ファラオ様
その後小一時間ほどして家から出てきたレダは、ギリギリ四〇代と言い張れなくもないくらいに若返って見えた。その効果に村の女性陣が目の色を変え、以後五日に渡ってスタンがファラオローションを用いたファラオマッサージを村中の女性に施術し……なおレダ婆さん以降は色々な意味でアイシャが付き添った……気づけば村の女性の外見年齢が一〇歳ほど若返るという異常事態が起きることとなった。
そしてそうなれば、ずっと様子を見るばかりだった男性陣とて気になる。若返った妻との逢瀬で腰を痛めた男性が治療目的で施術を受けた結果、肌にはハリとツヤが戻り全身の関節から痛みが消え、加えて大分薄くなっていた頭髪が若干ながらもフサッとしたことを皮切りに男性陣もファラオの癒やしを求めるようになり……結果として一〇日かけて、スタンは全ての村人に施術を行った。
「スタンさん! おはようございます!」
「ああ、おはよう」
そうしてスタン達が村にやってきて、一一日目の朝。滞在先として借りている空き家から出ると、すっかり顔見知りとなった村人がスタンに明るく挨拶をしてきた。ただしその顔には何とも言えない疲労の色が浮かんでいる。
「む? 朝だというのに、随分疲れた顔をしておるな?」
「いやぁ、俺まで若返っちまったから、母ちゃんが張り切っちまってな……息子が帰ってきたときに兄弟が増えてたら、何て言われるか……まいっちまうぜ」
スタンの問いに、男は嬉し恥ずかしな困り顔でぼやく。
ちなみにだが、この村に一〇代二〇代の若者がいないのは、全員が外に出稼ぎに行っているからだ。税率八割では畑仕事を手伝ったところで焼け石に水なため、基本的には領都へ……コネか金があるなら隣のベルトナン伯爵領へと出稼ぎに行くのだ……閑話休題。
「ハハハ、家族が増えるのはいいことではないか。それと何度も説明したが、そちを含めて村の者達は別に若返ったわけではない。今は施術後間もないために効果が強く出ているが、徐々に落ち着いて元の状態に近づいていくだろう。
なので若返ったなどと勘違いして無理をすると、以前より酷く体を壊してしまうこともある。気をつけるのだぞ?」
「わかってるって!」
「ならばいいが……とは言え、家族が増えるかもとなれば、稼ぎを何とかせねばならぬか。ちょうど村人全員の体を癒やし終えたことだし、次はそちらに手を着けるとしよう」
「ん? 何するんだ?」
「それは見てからのお楽しみだ。そうだな、二時間ほどしたら、村の入り口近くにある畑のところに人を集めてくれ」
「ああ、わかった」
スタンの言葉を、村人は疑うこと無く了承する。その後は借りている家に戻って食事と身支度を済ませると、スタン達は指定した畑の前にやってきていた。
「で? アンタ今度はどんなとんでもないことをするわけ?」
「ふっふっふ、すぐに分かる。ではアイシャよ、それと……あー、この畑の持ち主は誰だ?」
「俺だ」
「ではそちとアイシャの二人で、この瓶の中身を満遍なく畑に振りまき、軽く土に混ぜ込んでくれるか?」
そう言ってスタンが取りだしたのは、もはやお馴染みとなったファラオローション入りの小瓶。それを受け取ったアイシャと畑の所有者……正確には領主から借りているだけだが……が言われたとおりに作業を終えると、スタンの元へと戻ってきて声をかける。
「終わったわよ」
「こっちもだ。で、これからどうするんだ?」
「ご苦労! では見ておれ……フンッ! フンッ! フンッ!」
そんな二人に労いの言葉をかけると、スタンは虚空に開いた黒い穴から細長い金属の棒のようなものを取り出し、それを畑に突き立ててから徐に屈伸を始めた。
「……ねえ、スタン? アンタ何してんの?」
「フンッ! フンッ! こうしてな……フンッ! フンッ! 大地に混ぜ込んだファラオローションの力を……フンッ! フンッ! 活性化させているのだ……フンッ! フンッ!」
「へ、へー……何でアンタが屈伸すると活性化するわけ?」
「それは余も知らぬ……フンッ! フンッ! ファラオの秘宝は……フンッ! フンッ! 余が作ったわけではないからな……フンッ! フンッ!」
「あー、そう。それじゃあ……仕方ないわね」
アイシャだって、魔導具を使うことはできてもどんな仕組みでそれが稼働しているのかなどサッパリ分からない。呆れと諦めの両方を込めた声でそう告げる間にもスタンは屈伸を続けており、それに合わせて薬を混ぜ込んだ畑の地面が時折キラリと緑の光を放つと、突き刺した棒に下の方から光が溜まっていく。
「フンッ! フンッ! そろそろだな……いくぞ、<王の農地に育たぬもの無し>!」
「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!?!?!?」」」
スタンが叫ぶと同時に棒に満ちていた光がストンと地面に吸い込まれ、一瞬畑全体が煌めくと……次の瞬間、さっきまでしなびた茎が伸びているだけだった畑の全面に作物が実った。
「信じられん、作物が一瞬で実っただと!?」
「こんなのもう、神様の奇跡じゃねーか!」
「おい、スタンさんってひょっとして……?」
驚き戸惑う村人達が、スタンに目を向けてくる。だが当のスタンは村人全員からの視線を集めてなお、いつもの調子を崩すことはない。
「ハッハッハ、余は神などではない。ファラオだ!」
「そう言やぁそんなことずっと言ってたな……ならスタンさんのことは、ファラオ様とか呼んだ方がいいのかい?」
「なっ!? そ、それは……あれだ。余自身が要求するのは違うというか……」
右も左も分からぬ世界に目覚めてから、そろそろ二ヶ月。初めてきちんとファラオと呼ばれそうになり、スタンがソワソワしながら村人達をチラ見する。
もっとも、本人的にはチラ見でも、大きな仮面は割と動きが激しいために周囲には丸わかりだ。アイシャが思わず苦笑するなか、空気を読んだ村人が楽しげに笑いながらスタンに声をかける。
「そうかい。じゃあ俺達が勝手に、あんたのことをファラオ様って呼ばせてもらうよ。いいかい、ファラオ様?」
「む、無論だ! 余のことをどう呼ぶかはそち達の自由だからな!」
「おう、好きにさせてもらうぜ。ところでファラオ様、この畑の作物は、刈り取ったあと種を植えたら、またこんな風にあっという間に育つのかい?」
「ん? いや、それはない。毎回余が力を使えば別だが、余もずっとこの村に滞在するわけではないからな。
だが一度活性化した大地の力が簡単に消えることもない。よほどの悪天候や世話をサボりでもしない限りは数年は大豊作が約束され、その後も二〇年ほどは土が肥えたままとなるだろう。
流石にそれ以降までは保証できぬが、収穫後の野菜の葉や石灰など、今までと同じように畑の面倒を見てやれば、末永く良い土を維持できることだろう」
「おお、そんなに! あ、でも、たとえ大豊作になっても、税金が……」
喜びの声をあげた村人が、しかしすぐに重税を思い出して意気消沈する。しかしそんな男の肩を、スタンがポンと叩いて言う。
「確かに課せられた税に関しては余はどうにもできぬ。が、考えてみよ。元々一〇の作物が取れる畑で八割の税を取られれば、残りは二だ。だがこれによって二〇の収穫が見込めるならば、同じく八割取られても四残る。つまりそち達の元には今までの倍の作物が残るということだ。
どうだ? 今までの倍ならば、多少は余裕ができるのではないか?」
「そりゃあ、確かに……」
「それにファラオ様のおかげで、体の方もすっかり元気になったしな。家族が増えるかもってなりゃ、ここが踏ん張りどころか?」
「だよな。ちょっと前まではいつ死ぬかって思ってたのに、腹一杯飯を食って、体も元気になって、おまけに畑までよくしてもらって……これで何もしないなんて、男が廃るってもんだ!」
スタンの言葉を受けて、見に来ていた村の男達にやる気の炎が灯る。
「よしよし、皆やる気になってくれたな。ではこれからは順次畑の土を活性化させていくとしよう。余と皆でこの村に未来を取り戻そうではないか!」
「「「オーッ!!!」」」
スタンの呼びかけに、村人達は一丸となって拳を振り上げ、気炎を上げるのだった。





