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黄金の冒険者 ~偉大なるファラオ、異代に目覚める~  作者: 日之浦 拓


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効率的な訓練

「ふむ、ここまでだな」


 そうして体内に魔力を通されること、三〇分ほど。周囲を警戒しつつ様子を見守っていたローズの言葉により、訓練の終了が告げられた。エミリーとミムラが魔力を止めると、スタン達を内からざわつかせていた感覚が波が引くようにサッと消えていき、そこで漸く二人が一息つく。


「あぁぁぁぁ…………終わり? 終わったぁぁぁぁぁぁぁぁ」


「ふぅ……お疲れ様ですアイシャさん」


 体力は回復しているはずなのに、精神的な疲労からマラソンを終えた直後よりもぐったりしたアイシャに対し、エミリーが笑顔でねぎらいの言葉をかける。だがそんなエミリーもまた、額に玉の汗を浮かべて辛そうにしている。


「? 何かエミリーもすっごく疲れてない? 何で?」


「えへへ、他人の体に負担をかけすぎないように魔力を送り続けるのは、それなりに大変ですから……」


「あー、そういう。そりゃそうよね……ありがとう、エミリーもお疲れ様」


 その言葉に納得し、アイシャもまたお礼を返す。自分は魔法も魔力も扱えないアイシャだが、さっきまで体の中に走っていたウゾウゾを三〇分出し続けるのが大変だろうということくらいは想像がつくのだ。


「スタンもお疲れ様。体は平気?」


「うむ、特に異常は感じられぬな。ミムラはどうだ?」


「私も平気。スタンは多少雑に魔力を送っても平気そうだったから、むしろ楽だった」


「そ、そうか…………まあ、うむ。問題ないならいいのだが…………」


 おそらくは冗談であろう……あるいは冗談であって欲しいという願いを込めて……ミムラの言葉に、スタンはカクッと仮面を傾けてから己の左手を見る。そこには先ほどまであった内側から押し上げられるような感覚はなく……逆に言えば、訓練を終えてなお、何も感じられていないということでもある。


「正直、今の感覚を再現できるとは思えぬな……」


「ハハハ、焦りは禁物だスタン君。ああは言ったが、流石に一度で身体強化を身につけるのは無理だろう」


「えぇ!? じゃあこれ、またやらなきゃなの!? アタシもう、正直一生うだつの上がらないD級冒険者でいいかなって気になってるんですけど……」


 ローズの言葉に、アイシャが早速弱音を吐く。するとそんなアイシャに、ローズが優しげなまなざしを向けてきた。


「それも一つの選択肢ではある。それにこんな無理をして身につけなくても、普通に実践を繰り返していれば、いつか自然に身体強化が身につく日も来るだろう……というか、ほとんどの冒険者はそうなのだしな。


 ではどうする? 身体強化の訓練はやめて、普通の戦闘訓練だけにするかい?」


「それは…………」


 問われて、アイシャはその視線をスタンの方に向ける。自分と同じ不快感を味わったはずなのに平然と座るファラオの様子に、ここで諦める選択肢が出てくるとは思えない。


「……あー、もーっ! わかった! わかったわよ! アタシだけ弱いまんまなんて嫌だし、やるわよもーっ!」


「何故余の方を見て言うのだ!? 余は別に強要などせぬぞ?」


「いいのよ! アタシだけ足手まといとか嫌だし。まあアンタがファラオの秘宝を使っちゃえば、どっちにしろ足手まといなんだろうけど……


 でも、できないことの理由に『やらなかったから』があるのは嫌なのよ! 少なくとも男の冒険者にすがりついて『きゃーこわーい!』とかやってる輩と同じになるのだけは、死んでも嫌なの!」


「おー、アイシャってば男前だねー!」


「わかる。選択肢は多い方がいい」


 啖呵を切るアイシャに、シーナとミムラがウンウンと頷いてみせる。力のない者が強者に媚びるのは立派な生存戦略ではあるが、かといって生活の基盤を他者に依存するのはあまりにもリスクが高い。自分一人で生きられる能力を身につけた上でそうするかしないかを選ぶのと、それしか生きる手段がないのとでは雲泥の差があるのだ。


「フフフ、いい覚悟だアイシャ。ではそろそろ、本命のホーンドアントの討伐に向かうか」


 だがその直後のローズの言葉に、アイシャのやる気がヘナヘナと萎える。振り上げていた拳が地に垂れ下がり、すがるような目でアイシャがローズを見る。


「あの、ローズさん? 流石に今から戦うのは絶対無理なんですけど……自己判断なら町に帰るくらいですし」


「そうだな。この体調であれば、余としても撤退を推奨するところだが……?」


 心身共に疲れ切っている状態で魔物と戦うなど、無茶や無謀を通り越して単なる馬鹿だ。弱音とは違う賢明な判断に、今回ばかりはスタンも同意する。だがそんな二人の言葉に、ローズはニヤリと笑って首を横に振った。


「いいや、駄目だ。君達二人の判断としては全く正しいが、ここには我々がいるだろう?」


「それって、ローズさん達が角アリ……じゃない、ホーンドアントを倒すってことですか? それだとアタシ達の訓練にならないんじゃ?」


 角アリはあくまで俗称であり、そもそも角のあるアリの魔物は何種類もいるため、冒険者なら正式な名であるホーンドアントと呼ばなければならないのだが、なかなか癖の抜けきらないアイシャに軽く苦笑しつつ、ローズが答える。


「そうじゃない。私達が見守っている状況で、君達には戦ってもらうつもりなのだよ」


「……?」


 怪訝そうに眉根を寄せるアイシャに、ローズが更に説明を続ける。


「道すがら聞いた話だと、君達はゴブリンを討伐する際、奇襲を前提とした戦い方をしていたんだろう? 冒険者の戦い方としては、それはとても正しい。無駄にリスクを冒す必要などないからね。


 だが、常に敵を奇襲できることなどあるはずもないし、偶発的な遭遇や、あるいは罠にかかって自分たちが奇襲されることだってあるはずだ。そういうときに適切な対応ができなければ、冒険者として生き残るのは難しい。


 故に今回は、くたびれ果てた状態で逃げることも身を隠すこともできず、魔物と正面から戦う場合の訓練をしてもらおうと思っているのだ」


「えっと……それって、アタシ達死んじゃいませんか?」


 その状況は、普通なら死ぬ。そんな当たり前の問いかけに、ローズが軽快な割声をあげる。


「ハッハッハ、死なないさ! 私達がフルメンバーでいるのだから、ホーンドアントの一〇〇や二〇〇ではまず死ぬことはない。というか、『普通なら死ぬ状況』を安全に訓練できるのだから、実にお得だと思わないかい?」


「えぇ? お得って……」


「いや、確かにそれは素晴らしい訓練だな」


 辟易した顔をするアイシャに対し、スタンの方はどこか嬉しそうな声をあげる。するとローズの表情がパッと輝き、スタンに声をかけてくる。


「おお、わかってくれるかスタン君!」


「無論だ。守られながら決死の訓練ができるなど、望みうる最高の訓練に近い。とはいえ余達はそち達の戦いぶりをまだ一度も見ていないのだ。やるにしてもまずはそれを見せてもらってからでも構わぬか?」


「勿論いいとも。では最初の斥候は、私達が華麗に討伐してみせよう!」


「期待しておるぞ」


「では決まりだ! 皆、移動を再開する!」


 スタンの言葉に大きく頷くと、そう宣言してローズが歩き出す。流石に今度は走らないようなのでスタンやアイシャも問題なくそれについて行き……その途中で、スタンがそっとアイシャに声をかける。


「安心せよアイシャよ。もし本当に危険な状況になれば、余がきっとなんとかしてみせよう。余とて無条件で全てを受け入れているわけではないからな」


 ファラオとして人を見る目は鍛えているが、それでも会ったばかりの相手に生殺与奪の全てを任せる気など最初からスタンにはない。走っている最中も仮面の安全装置を外した時も、そして体内に魔力を送り込まれているときですら、スタンの意識は常に一定量警戒に向けられており、何かあれば瞬きより早くファラオの秘宝を起動する準備はできていた。


 そしてその言葉に、疲れたアイシャの表情から少しだけ力が抜ける。


「あ、そう? ならまあいいけど……はーっ、強くなるって大変なのねぇ」


「大変だからこそ、強さには畏怖と敬意が表されるのだ。ここは頑張りどころであろう」


「そうね。まあアンタもやるって言うなら、もうちょっとくらいは付き合ってあげるわよ」


 ソウルパワーがない状態での自身の弱さを痛烈に自覚させられているスタンとしては、ここでそれ以外の強化方法が身につけることに極めて大きな意味を感じている。そしてそんなスタンに、アイシャもまたなんだかんだ言いつつも付き合うつもりでいる。


 ほんの些細な縁から生じた、希少な機会。これを逃さずつかみ取るため、スタンは大地を踏みしめる足に知らず力を入れるのだった。

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