旅立ちの朝
ピラミダー……「死の墳墓」の位置が判明したことで、スタン達は早速旅立ちの準備に取りかかった。
最初の目的地は遺跡にほど近いクレブスという町。そこに至るまでにはいくつもの町や村を経由し、馬車を乗り継ぎ徒歩移動も挟んで、おおよそ一ヶ月ほどは必要だと思われる、結構な長旅である。
ならばこそ、長旅など初めてな二人は入念に話し合い、先輩冒険者から話を聞いたりしながら必要そうな品物を買い集めたり、戻って早々の旅立ちということで再び顔見知りに挨拶回りをしたりと忙しい日々を過ごし……そして数日後。スタン達はついに、旅立ちの日の朝を迎えていた。
「おはよう、レミィよ」
「おはよー、レミィさん」
「おはようございます、スタンさん、アイシャさん。確か今日出発でしたよね?」
朝の冒険者ギルド。出発前の挨拶に寄ったスタン達に、レミィが愛想よく笑いながら言う。
「うむ。もうあと一時間……半鐘だったか? 後の馬車だな」
「もうすぐこの町ともお別れねー。レミィさんは寂しがってくれないみたいだけど」
「ふふふ、当たり前です。私は毎日ここで沢山の冒険者さんを見送ってるんですよ? 寂しがって欲しかったら、せめてC級くらいにはなってもらわないと」
「うわー、手厳しい!」
レミィとアイシャが、軽い冗談を交わし合う。と、そこに奥の方からやってきた男が、スタンに声をかけてきた。
「おう、スタン! この前は土産ありがとうな」
「ドーハン殿か。しかしありがとうとは? ドーハン殿の口には合わなかったと記憶しているのだが」
「いやな、試しに酒場のねーちゃんに渡したら、割と喜ばれてさ。その後色々サービスしてもらったんだよ。へへへ……」
「……あー、そうか。まあ余としては、無駄にならなかったのなら何よりだが」
「もーっ! ドーハンさんは本当にだらしないんですから!」
薄ら笑いを浮かべるドーハンに、レミィがジト目を向けて言う。そんな言葉をするりと交わすと、ドーハンはそのままスタンとの会話を続けた。
「まあまあ、いいだろ。で、スタン。今日出発だって? あーくそ、俺も行きてーなぁ。『死の墳墓』とか、絶対面白いだろ! なあレミィ、スタンもD級になったことだし、D級の護衛なら……」
「E級だろうとD級だろうと、冒険者の護衛は正式な依頼にはなりませんよ」
「だよなぁ」
更にジト目を強めるレミィに、ドーハンが思い切り苦笑する。臨時パーティを組むとか現地でたまたま合流するなどの抜け道はあるが、それでもB級冒険者の五年縛りをすり抜けるのは無理だ。そんな抜け道を許すほど、冒険者ギルドは甘い組織ではない。
「つーかお前ら、向こうに着いたらどうすんだ? もうこっちには戻ってこねーのか?」
「その辺は現場の状況次第だな。余としてはエディス殿への直接報告も含めて、一度は戻りたいと思っているが……それがいつになるかは何とも言えぬ」
「そーか。じゃあそのときに俺の縛りが明けてたら、今度は一緒に連れてけよな?」
「ハハハ、考えておこう」
笑って答えるスタンに、ドーハンが「約束だぞ」と言って手を振りながら去って行く。それと入れ違いに入ってきたのはライバールだ。
「おい、スタン!」
「む? ライバールではないか。どうしたのだ?」
「どうしたもこうしたもあるか! 俺を置いて二人だけで行こうとしやがって!」
「そう言われてもな……」
食ってかかってくるライバールに、スタンは困ってカクッと仮面を傾ける。だがそんなスタンに対し、ライバールは更に自分の言い分を捲し立てる。
「隣の領地に行ったのだってそうだ! 三ヶ月も顔を見せねーと思ったら、俺の知らねーところで大活躍しやがって! 俺だって、俺だってなぁ……」
「仕方ないでしょ。アタシ達はD級冒険者だけど、ライバールはE級なんだから。アタシ達は! D級だけど!」
「うぉぉ、最高にむかつく顔をしてやがるぜ……っ!」
悔しげなライバールをアイシャが煽り、それを受けたライバールが更に悔しさを爆発させる。
冒険者の昇級には実績と信頼が必要で、その情報は世界中の冒険者ギルドで共有されていることになっている。が、だからといって登録した場所とその周辺にあるいくつかの町や村が精々の活動範囲であるE級冒険者の情報を、遠方のギルドまで共有するかと言われれば、答えは否だ。
建前と現実は違う。一度の昇級……冒険者として最低限の信頼を稼ぐ前段階であるE級冒険者が各地を転々としていては、昇級が極めて困難になるのは仕方のない事実であった。
「なあレミィさん、俺がD級になるのに、あとどのくらいかかるんだ?」
「そうですね。ライバールさんは割としっかり依頼をこなしてくれてますから、もう三、四ヶ月もあれば昇級できるかも知れないですね」
「まだそんなにかかるのかよ!?」
「そう言われても……あの、言っておきますけど、これ相当に早い方ですからね?」
通常は平均一年かかる昇級に、冒険者として登録して三ヶ月のライバールが、あと三ヶ月……つまり半年で昇級するとなれば、それはかなりの早さだ。だがそれを超える異常な速度で昇級した事例が近くにあるだけに、ライバールは今ひとつ納得し切れない。
「でもスタンは一ヶ月で昇級したんだろ! アイシャだって四ヶ月だし……」
「そうなんですけど……ほら、その時にスタンさん達が本来なら残ってるような依頼をほぼ全て片付けてしまったので……」
「なっ……!?」
「そっか。何でライバールが昇級してないのかと思ったら、そういうことだったのね」
困り顔をしたレミィの言葉に、ライバールは絶句しアイシャは納得しつつ苦笑する。昇級には大量の依頼をこなす必要があるが、そもそもこなす依頼がないならどうしようもない。普段なら溜まっている塩漬けの依頼が片っ端から達成された直後となれば、スピード昇級は物理的に無理であった。
「何というか……すまぬな」
「謝んなよ! クソッ……おいスタン、これで俺が負けたわけじゃねーからな! 俺もすぐに昇級して、お前より強くて有名になってやる! お前も隣の領地で有名になったみたいだけど、勇者ライバールの名前は世界に轟くんだ!」
「ほほぅ、それは楽しみだな。ではそちの活躍が余の耳に届くのを期待しておこう」
「ぐぅぅ、上から目線で言いやがって……負けねーからな! 絶対負けねーからな! あとこの前の土産、ガキ共が喜んでたぜ! ありがとな! でも負けねーからなー!」
大声でそう叫びながら、ライバールが冒険者ギルドを飛び出していく。その姿を見送ると、スタン達は顔を見合わせ小さく笑い合った。
「ははは、相変わらず元気な者だな」
「そうね。流石は将来有望な勇者様ってところかしら?」
「そうなってくれたら、私も鼻が高いんですけど……フフッ」
実力自体はあるのだから、もう少し低級の冒険者をやって落ち着きや思慮深さを学べば、いずれは本当に凄い英雄になるかも知れない。そんな楽しい妄想頭に浮かべるスタンだったが、ふとギルドの壁面に飾られている時計を見ると、もうそろそろ馬車乗り場へ移動した方がいい時間になっていることに気づいた。
「おっと、そろそろ時間だな。アイシャよ、行くぞ」
「あ、そうね。じゃあレミィさん、また!」
「はい! お二人のご活躍を、心からお祈りしております」
丁寧に頭を下げるレミィに見送られ、スタン達はギルドを出る。それはいつもと変わらぬ一歩でありながら、新たな旅立ちを告げる一歩。それを祝福するように快晴の空は雲一つなく、ファラオの仮面は二人の行く末を暗示するかのように、今日も黄金に輝いていた。





