力と信頼
「おや、もういいのかい?」
「アッハイ。すみませんでした…………はい、これ」
「うむ」
ひとしきり金貨にはしゃいだアイシャだったが、我に返ると恥ずかしそうに俯きながら謝罪の言葉を口にする。そんなアイシャがそっと突き出した布袋を受け取り、スタンはそれを腰の鞄にしまい込んだ。
「じゃ、報酬の件はこれでいいとして……次は森に出た被害の問題だ」
「ぐぬっ!?」
エディスの言葉に、スタンの仮面がカクッと揺れる。自分達が生き残るための手段だったとはいえ、スタンにも「ちょっとはしゃぎすぎたかな?」という自覚くらいはあるのだ。
だがファラオたるもの、つまらぬ言い訳などしない。大人しく沙汰を待つスタンに、エディスが柔らかく微笑みながら言葉を続けた。
「ははは、そんなに緊張しなくてもいいよ。確かにスタン君が森に出した被害は甚大で、普通なら領地に対する破壊行為ということで領主様からお咎めをもらったり、冒険者ギルドとしても何らかの罰を考えるところだけれどね。
でも今回のあれは、あくまでもゴブリンジェネラルを討伐するための戦闘によって生じた被害だ。ゴブリンジェネラルの潜在的な脅威度を鑑みれば、人死にすらなくあの程度の被害で収まったなら、むしろ万々歳だよ。だから問題は森の一部が焼け野原になったことじゃなくて……それをやった手段の方なんだよ。
ねえスタン君。君は攫われていた子供から受け取った魔導具の力を使ってあの破壊を生み出したというけれど、その辺をもう少し詳しく教えてもらえないかな?」
「ああ、そういうことか。であれば伝えられる限りの詳細は伝えよう」
エディスの言わんとしていることがわかり、スタンはファラオの秘宝やソウルパワー、それの充填されていたアンクのことなどを説明していく。すると話を聞き終えたエディスはしばし考え込んでから、改めて口を開いた。
「ふーむ。要約すると、スタン君は強大な力を持つ魔導具を幾つも持っているが、それを運用する魔力が無かった。で、たまたま子供が魔力が充填された魔導具を持っていて、そこに入っていた魔力を移すことでスタン君の持つ魔導具を起動し、あれだけの破壊力を生み出した……という感じでいいのかな?」
「そうだ。魔力とソウルパワーにどのような違いがあるのかは余にはわからぬが、おおよその認識としてはそれで正しいはずだ」
細かな仕様の違いに言及する意味は、この場ではない。故に己の理解出来る概念に置き換えて例えたエディスにスタンが頷いて肯定し、更にエディスが話を続ける。
「となると、魔力……正確にはソウルパワーなんだろうが、それがあれば同じ事が何度でもできる、と?」
「できるぞ。ただし同じ事をするにはソウルパワーがまるで足りぬ。その状況を打開するためにこそ、エディス殿にピラミダー……『死の墳墓』の場所を知ることを求めたのだ。あれが正常稼働できれば、ファラオの秘宝の運用に幅ができるからな」
「そう、か…………わかった。では今回の聞き取り調査はこれで終了だ。ただ後日改めて呼び出しがあるかも知れないから、そのつもりで居て欲しい」
「呼び出し? 誰にだ?」
「今回の感じだと、領主様かな? 一足飛びで陛下に呼びだされることはないと思うけど……」
「領主様に、陛下って王様!? ちょっ、何でそんなことになるんですか!?」
偉い人から呼びだされると聞き、アイシャが思わず声をあげる。するとエディスは苦笑しながらアイシャに答えた。
「それは勿論、君達……というかスタン君が、森にあんな被害を出したからだよ」
「でも今、お咎めはないって……っ」
「責任ではなく、手段の問題ではないか? 森を焼き尽くしたことではなく、森を焼き尽くせる手段を余が持っていることが問題なのだろう」
アイシャの疑問に、エディスではなくスタンが答える。為政者の側からすれば、得体の知れぬ相手が強大な力を持っているとなれば、調べないわけにはいかない。ファラオであるスタンはその思考を当然と納得するが、アイシャはそこに不安を募らせる。
「えぇ? でもそれ、ひょっとしたらスタンの仮面をよこせーとか、そんな事言われちゃったりしない?」
「無いとは言えぬが……どうなのだ、エディス殿?」
「この辺の領主であるベルトナン伯爵は、ごく一般的な貴族って感じだね。重税を課して私腹を肥やしたりはしてないけど身銭を切ってまで領民に尽くすなんてこともしないし、平民をむやみに虐げたりはしないけど貴族が特別だとは思ってる。
それを踏まえて考えると、今回の場合、スタン君がそういう魔導具を持つに相応しい高位冒険者であったなら、おそらくは自分の収める町を脅威から救ってくれたってことでお褒めの言葉をいただけば終わりだっただろうけど……ほら、スタン君ってD級だろう? そうなるとちょっと微妙だね。未熟な冒険者が強大な力を持つ魔導具を所持することに、危機感を感じる可能性は否定できないかな」
「むぅ……」
若干困ったような顔つきになるエディスに、スタンは小さく唸るに留める。冒険者の階級が信用の証であるという事実が、ここで大きく影響していた。
「スタン君の話を聞いた時から、その手の懸念はずっとあったんだ。色んなものが収納できる魔導具だけでも、権力者なら誰もが欲しがる物だしね。
だからこそ君には着実に依頼をこなし、誰にも文句がつけられないような実績をしっかりと積み上げていって欲しかったんだけど……まさかここまで早く、どうやっても隠せないような事件が起こるとはね。
まあ、一応町を救ったという事実そのものは変わらないから、いきなり危険人物として捕らえられるなんてことはないはずだ。それに長々と懸念を話はしたけれど、さっきも言った通り普通に褒められて終わりって可能性が一番高いと思うし」
「そうか。では想定される最悪を心の隅に置きつつも、まずは普通に対応させてもらうとしよう。その上で何か問題があったときは、改めて相談に乗ってもらえれば嬉しいのだが?」
「勿論いいとも。私は冒険者ギルドのギルドマスターだからね」
「それは心強い。ちなみにだが、エディス殿。ピラミダー……『死の墳墓』の情報に関しては……?」
「ハッハッハ、渡すわけないじゃないか。だって君、それを教えたらすぐに旅に出ちゃうでしょ? そうじゃなくても流石にD級の依頼一件を片付けただけじゃ信頼が足りてないし、来るかも知れない呼び出しを待ちながら引き続き依頼をこなしていったらいいんじゃないかな?」
「フフッ、そうか。では失礼する」
「あ! し、失礼します!」
笑顔の了承から一転、スッと目を細めて言うエディスに、スタンは小さく笑ってからそう言って執務室を後にした。そのまま冒険者ギルドからも出ると、アイシャが小声でスタンに話しかけてくる。
「ねえスタン。あんなに色々話しちゃってよかったの?」
「ん? 何のことだ?」
「森を焼いたところの話よ! アレってアンタの切り札だったんでしょ? なのに結構詳しく話しちゃってたから、いいのかなって」
「……? 何故あれが余の切り札なのだ?」
素で首を傾げるスタンに、アイシャが少しだけ声を大きくする。
「へ!? だってアンタ、いざとなれば森ごと消し飛ばせるーみたいなこと言ってたじゃない! それってあれのことじゃないの!?」
「ああ、そうか。いや、それとあの時使った力は全く別のものだ。確かに以前、余はそちに力を隠さぬとは言ったが、それはあくまでも普段使いに便利な範囲内でのことだ。流石に本当の切り札をあれほど無防備に晒したりはせぬ」
「えぇ……? じゃ、じゃあアンタのファラオの秘宝って、アレより凄いことができるわけ?」
「色々できるぞ。いずれ必要になれば、そちも目にすることがあるかも知れんな。フッフッフ……」
「うぅ、見たいような見たくないような……」
不敵に笑うスタンに、アイシャが微妙な表情を浮かべる。
「覚えておくのだアイシャよ。ファラオの頂は天より高く、ファラオの懐は闇より深い。それに今回の出来事で……いや、それはまた後にするか」
「ちょっ、何よそれ!? そういう感じでとめられたら、すっごい気になるじゃない!」
「うむうむ、存分に気にしておくがいい。もし余の考えていることがわかったら、何かご褒美をやるぞ」
「あー、馬鹿にして! アンタあれね、実は意外と性格悪いわね!? アンタなんてファラオじゃなくて、ワルオよ!」
「ぬあっ!? 何故そちは毎度毎度、そう不本意な呼び方を思いつくのだ!? それだけの知恵があるなら、もっと活用法があるであろうに」
「知らないわよ! ふーんだ、ワルオ! エロオ! ワルエロ仮面!」
「不敬の極み!?」
ベーッと舌を出すアイシャに対し、スタンはカクカクと仮面を揺らしながら抗議の声をあげるのだった。





