するとシーナではなくミムラがその疑問に答えた。
「もの凄く珍しいけど、冒険者のなかには魔物を使役する魔物使いが存在する。そういう人が従えている魔物が従魔。冒険者ギルドで従魔登録すれば、普通に町中でも連れて行ける」
「ほほぅ! それは便利な制度だな。必要となれば利用させてもらうとしよう」
「? そのホーンドアント達は、スタンの仲間になったんじゃないの?」
先ほどアイシャから聞いた説明と今のスタンの言葉の食い違いに、ミムラが軽く首を傾げる。するとスタンは楽しそうにカクカクと仮面を揺らして笑った。
「ハッハッハ! 確かにそうなのだが、それは単に此奴等を連れて行くという話ではないのだ」
「じゃあ、どういう?」
「うむ。どうやら此奴等は一度巣に戻り、仲間と話をしてきたらしい。で、その結果是非とも余を巣に招き、女王と謁見して欲しいとのことなのだ」
「「「えっ!?」」」
その言葉に、ミムラのみならずその場にいた全員が驚きの声をあげる。そんななか一番最初に口を開いたのは、当然アイシャだ。
「女王に謁見って……アンタまさか、ホーンドアントの巣に行くつもりなわけ!?」
「そうだぞ。正式に招かれたというのなら、ファラオたる余が断る訳にもいくまい」
「危険だ! いくら何ででもホーンドアントの巣に行くなど……たとえ我々が全力で協力するとしても、襲われれば生きては帰れないぞ!」
「ローズ殿……そちの意見は全く正しいのであろうが、それでも余はファラオなのだ。仲間の命を差し出してけじめをつけ、己が殺されることすら覚悟して余と再会し、その上での願いを断るなど、ファラオのすることではないのだ」
「……すまないが、流石にそれには付き合えないぞ?」
スタンの言葉に、ローズが渋い顔でそう告げる。ローズ達のパーティならホーンアントの数十程度ならどうにでもなる。が、巣となれば最低でも数百、多ければ数千ものホーンドアントがいることになる。
加えて狭い巣穴の中に入って襲われたとなれば、そもそもホーンドアントの攻撃など通じない装備に身を固めた上級冒険者以外が生き残る術はないだろう。
そしてそのくらいはスタンもわかっていた。苦しい様子を見せるローズに、スタンは穏やかに告げる。
「無論、それでいい。ああ、アイシャもローズ殿と一緒に残っても――」
「まったく、何でアンタはいっつもいっつも……アタシはアンタと違ってか弱いんだから、ちゃんと守りなさいよ?」
「……ああ、任せておけ。そちの安全は、ファラオたる余が保障しよう」
苦笑しながら「一緒に行く」と当然のように言うアイシャに、スタンは誓いを込めてそう答える。ならばいつも通りに二人で行こうとスタンが決断しようとした、その時。
「……なら、私がスタン達と一緒に行く」
ミムラが真剣な表情でそう口にした。





