D級最初の依頼
「なあレミィよ。隣にいた男はなんだったのだ?」
「さぁ……?」
何故かいきなり「こいつにだけは絶対に負けねー!」と叫びながらギルドを飛び出して行った少年を気にするスタンに、レミィは曖昧な笑みを浮かべて言葉を濁す。途中から来たスタン達と違い、ずっとここに座っていたレミィにはある程度事情を察していたが、受付嬢として個人情報の保護は大事なのだ。
「やあスタン君! それにアイシャ君も、昇級おめでとう!」
「おお、エディス殿か。ありがとう」
「ありがとうございます、エディスさん」
と、そこで何故かすぐ側にいたエディスに祝福の言葉を投げかけられ、スタンとアイシャが感謝の言葉を返す。するとエディスがカウンターの方まで近づいてきて、更に言葉を続けた。
「しかし、本当に早かったね。まさか一月で昇級してしまうとは……」
「フッ、余はファラオだからな。この程度は造作もない」
「アタシは造作もなくないわよ? 二度とこんな忙しいのは御免だわ……」
「ははは、そうかい。まあアイシャ君の感想が普通だろうね」
余裕の態度を示すスタンと違い、アイシャは疲れた表情でジロリとスタンを睨む。実際もし昇級までもう一月二月かかるとなったら、アイシャは途中で根を上げていた可能性もあった。
もっとも、そうであってもそれはアイシャの昇級のタイミングがややずれるだけであり、それが旅の支障になるということはない。なので同時に昇級したいというのは単なるアイシャの意地の問題だけだったのだが、だからこそそれをやり遂げたことは、アイシャの中で小さな自信となっていた。
「さてエディス殿。祝福の言葉は嬉しいのだが、余としては先の約束を守ってもらうことの方が重要なのだが?」
「ふふ、勿論わかっているとも。でも残念ながら、今すぐというのは無理だね」
「……それはどういう意味だ?」
スタンの声が、ほんのわずかに低くなる。だがそんな威圧をエディスは涼しい顔で受け流す。
「別に意地悪を言ってるわけじゃないよ。君達は約束通りD級冒険者になったけれど、まだD級の依頼をこなしたわけじゃないだろう?
冒険者ギルドとしては、E級が誰でもなれる新人だとしたら、D級は初心者……つまりここからが本当の冒険者という扱いになる。でもそれを認めるためには、もう幾つか依頼をこなして貰いたいのさ」
「えー、それってつまり、昇級試験ってことですか?」
その説明にうへーと顔をしかめるアイシャに、エディスは笑いながら首を横に振る。
「いや、試験ではないよ。別にこの依頼がこなせなくても、君達がD級であることには変わりない。今の君達はD級冒険者として十分な信頼と実力を兼ね備えているだろうからね。
でも、人によって仕事の向き不向きはあるだろう? D級になると依頼の幅が広がるから、それができるかできないかは、できるだけ早い内に確認しておかないと困ったことになるんだよ」
「それ? それとは何だ?」
「それはね……魔物の討伐さ」
「魔物? それならば今までも倒してきたが?」
「そうよね角ウサギとか角モグラとか、角ネズミなんかはもう一生分倒した気がするわ……」
エディスの言葉にスタンはカクッと仮面を傾け、アイシャはややうんざりした表情を見せる。だがそんな二人に、エディスはニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべる。
「ふふふ、確かにそれらも魔物だけど、ここで言う魔物は本物の魔物だよ」
「本物? 魔物に本物と偽物があるのか!?」
その言葉に、スタンは大いに驚きを露わにする。ただでさえサンプーン王国では見かけなかった魔物に更に種別があるとなれば、その衝撃は大きい。それに対してアイシャの方は思い当たることがあるのか、微妙に表情を暗くして声をあげる。
「ええ……それってひょっとして、ゴブリンとかのことですか?」
「その通りだよアイシャ君。なあスタン君、今まで君達が相手をしてきたのは、通常の動物に角が生えただけのものだっただろう? 勿論それはそれで脅威ではあるんだけれど、D級から討伐依頼の発生する魔物とは、それに加えて既存の生物とは全く違う、魔物として生まれた生物含まれるんだ。今アイシャ君が言ったゴブリンというのもその一つだね」
「ほほぅ。それは興味深い話だな」
言われて思い返せば、確かにスタンが今まで相手にしてきたのは、角の生えた動物であった。元の動物よりもずっと強くて凶暴だったが、逆に言えばそれだけでしかない。
しかしそれとは違うものが存在するとなれば、これから町を出て旅をする身となれば気にならないはずもない。真剣に聞く態度を取るスタンに、エディスが説明を続けていく。
「たとえば今アイシャ君が言ったゴブリン。これは完全な人型の魔物で、背は低く一三〇センチくらいだが、全身の筋肉が発達していて、しっかりと体を鍛えている成人男性くらいの力がある。
が、ゴブリンの特徴はそこじゃない。何と彼らは独自の言語と文化を持ち、武装して集団活動をするんだよ」
「なっ!?」
その言葉に、スタンは思わず驚きの声をあげる。文化と言語を持ち、武装する集団。それは……
「エディス殿。それは魔物ではなく、異人種ではないのか?」
そう、それは価値観の違う別の人類。ひょっとして魔物の討伐とは異人との戦争なのではないかと大きな懸念を示すスタンに、しかしエディルは真剣な表情で首を横に振る。
「違うよ。魔物と人は決定的に違う。何故なら魔物は、人を殺すほどに強くなるからだ」
「殺すほど強く……それは戦闘経験を得て成長するというのとは違うのか?」
「それもあるだろうけど、それだけじゃない。魔物は皆、体の何処かに角が生えているだろう? 人に限らず、生き物が死ぬと内包していた魔力がその場に零れる。魔物はその魔力を自分の角に溜め込んで、力にすることができるんだ。
しかも知能のある魔物は、自分の弱さをちゃんと自覚する。だから普段は森とか洞窟とかの人が来ない場所に隠れ住み、不用意に迷い込んだ旅人とか子供とかを狙って殺し、その力を高めていく。
そうして強くなると集落を作り、やがて集団となって人を襲う。その結果また強くなり、更に集団が大きくなり……と繰り返すと、最後にはとんでもない大軍団になったりするんだよ。
そこに分かり合う余地はない。だって魔物からすると、人間は武装し集団だと厄介な害獣である反面、単体では弱くて狩りやすい格好の獲物なんだ。よくて家畜程度なわけで……君も王様をやっていたというのならわかるだろう? ブタや牛に人と同じ権利を認めるなんてあり得ないということはさ」
「それは……そう、だな」
家畜を家族のように大事に扱うものはいるが、あくまでも「ように」であり、同等ではない。手間と愛情をかけて育てたとして、家畜なら金で売り買いすることも、殺して肉にすることも当然だ。それを我が子でやったならば、その者は極悪人として逮捕されることだろう。
「幸いにして、大きすぎる魔力は体を蝕むのか、一部の例外を除くと強くなればなるほど魔物の寿命は短くなる傾向がある。そのおかげで人類は今も絶滅することなく世界中に版図を広げているわけだけどね。
ということで、その辺の脅威をきっちり理解してもらうためにも、D級になったら最初に討伐依頼を受けてもらうことを推奨してるってわけさ。特に君達の場合は、町を出て旅をすることになるだろうから、尚更ね。どう? わかってくれたかな?」
「うむ、理解した。ということは余達が次に受けるべき依頼は……」
「ゴブリン討伐ってことよね。うぅ、やだなぁ、怖いなぁ……」
「まあドーハンといい勝負をして、ルーズを倒した君達なら大丈夫だとは思うけれど……でも、気をつけるんだよ」
「その忠告、ありがたく受け取らせてもらおう」
説明を終え、ほんの少しだけ心配そうに告げるエディスに、スタンは神妙に頷いてから、昇級に浮かれた気持ちを引き締めるのだった。





