相棒の勘
「うぉぉぉぉ! やってやるぜぇー!」
いきなり大収穫時代を迎えた畑の主が、声をあげながら野菜を収穫しまくる。するとそんな男の姿に触発され、別の村人がスタンに声をかけてきた。
「ファラオ様! 次は俺の! 俺の畑をお願いします!」
「おい、抜け駆けすんなよ! 次は俺のところを!」
「ハハハ、焦らずとも全ての畑を同じようにするから、心配するな。とは言え大地の活性化には薬の精製よりも大量の力が必要になる。ミニファラオ君を持つ者が増えれば、それだけ早くやれるのだが……」
「あー、そうなのか。でもそうなると……」
「俺達もう、みんな貰っちまったしなぁ……」
スタンの言葉に、男達が納得しつつもガックリ肩を落とす。当初こそ警戒されたものの、家族や自分が若返ったと勘違いしそうな治療まで施されては、もうミニファラオ君を拒む者はいなかった。故に既に村人全員にミニファラオ君は行き渡っており……つまりこれ以上は所有者を増やすことができないということだ。
「それでもまあ、日に一つの畑くらいなら何とかなるだろう。となれば全部を終えても一月も差はつかぬであろうし、そもそも大地の活性化はここに住まう皆の力の協力によるものだ。ならば今年くらいは自分の畑、自分の収入というのに拘らず、村全体で仕事と稼ぎを分かち合うのがよかろう」
「いや、待ってくれスタンさん。それだと畑を持ってる奴とそうじゃない奴で随分と不公平にならないか?」
と、そこでスタンを一部の村人が、スタンを名前で呼んでそう抗議する。
「ちょっ、おい!? ファラオ様に失礼だろ!」
「いやいや、構わぬ。確かにそちの懸念はもっともだが、それに関しても何らかの手を打とうとは思っている。まずは畑からと言うだけで、最終的には村人全員の生活と仕事の質をガッツリと底上げするつもりだ」
「……信じていいのか?」
期待と不安の隠った村人の顔に、スタンはカクカクと仮面を揺らす。
「何もしていない段階で、無理に信じる必要などない。余が何かを為したなら、その事実を以て感謝してくれればいいだけだ。
ファラオは常に有言実行。明日の希望をその目にする日を楽しみにしておくといい」
「……わかった。幸い毎日腹一杯飯はもらえてるしな。なら俺は少し待たせてもらうよ」
スタンの仮面をまっすぐに見つめた男が、軽く苦笑しながらそう言って背を向ける。それを見届けたスタンは、改めて周囲の村人達に声をかけた。
「うむうむ。では皆よ、済まぬが大地の活性化で少々疲れてしまってな。まだ時間は早いのだが、余は少し休ませてもらうとしよう。アイシャよ、後を――」
「ううん、アタシも一端戻るわ。じゃあ皆さん、また後で!」
スタンが歩き出そうとすると、アイシャが素早く近寄って自分の腕をスタンに絡めた。そのまま体を寄せ合って歩いて行くスタン達を村人達が温かい目で見送り……空き家に帰り着いて扉を閉めた瞬間、スタンの体が大きくぐらついた。
「むっ……」
「ほら、もうちょっとでベッドだから、頑張んなさい! ファラオでしょ!」
「うむ……」
先程までのさりげない手つきと違い、しっかりとスタンに肩を貸してアイシャが歩く。そうしてすぐにベッドの前まで辿り着くと、スタンの体を静かに横たえた。
「ふぅ……助かったぞアイシャよ」
「まったくよ! あーあー、これで明日からは今まで以上におばさま方の質問攻めにされちゃうわね」
娯楽のない小さな村では、男女のゴシップは何よりの楽しみだ。今までは仕事上の仲間、相棒として通していたが、あれだけの人の前で腰に手を回して歩いていたとなれば、もはやそれを信じる者はいないだろう。当然スタンもその程度のことは理解できており、カクッと仮面を動かしてアイシャの方を向く。
「すまぬなアイシャよ。そちの名誉を傷つけてしまったことを、心から謝罪しよう」
「ちょっ、やめてよ! そういう本気の謝罪はいらないから!」
「しかし……」
「あーもー! この話はおしまい! これ以上言ったら、また仮面を引っ叩くからね! 水持ってくるから、ちょっと待ってなさい!」
照れくささを誤魔化すような乱暴な口調でそう言うと、アイシャが部屋を出て水を汲んで戻ってくる。
「どうせまた干からびてるんでしょ? ほら、飲んで」
「うむ……」
横になったままのスタンの仮面、その口を開いてアイシャが水袋から水を注いでいく。すると冷たい水がスタンの体を潤し、失われていた活力が若干ながらも回復した。
「ふぅぅ…………」
「にしても、何であんな無理したの? アタシが気づかなかったら、アンタあの場で倒れてたんじゃない?」
「……その前に、こちらも聞きたい。どうして余が無理をしたとわかったのだ?」
「そりゃあアレよ。アンタこの前のゴブリンジェネラルとの戦いで、ソウルパワーを使い果たしちゃってたんでしょ? 回復薬はコツコツ作り溜めしてたからわかるけど、あんな派手なこと出来るかなって……後はまあ、勘?」
「勘、か……」
「何よ? それで助かったんだからいいでしょ?」
「ふふ……ああ、そうだな」
不満げに口を尖らせるアイシャに、スタンは優しく笑いながら答える。勘とは即ち、違和感だ。まだ出会って間もないというのに、小さな違和感に気づけるほど一緒にいたのだと思い至って、スタンは何だかくすぐったいような気持ちを覚える。
「っと、そうだ。次は余が質問に答える番だな。無理をした理由は、ここで勢いをつけておかねば、次に進めぬと思ったからだな」
「勢い? 毎日食事を作ってあげて、体だって治して、今だってみんな十分アンタに感謝してたでしょ?」
首を傾げるアイシャに、スタンは小さく仮面を縦に振る。
「うむ、それはそうだろう。だがそれらは全て、余が一方的に施しただけに過ぎぬ。それでは駄目なのだ。与えられることに慣れてしまえば、人は自力で前に進まなくなってしまう。
故にできるだけ早いうちに、村人達が自分の力で歩き出せるようにする必要があった。そのうえで大地を活性化するのは……見た目のインパクトもあったであろう?」
「それはまあ、そうね。確かにあれを見せられたら、誰だって頑張ろうって気になるわよ」
「そういうことだ。これで初めて、この村は復興への道を進み始めた。そしてここから先は時間との勝負になる。領主であるデブラック男爵に気づかれる前に、ここと……できればもう一つの村も同じように盛り上げていきたい」
「ん? 領主様に気づかれたら、何かマズいの?」
「うむ。中途半端なところで見つかってしまうと、男爵に働きかける手札がなくなってしまうのだ。まあこの辺の駆け引きは臨機応変にやるしかない故に、今ここで詳しく説明というのは難しいのだが……」
「あー、いいわよ別に。ファラオは常に有言実行、結果を見て評価すればいい……でしょ?」
「はっはっ、そうだな」
悪戯っぽく言うアイシャに、スタンも軽く笑い声をあげる。だがすぐにアイシャの表情が真剣になり、グッと自分の顔をスタンの仮面に近づけてきた。
「でも、それじゃあこれからも無理するわけ?」
「そうだな。必要であればな」
ミニファラオ君を配ったことで、村人達から漏れ出るソウルパワーを回収することはできるようになった。だがほんのわずかに漏れ出る力をたった数十人分では、日に一度<王の農地に育たぬもの無し>を使う分には到底足りない。
故にスタンは、見えぬところで自らの身を削る。太陽の如きファラオの輝きは、その内側で命を燃やしているからこそなのだ。
「……ねえ、スタン。前から思ってたんだけど」
だが、それに納得しない者がいる。眩しさに目を眩ませながら空を見上げるだけの民では満足しない者が。
「アンタみたいに、アタシからも……漏れ出る分じゃないソウルパワーを取り出すことってできないの?」
崇めるのではなく、隣に立つ。まだ覚悟とはほど遠い小さな願いでしかないそれを、その日アイシャは初めてスタンに告げた。





