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明け透けな駆け引き

「えぇ、何でこの人いきなり笑い出したの……?」


「ハッハッハ……いや、すまない。スタン君が予想以上に話の分かる(・・・・・)人だったのでね。それになかなかに義理堅い」


「義理……?」


 思わず眉根を寄せるアイシャに、エディスが軽く笑いながら説明をする。


「そうとも。いいかい? 本来私は、君達に会う必要すらなかった。レミィが告げた通り、A級冒険者ではない君達には何も教えられない、それだけで終わっていた話なんだよ。


 でも、私はスタン君に遺跡の概要を語った。その理由は、E級冒険者として登録したばかりのスタン君が、この短期間で実に色々な騒ぎを巻き起こしたからだ。まあ、言ってしまえば私が個人的に興味を持ったから……というところだね」


「あー、それはまあ……」


 エディスの言葉に、アイシャは微妙な表情で納得する。もし自分が当事者でなかったとしたら、確かにスタンを面白おかしく注目していただろうと思ったからだ。


「するとどうだい? スタン君はこちらの蒔いた情報をきちんと拾い上げて、自分の中で咀嚼し必要な形に組み立て直した。しかもそれだけではなく、そうしたという事実を私に……まあ正確にはアイシャ君にだが……説明してくれただろう?


 だが、それもまた本来なら不必要な物だ。アイシャ君に説明するだけならこの場である必要はないし、何よりスタン君の主張は、ある意味冒険者ギルドに泥を被せるようなやり方だ。


 なにせ冒険者ギルド(うち)の情報を別の場所で裏取りしようというのだからね。もし本当にそれを実行され、しかもそのきっかけとなる情報を漏らしたのが私だと知れれば、私の面子には手痛い傷がついていたことだろう」


「えっ!? アンタそんなことするつもりだったの!?」


「そうだ。以前にも言ったが、余はサンプーン王国への帰還に全力を尽くすと決めている。そのためならばある程度までは手段を選ばぬ」


 驚くアイシャに、スタンは努めて平静な声でそう告げる。だがそんな不穏な台詞を聞いてなお、エディスは笑顔を崩さない。


「でも、スタン君はそうする前にここで説明した。それは私があえて情報を漏らしたことに対する返礼というか、義理なんだろう。そういう一連のやりとり全てを以て、私はスタン君を『話の分かる人』だと評したのだよ」


「そう、なんですか。へー…………」


「ん? どうしたのだアイシャよ?」


 エディスの説明を聞き、何故か表情を曇らせるアイシャにスタンが声をかける。するとアイシャは何となく落ち込んだような様子でスタンに答える。


「いや、アタシそんなの全然わかんなかったって言うか、何なら最初に遺跡の話を聞いた時だって、凄く怖いところなんだって感想くらいしかなくて……ひょっとしてアタシって、頭悪い?」


「いやいや、そんなことないさ。一六歳のE級冒険者として考えるなら、アイシャ君は普通だよ。単にスタン君がずば抜けて頭が回るというだけでね。流石はファラオと言ったところかい?」


「まあな! ファラオとなるべく、余は幼い頃から様々な教育を受け、厳しい訓練を乗り越えてきたのだ。この程度は息をするが如く、だな。


 というわけだから、落ち込む必要はないぞアイシャよ。ファラオは一人いればよい。誰もがファラオになる必要はないのだ」


「むー、何となく上から慰められてる気がするけど……まあそうよね。アタシはアタシなりにやっていくわ」


「うむうむ。その無為に引きずらす前を向く姿勢は、そちの素晴らしいところだと思うぞ」


「……ひょっとして馬鹿にしてる?」


「? 心から賞賛しているが?」


「あぅ!? そ、そう。ならいいけど……」


 ごく自然にそう口にしたスタンに対し、アイシャが微妙に顔を赤くして視線を逸らす。そしてそんな二人に、改めてエディスが話しかける。


「若いっていうのはいいものだね……では双方の手札が出そろったところで、話し合いの続きといこう」


「えっ、さっきので終わりじゃないの!? あ、いや、終わりじゃないんですか?」


 慌てて言い直すアイシャに、エディスが苦笑しながら答える。


「はは、悪いがもう少し付き合ってくれたまえ。今も言った通り、スタン君に外部で情報収集に動かれるのは、冒険者ギルドとしては体裁が悪いんだよ。なのでできればもう少し詳細な情報を開示したいんだが……そのために、スタン君には最低でもD級冒険者に昇級して欲しい」


 そこで一旦言葉を切ると、エディスはまっすぐにスタンの方を見てニヤリと笑う。


「と言っても、それは今すぐ昇級させるとか、昇級に便宜を図るとかってことじゃない。要はガンガン依頼を振るから、それをこなして早く信頼を高めて欲しいってことだね。そうすればスタン君が求める遺跡の位置情報くらいは提供できると約束しよう」


「それはありがたいが……信頼?」


「そうとも! 冒険者ギルドの等級は、信頼の証だ。依頼をこなすことで実力を示し、実績を積み上げることでしか等級は上がらない。これは王侯貴族でも例外はないよ。民から絶大な信頼を集めた将軍だからって、真面目に薬草を採取してくれるとは限らないからね」


「あー、それはそうかも……てか、そんな人いるんですか?」


 偉い騎士様が立派な鎧を着て薬草を毟る姿は、確かに想像できない。故に問うアイシャに、エディスが内緒話でもするように口に手を当て答える。


「これがね、実はそこそこいるんだ。あまり口には出せないえらーいお方が、引退後の道楽として冒険者をやってみるというのがね。ま、そういう人達は身分に拘りのない人が多いから、割と楽しく活動しているようだけど」


 引退後もジッとしていられない御仁……あるいは何故か家にいると肩身の狭い思いをするような方々のうち、権威を重んじるような者は城や貴族家に指南役として雇われたりするのだが、そういうしがらみから解放されたと考える者のなかには、嬉しそうに薬草を摘む者も確かにいるのだ。


「その流れで言うなら、君達に迷惑をかけたルーズ君も、昔は将来有望な冒険者だったんだ。なかなか実力が伸びず、昇級できないことに苛立ちを募らせて徐々に荒れていってしまって……それでもいつかはと思っていたんだが、残念なことだ」


「仕方あるまい。誰もが常に賢明であることなどできぬのだ。道を踏み外すこともまた、その者の選択であるからな」


 肩を落とすエディスに、スタンが小さく仮面を横に振りながら言う。


「ま、その通りだね。いい大人なのだから、自分の判断の責任は自分で取るしかない。ただ一応、このギルドを預かるものとして謝罪はしておくよ。申し訳なかったね、二人とも」


「あ、いえ! アタシは全然……」


「余も構わぬ。結果としてそれらが余とエディス殿の縁を繋ぐことになったのだからな」


「そう言ってもらえると助かるよ。じゃ、私からの話はこれだけだ。君達からは、何か私に聞きたいことがあるかい?」


「ふむ? 余は特にないな。アイシャは何かあるか?」


「うーん……あ、じゃあ一個だけいいですか?」


 クルリと仮面を向けて言うスタンの言葉に、アイシャがそっと手を挙げてアディルに話しかける。


「何だい? アイシャ君」


「その、アディルさんの話を聞いて、アタシも色々考えてみたんですけど……さっきのピラミダーの遺跡の話。あれ、下手に知られると興味本位で近づく人がいるから危ないみたいな理由だけでA級指定の情報なんですか?」


「うむ!?」


「へぇ、よく気づいたね」


 思わぬアイシャの指摘にスタンが驚き、エディスが感心したように言う。


「確かに君達に話した情報だけなら、A級指定にするほどのことじゃない。精々がC級……つまりD級やE級の未熟者が、興味本位で近づかないように情報を制限する程度でいいんだ。


 でも、実際にはA級指定になっている。その理由は……」


「理由は……?」


 ゴクリと唾を飲むアイシャに、エディスが意味深な笑みを浮かべる。


「君達がA級冒険者になれたら、その時に教えてあげよう」


「あうっ!?」


「まあ、当然そうであろうな」


「――っ!? スタン、アンタわかってたの!? でもアンタ今、驚いてなかった?」


「ん? 確かに何故そんなことを聞くのかと驚いたが……痛いっ!?」


 アイシャの張り手が、スタンの仮面をゴインと揺らす。


「何故叩くのだ!?」


「アンタがそういう大事なことを何も言わないからよ! アタシばっかり恥かかされて! もーっ!」


「ぬぉぉ、叩くな! 揺らすな! なんたる理不尽か!」


「知ったこっちゃないわよー!」


 己の手が赤く腫れるのも厭わずベシベシとスタンの仮面を叩き続けるアイシャと、文句を言いつつもそれを受け入れているスタン。そんな二人の在り方に、エディスは再び「若いというのはいいねぇ」と、何ともじじむさい感想を抱くのだった。

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