気持ちの問題
「アイシャよ、そちは自分が何を言ってるのかちゃんと理解しているのか?」
アイシャの思わぬ申し出に、スタンが体を起こして問う。するとアイシャは何となくばつが悪そうにしながらも、その胸の内を語った。
「わかってるわよ! 何かほら、最近アタシってあんまり役に立ってないっていうか、アンタの負担ばっかり増えてる気がしたから……」
「そんなことはなかろう。そちには十分助けられているぞ?」
アイシャの言葉に、スタンは素でそう答える。確かにファラオの秘宝を用いた活躍は見た目も効果も派手だが、それ以外の作業に関してはアイシャも十分に活躍してくれている。加えて複雑なスタンの事情に理解を示し、それを慮って動いてくれるアイシャの存在は、今のスタンにとって余人に代えがたい貴重な人材であった。
だが、それはあくまでスタンの考え。アイシャからすれば自分が平然としている横で倒れ込むほどの負担をスタン一人が担っているように見えるわけで、なのに「はいそうですか」と納得はできない。
「でも、アタシがやってることなんて、他の誰かでもできることばっかりでしょ?」
「確かにそうだが、大抵の仕事とはそういうものであろう? むしろ余のように代わりのきかない者の方が圧倒的に少ないのは当然ではないか」
「そうだけど……」
故に、意見は平行線。しかしそれを打ち破ったのは、顔を逸らして小声で漏らしたアイシャの本音。
「もうちょっとくらい、アタシに頼ってくれてもいいじゃない。そりゃアタシはファラオなんて大層なもんじゃないけど……でも、アタシはアンタの仲間なんでしょ?」
「む…………」
その言葉に、スタンは言葉を詰まらせる。するとアイシャは自分の言葉を誤魔化すかのように、早口で続きを捲し立てた。
「あ、でも、手伝うって言ってもアンタみたいに干からびたりするまではしないわよ!? ちょっとだけ! あくまでもちょっとだけだから!」
「ふふ、そうか。そちがそこまで言うのであれば……少し試してみるか?」
そう言うと、スタンは<王の宝庫に入らぬもの無し>からアンクを取り出し、アイシャに手渡す。
「あれ? これってあの時の……アンクだっけ? ビッツ君が拾ったやつ」
「そうだ。その上部の丸くなっているところに、ミニファラオ君を被せるのだ」
「これを? えーっと……あ、スッポリ入った」
アイシャが言われたとおりにすると、人の頭のように丸く膨らんでいた部分に、スタンから受け取っていたミニファラオ君の黄金仮面がスポッと嵌まる。それは正しくファラオの在り方を模したもののようだ。
「できたな。ではそれを手に持ち、ミニファラオ君の部分をそちの額に当ててから、こう……ソウルパワーを注ぎ込みたいなぁという気持ちを込めるのだ」
「最後だけフワッとしてない? まあやってみるけど……っ!?」
微妙に胡散臭いものを感じつつも、アイシャが言われたとおりにアンクに被せられたミニファラオ君を額に当てて念じる。すると体の中から何かがずるりと引きずり出されるような感覚を覚え、その不快感に思わずよろけてしまった。
「大丈夫か?」
「う、うん……え、何今のきっつ!? すんごい気持ち悪かったんだけど! アンタこんなのをいっつも我慢してるわけ!?」
「ハハハ、余はファラオだからな」
「はー。改めてだけど、ファラオって凄いのね……で、これでどのくらいのソウルパワーが溜まったわけ?」
「見てみよう……ふむ、さっきの状態を一時間ほど我慢して続ければ、ファラオローションを小瓶一つ分といったところか」
「はぁ!? 何それ、効率悪すぎでしょ!?」
返したアンクを調べたスタンの言葉に、アイシャが素っ頓狂な声をあげる。確かにファラオローションの回復効果は凄かったが、そのために今の不快感を一時間味わい続けるというのは余りに辛すぎる。
「って、待って。でもそれなら、何でアンタはあんなにファラオ汁を量産できたわけ? 時間の計算が合わないでしょ」
「ファラオ汁ではない、ファラオローションだ! それはソウルパワーの性質の問題だな。
人の魂というのは、通常その人物固有の色のようなものがついている。それを汎用的なソウルパワーとするにはそこから色を取り除かなければならないのだが、通常ピラミダーやミニファラオ君で回収しているソウルパワーは、体から漏れ出たものだけに極めて希薄であり、色も薄いため無色にしやすい。
対して魂から直接取りだしたソウルパワーには魂の色が強烈に残っている。なのでその色を消すためにも大量のソウルパワーを必要としてしまうため、変換効率が著しく悪いのだ」
「ふーん……ん? でもそれだとさっきの説明と食い違わない? だって、アタシの色を抜くのもアンタの色を抜くのも、同じように力を使っちゃうわけでしょ?」
「その通りだが、そこには例外がある。ソウルパワーを使って稼働する道具……魂装具というのだが、これには汎用品と専用品がある。これは言葉の通り、誰でも使えるか特定個人専用かの違いだな。
で、汎用品は無色のソウルパワーを消費して動くが、専用品は使用者の魂と同じ色のソウルパワーでなければ動かない。つまり一端色を消して無色にしたソウルパワーを、再び使用者の色に染め直すという行程が必要になるのだ。
が、そこで今言った例外だ。余の魂から抽出したソウルパワーは、そもそも余の色に染まっておる。つまりわざわざ色を消してから染め直すという行程が必要なくなるため、取りだしたソウルパワーを無駄なく使うことができる。
そういう理由があるからこそ、ファラオの秘宝のような専用装備には、その所有者からソウルパワーを直接取り込む機構が取り付けてあるのだ」
「へー、ソウルパワーってそういう感じのもんなのね。ってことは、結局アタシじゃ大した助けにはなれないってこと、か……」
軽い口調で、だが少しだけ低い声でアイシャが言う。そんなアイシャにスタンが「気にするな」と声をかけようとすると、それより先にアイシャが言葉を続ける。
「まあでも、いいわ。仕方ないけど、ちょっとずつでもやっとけばいくらかは足しになるでしょ」
「……おい、アイシャよ。余の話を聞いていたか?」
「こんだけ話しといて聞いてないわけないでしょ!」
「なら何故そうなる? そちが味わう不快感に対し、充填できるソウルパワーの量は明らかに少ないと言ったではないか!」
「わかってるけど、でもちょっとは溜まるんでしょ? だったらまあ、気分がいいときにたまーに、ちょっとだけやっとくわよ。毎日一〇分やれとか言われたらお断りだけどね」
「……そちは、それでいいのか?」
問うスタンに、アイシャは小さく苦笑する。
「いいのよ。こういうのはほら、やったって事実があればいいの。それにそれで溜まったほんのちょっとの量で何かが変わることだってあるかも知れないでしょ? 完全に無駄ならそりゃやらないけど、そうじゃないならいいじゃない」
「そちは本当に前向きだな」
「そうよ。人生一度きりなんだし、後ろを向いてる暇なんてないの!」
呆れたような声を出すスタンに、アイシャが胸の前で拳を握って言う。
「ふっふっふ、これで次からは、その畑が豊作なのはアタシの力も混じってるんだって堂々と言えるわね」
「いや、そもそもそちもミニファラオ君を持っているのだから、今回の畑だってそちの力は混じっておるぞ?」
「そこはほら、比率の問題よ! 今まではアンタ以外はみんな同じだったけど、これを使えばアンタが一番で、アタシが二番になるでしょ! 具体的な数字はアタシ達しか知らないんだし、ならこういうハッタリは大事なのよ」
「ははは、それはそうかも知れんな」
強かな笑みを浮かべるアイシャに、スタンは朗らかに笑う。アイシャから受け取ったアンクに注ぎ込まれたのは、僅かと言うことすら憚られるほど、取るに足らない誤差のようなソウルパワー。だが大海に落ちた雫の一滴のようなそれが、スタンにはどんな宝石よりも輝いて見えた。





