ひとまずの区切り
アイシャからの意外な、だがアイシャらしい提案を受けて大いに発憤したこともあり、その後もスタンはいい調子で村を発展させていった。
まずは約束通り、全ての畑の大地の活性化。これにより村人の半分以上を占める農家は全てが嬉しい悲鳴をあげ、村の食糧事情は一気に改善し、もはやスタンが何かを提供せずとも全員が腹一杯食べられるようになった。
ということで、次は林業。木こりや炭焼きには畑のようなわかりやすい恩恵は与えられなかったが、この地では活用されていない、だがサンプーン王国では有用に活用されていた薬草の知識や、同じくここでは誰もやっていないキノコの人工栽培の方法などを伝授することで副業の収入を増加させることで対応した。
他にも鍛冶師には曖昧な伝わり方しかしていなかった合金の正確な配合比率を伝えたり、主婦が家で行う手工芸ではサンプーン王国で流行した最先端のデザインを教えたりすることで、畑のように今すぐとはいかずとも、数ヶ月以内には村人全員の収入が大きく底上げされるという奇跡のような状況を遂に達成することができた。
「ありがとうございました、ファラオ様! おかげで俺達全員、これからも何とかやっていけそうです!」
「うむうむ。皆もよく頑張ったな。余が教えたことをこれほど早く身につけられるとは、流石の余も思わなかったぞ」
「そりゃこっちだって生活がかかってますから、必死にもなりますよ」
スタン達が村にやってきてから一月。目的と約束を果たし旅立とうとするスタン達を見送るべく集まった村人達が、畏敬の念をたっぷり込めた言葉でスタンに話しかける。それでも言葉遣いや距離感が近いのは村人達の素朴な人柄と、何よりスタンという偉大なるファラオの人徳の賜だろう。
「アイシャちゃんも、ありがとうね。あんたみたいな元気な子がこの村にいたのは久しぶりだったから、毎日楽しかったよ」
「こちらこそありがとうございます。アタシも楽しかったです」
「何かあったら、いつでもここに来るんだよ? 私達はいつだって、アイシャちゃんの味方だからね」
「そうそう! お相手がえらーいファラオ様だからって、我慢し過ぎちゃ駄目だよ? 旦那なんて、尻をひっぱたいて働かせるくらいでちょうどいいんだから」
「いや、だから別にスタンはそういうのじゃ……あはは……」
優しくも姦しいご婦人方に囲まれ、アイシャは思わず苦笑を漏らす。結局最後まで誤解は解けなかったが、それはもう仕方ないと諦めている。こういうのは実害があったりよほど不快でもない限りは聞き流すのが一番というのは、誰もが知っている処世術なのだ。
「では皆、見送りご苦労であった。余達は出発するが、これからも頑張るのだぞ!」
「じゃーねみんな!」
「「「ありがとうございました、ファラオ様! アイシャさん!」」」
そう言って出発するスタン達の背に、村人達の心からの感謝の声が響く。そこにはすっかり元気になったテッドやその祖母のレダの姿もあり、彼らのちぎれんばかりに振られる手に送られ、スタン達はもう一つあるという寒村へと歩みを進めていった。
「はー……」
「どうしたのだアイシャよ?」
「んー? いやほら、あんなに沢山の人から見送られるなんて初めてだったから、何かこう、感慨深いというか……」
「ハハハ、その気持ちはわかるが、まだこれからだぞ? 次の場所でも同じ事を、できれば同じくらいの期間でやらねばだからな。そのための準備もせねばならぬ」
「あー、そっか。野菜は一杯もらったけど、肉は無いもんね」
ここに来る時は、ベルトナン伯爵の住む領都ベルティンにてあらかじめ食材の調達をしておいた。が、そんなものはとっくに使い切ってしまっており、今現在スタンの<王の宝庫に入らぬもの無し>に入っている食材は、サンプーン王国のものを除けば山ほど採れた野菜しかない。
「まあどのみち、次の村までには数日かかる。ならばその間に適当な獣を狩って肉にすればよかろう」
「そんなに上手くいく? 簡単に狩れるほど獣が多かったら、村の人達があんなに飢えたりしてなかったんじゃない?」
「? アイシャよ、そちは何故あの村で毎日肉が食えていたと思っているのだ?」
首を傾げて問うアイシャに、スタンの方もまたカクッと仮面を傾けて問う。するとアイシャは間抜けな顔つきで驚きの声をあげ、スタンの仮面をマジマジと見つめた。
「へ!? あれ、アンタが出してたんじゃないの!?」
「違うぞ。というか、如何に<王の宝庫に入らぬもの無し>とて、生肉なぞ入れていたらすぐに腐ってしまうではないか」
「……そりゃそうね。じゃあ何で?」
「ふふふ、いい機会であるし、見せてやろう。いくぞ……ファラオフェロモン!」
小さく笑ったスタンが、そう言うなり両足をまっすぐに揃えて立ち、両腕を胸の前で交差させて構えた。すると仮面の首元からふわりと甘い香りのする風が結構な勢いで吹きだしていく。
「またそういうやつなのね……で、今度は何なの? 何か甘い匂いがしてるけど」
「すぐにわかる」
何とも言えない呆れ顔をするアイシャに、スタンはそれだけ告げて直立不動の姿勢を崩さない。すると程なくして遠くから無数の足音が響いてきた。
「何かこっちに向かってきてる? ってか、え!? あっちも……それにこっちも!?」
ファラオの香りに引き寄せられた獣の集団に、アイシャが驚いて声をあげる。多分獣が寄ってくるのだろうということは予想していたものの、その数が問題だ。
「多い多い多い! ちょっとアンタ、こんなに一杯集めてどうすんのよ!?」
「むぅ、この辺は獣が少ない故に少し強めにやったのだが、ちと強くし過ぎたか……これも余の魅力が強すぎるせいだな」
「馬鹿なこと言ってんじゃないわよ! それより早く――」
「ハハハ、この程度なら問題無い。我が呼び声に応え、現れよ<空泳ぐ王の三角錐>!」
焦るアイシャに対し、スタンは冷静にファラオンネルを呼びだす。宙を泳ぐように飛び出して来た五つの三角錐は、村人達から寄せられたソウルパワーにより今日も元気いっぱいだ。
「征くぞファラオンネル! ブリッツモードでダイレクトアタックだ!」
『ブリッツシェル、展開完了。ターゲットに攻撃を開始します』
スタンの命を受け、ファラオンネルそれぞれが薄い光の膜に包まれる。それから勢いよく飛び出すと、集まってきた獣たちに次々と体当たりをしていった。三角錐の尖った頂点が体に食い込む度、獣たちが痛そうな悲鳴をあげて地に倒れ伏す。
「うわ、痛そう……」
「どうだ? これならば大きな傷を負わせることなく獣を仕留められるうえに、手数も十分だ」
「確かにすっごい便利ね。何で今まで使わなかったの?」
「ファラオブレードに比べると、宙を舞わせ続けている分ソウルパワーの消費が重いのだ。ミニファラオ君を配布したことで僅かとはいえ継続的にソウルパワーを得られる算段は立ったが、それでもファラオの秘宝を十全に使うには全く足りぬしな」
「そっか。便利なのに不便なのね」
「皮肉な話だがな」
アイシャの評に、スタンが苦笑して仮面を揺らす。そもそもファラオの秘宝は性能重視であるため燃費は悪い。ファラオが単独でピラミダーのない外地に出向くなど本来あり得ないため、今のような運用は緊急時に数日をしのぐ前提なのだから仕方がないのだ。
「っと、話している間に掃討が終わったようだな。では血抜きなどの処理をしっかりしてから<王の宝庫に入らぬもの無し>に入れるとしよう」
「了解。さーて、頑張りますか!」
何十とあるウサギやオオカミ、イノシシなどの死体を前に、スタン達は気合いを入れて作業にかかる。かつては慣れぬ作業に戸惑いを覚える事も多かったが、今ではすっかりお手の物だ。
尽くせばこそ尽くされる。小さな地域とは言え民心を得てなお当たり前に雑用をこなすスタンの姿に、ファラオの仮面は今日も美しく煌めいていた。





