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黄金の冒険者 ~偉大なるファラオ、異代に目覚める~  作者: 日之浦 拓


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ローズ・ブートキャンプ

「はっ、はっ、はっ、はっ……」


「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ……」


 息を弾ませ、あるいは息を乱しながら、スタン達は平野を走る。ホーンドアント討伐依頼を受けたスタン達が最初にやったのは、斥候の目撃情報があった場所までのマラソンであった。


「どうしたどうした? まだたったの二時間しか走ってないぞ!」


「はっ、はっ、はっ……いや、二時間走るのは…………結構なものではないか……? はっ、はっ、はっ……」


「そう……よね……ぜぇ、ぜぇ……二時間は……長いわよね…………はぁ、はぁ」


 むやみやたらと元気というか、むしろツヤツヤした顔で楽しげに声をかけてくるローズに、スタンとアイシャがそれぞれの意見を口にする。スタンの方はまだいくらか余裕があるが、アイシャの方は大分ヘロヘロだ。


「っていうか……何でローズさんは、そんなに元気なんですか…………?」


「よく見るのだアイシャよ。ローズ殿はともかく、他の者達まで平然としている。これは一体……?」


「おお、いいところに気づいたな、スタン君!」


 C級冒険者であるローズや、前衛の剣士であるシーナはともかく、明らかに体力のなさそうなミムラやエミリーまで平然と同じ速度で走っていることにスタンが疑問を抱くと、それを聞いたローズがニヤリと笑みを浮かべて話を始める。


「私達が平気で走れているのは、魔力を用いて身体強化を行っているからだ」


「ん? それは魔法を使っているということか?」


「違う。我々は魔力を使っているだけで、魔法を使ってはいない」


「……?」


 今ひとつ理解が及ばず、スタンがカクッと仮面を傾けた。するとローズが更に説明を続けていく。


「いいかい? 魔法を使うには術式を理解し、それを発動させる魔力を保有し、その魔力を術式に通す技術が必要になる……らしい。私も魔法は使えないから、これはミムラの受け売りだがね。


 だが魔法は使えずとも、魔力は誰しも持っている。そして魔力は、たとえ意識しなくても生き物の体を強くしてくれるんだ。その一番わかりやすい例は、魔物だね」


 そう言うと、ローズがコツコツと指先で自分の額をつつく。


「魔物の角には魔力が溜まっている。が、角にその魔力を活用するような術式が刻まれているわけじゃない。単に強い魔力が体を巡っているだけなのに、魔物の肉体は強化されているんだ。


 なら、人間だって同じことが出来ても不思議じゃないだろう?」


「それは……そう、なのか?」


 元から魔物として生まれた生物を別とすれば、角突きの魔物と角のない野生動物には、身体的な違いは角以外ない。つまり角という魔力タンクの有無が魔物とそれ以外を分けるほどに能力を向上させているのだとしたら、確かに魔力が肉体を強くするのだろう。


 だが、それを人間が……特に自分が出来るかと言われればわからない。カクカクと仮面を揺らして考え続けるスタンに、ローズは微笑んで話を続ける。


「ははは、すぐに納得しなくてもいいよ。私だって小難しい理屈とかがわかるわけじゃないからね。


 ただ我々はそれをできているし、C級以上の冒険者は自覚の有る無しの差はあっても、皆魔力による身体強化はやっている。だから君達も上を目指すなら、ここでその感覚を身につけておくべきだろう」


「えっ、そうなの!? そんな話初めて聞いたんですけど!?」


 ローズの台詞に、アイシャが驚きの声をあげる。今まで知り合った中にはC級冒険者も何人かいたが、誰もそんなことは言っていなかったからだ。


「今言った通り、自覚してない者もいるからね。そういう者にとっては、戦闘になって集中すると急に力が湧き上がってくるとか、最近何だか調子がいいみたいな曖昧な感覚になるんだよ。誰かが説明しなかったらそれが魔力の影響だなんてわかるはずもないし、言われたところで自然体でやっていることなら意識しても理解できないことだってあるからね。


 ほら、君だってどうして二本の足で立って歩けるのかって言われても困るだろう?」


「それはまあ、確かに……ぜぇ、ぜぇ……」


 二足歩行は高度な技術であり、故に人は生まれたときには歩けない。だが気づけば歩けるようになっており、どうしてそんなことができるのか、どうやって上手くバランスを取っているのかなどと聞かれても、答えられる者は皆無だろう。


「ふむ。ではローズ殿はそれに気づいて、しかもその技術を人に教えることができると?」


「そうだね。正確には私が無意識にやっていたことに、エミリーが気づいたんだ。それをミムラも交えて実験や考察を繰り返した結果、そうだろうという結論に至った……というところだが」


「ほぅ! それは凄いな」


 言って、スタンはエミリーの方に視線を向ける。だが先の忠告を思い出し、すぐにそれをミムラの方へとずらした。


「そ、そんなことない、です。私は癒法士だから、人の体の魔力の流れに敏感で、だから……それに実際に技術として組み立てたのは、ミムラとローズさんですし……」


「ううん、エミリーは凄い。エミリーに言われなかったら、きっと一生気づかなかった」


「そうだな。私だって呼吸と同じように当たり前にやっていたことに、何の疑問も抱かなかったことだろう。謙遜する必要はないぞ、エミリー」


「は、はい。えっと…………あぅ」


 ミムラとローズに褒められ、エミリーがわずかに頬を赤くしてうつむく。だがそんなやりとりを前に、アイシャがハッと顔をあげてローズを見る。


「ちょっ、ちょっと待って! 魔力で体を強化するのが凄いってことはわかったけど、でもじゃあ、走るのはそれを教えてもらってからの方がいいんじゃないですか? 聞く前に走っても、何の意味もないんじゃ……?」


「あっ…………」


「えぇぇぇぇー!? ぶへっ!」


 間抜けな声を上げたローズに、アイシャが情けない声をあげながら転ぶ。それに併せて皆が足を止めると、ローズが笑いながらアイシャに手を差し伸べた。


「ハハハ、冗談だよアイシャ。先に走らせたのには、ちゃんと意味があるんだ」


「ふぅ、ふぅ…………本当ですよね? 誤魔化してるとかじゃなくて?」


「勿論だとも。最初に走ってもらったのは、魔力による身体強化を行う前の状態での限界を知ってもらうためだ。比較基準がなかったら、強くなったかどうかわからないだろう?」


「はぁ、はぁ……まあ、それは…………いやでも、それなら別に長距離を走るんじゃなくて、剣で何かを斬ってみるとか……あとは短い距離を全力で走るとかでもいいんじゃ……?」


「その方法が有効かつ手軽であることは否定しない。だが理由はもう一つある」


「もう……一つ……?」


「うむ。体がクタクタに疲れ切っていた方が、魔力による身体強化を感じやすいんだよ。指先一つ動かせないほど疲れ切っているなら、そこから体を動かせるのは魔力による強化分だけだろう?」


「それ、ひょっとして…………!?」


 もの凄く嫌な予感を感じて、地面にへたり込んだアイシャがシーナやミムラ、エミリーの方を見る。だが……


「……あれ、辛かったなぁ」


「……控えめに言って地獄だった」


「……いっそ気絶できたなら、どれだけ楽だったか」


「スターン! 帰る! 今すぐ町に帰るわよ!」


 死んだ魚のような目をした三人娘に、アイシャが溜まらず声をあげる。だがその悲痛な叫びは、残念ながらスタンには届かない。


「何を言うか。希少な技術が身につくというのであれば、ここが頑張りどころであろう! そちだって強くなりたいと言っていたではないか」


「そうだけど! そうではあるけど、アタシは無理のないペースでのんびり強くなりたいのよ! あんな目になってまで強くなりたいわけじゃ……っ!?」


 アイシャの悲鳴を遮るように、ローズの両手がガッシリとアイシャの肩を掴む。その強い力にアイシャが思わず引き剥がそうとするが、今のアイシャの力ではローズの指先一つ動かすことはできない。


「大丈夫だアイシャ。私が面倒を見るからには、君がどれだけ弱音を吐こうときっちり仕上げてみせる。安心して任せてくれ」


「安心要素がこれっぽっちもない!? 助けてファラオー!」


「いやだから、そう言われてもなぁ」


 二時間前と同じやりとり。だがアイシャの絶望度はより深まっている。しかしスタンの考えが変わった訳ではない以上、アイシャが助かる道はない。


「ということで、追加で二時間走るぞ!」


「二時間!? え、依頼の場所って、そんな遠くなかったですよね!?」


「走るために回り道をしているからな。大丈夫、時間には十分余裕があるし、それに……」


「そ、それに……………………?」


「今日一日で終わりだなんて、そんな無責任なことは言わない。君達二人が魔力による身体強化ができるようになるまで、きっちり鍛え上げてやろう!」


「いーーーーやーーーー!」


「よろしく頼むぞ、ローズ殿」


「任せたまえ!」


 アイシャの悲鳴とスタンの言葉に、ローズはとてもいい笑顔を浮かべてドンと胸を叩いた。

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