ギルドマスターとの面会
「あっ、スタンさん!」
明けて翌日。今日もまたいつも通りに冒険者ギルドに顔を出したスタンに、珍しくレミィの方から声をかけてきた。
「ん? どうしたのだレミィよ?」
「昨日の件で、ギルドマスターからお話があるそうなんです。今大丈夫ですか?」
「おお、早いな! そういうことなら早速会わせてもらおう」
「あー、じゃあアタシはまた、掲示板でも見て時間潰してるわね」
呼び出しに応じるスタンに対し、アイシャがその場から離れようとし……しかしスタンが訝しげな声でアイシャを呼び止める。
「ん? 何を言っておるのだ、今回はそちも一緒に来るのだ」
「え、何で? 今までは『自分の話だから』って、一人で行ってたじゃない」
「それは今までのやりとりが、余個人をパーティに誘うものだったからだ。だが今回は余達がこれから向かうであろう場所の情報だぞ? そちも聞いておいた方がいいと思うが?」
「あっ……」
ほんの少しのけ者にされていたような寂しさを感じていたアイシャが、当たり前のように語るスタンの言葉に、思わず口角を吊り上げる。だがそれをすぐに押し殺すと、アイシャは機嫌よさげにスタンの背中をバシバシと叩き始めた。
「あー、そうよね! アタシも行くんだから、聞いた方がいいかもね。あーもー仕方ないわね! アンタ一人にしたら何処で干からびてるかわかんないし!」
「ぬおっ!? 何故背中を叩くのだ!? まったく……ではレミィよ、案内を頼めるか?」
「ふふっ。はい、こちらです」
そんな二人の様子に温かい笑みを浮かべてから、レミィはスタン達をギルドの奥にある、他の部屋よりやや頑丈そうな戸平の前へと案内した。コンコンと扉をノックしてから、中にいるはずの人物に声をかける。
「マスター、レミィです。スタンさん達をお連れしました」
「わかった、入ってもらってくれ」
返ってきた言葉に、レミィが扉を開いてスタン達を室内へと招き入れる。するとそこに待っていたのは、木製の大きな執務机につく、理知的な雰囲気を漂わせた中年男性であった。
「ようこそスタン君、それにアイシャ君……だったね? 私はこのマルギッタの冒険者ギルドを任されている、エディスという者だ。よろしく頼む」
一礼してレミィが退室し、部屋の扉が閉められると、ギルドマスターが座ったまま挨拶をする。
「エディス殿か。余はイン・スタン・トゥ・ラーメン・サンプーンである。よろしくな」
「あ、アタシはアイシャです! 宜しくお願いします!」
いつもと変わらぬ態度のスタンとは打って変わって、アイシャはガチガチに緊張している。だがそんなアイシャの姿に、スタンが不思議そうに声をかける。
「アイシャよ、そちは何故そんなに緊張しておるのだ?」
「何故って、このギルドで一番偉い人に会ってるんだから、当たり前でしょ!? てか、むしろ何でアンタはそんなに平気なのよ?」
「そんなもの余がファラオだからに決まっているではないか。そちこそファラオである余にそれほど気安い態度で接することができるのに、何故地方の一施設の責任者にそこまで緊張するのだ?
あ、いや、今のは決してエディス殿の職責を軽んじたというわけではないのだが……」
「ハハハ、構わないさ。確かに王様に比べたら、ギルドマスターなんて取るに足らない存在だろうからね」
慌てるスタンに、エディスは笑いながら席を立つ。一八〇センチほどの身長はスタンよりやや高く、肩にかかる長さの亜麻色の髪が女性なら誰もが羨むであろう絹の如き光沢を放つ、なかなかの色男だ。
だがその雰囲気とは裏腹に、エディスの目の奥にはスタン達を値踏みするような光が宿っている。当然スタンはそれに気づいていたが、ならばこそスタンも金の仮面を揺らしながら静かに言葉を投げかける。
「ほう? エディス殿は余がファラオ……王であると認めると?」
「認めるというほど大げさではなく、ただ否定する理由もないというだけのことさ。スタン君だって、私にひれ伏せと命じるわけではないのだろう?」
「無論だ。他国で王権を振りかざして権威を請うなど、情けないにも程がある。ファラオの矜持を捨てる気はないが、それに溺れるほど愚かではないぞ」
「ならそれでいいってことさ。では早速本題に入るけれども……残念ながら、どのような取引があったとしても、今の君達に情報を公開することはできない。というのも、情報を制限しているということには、当然それなりの意味があるからだ」
話し始めたエディスの言葉を、スタン達は黙って聞く。その姿勢に満足げに頷くと、エディスは更に話を続けた。
「スタン君がピラミダーと呼ぶ建造物。それを我々は『死の墳墓』と呼んでいてね。周辺は草地だというのに遺跡の周りだけは命が枯れ果てたように砂漠と化しており、周囲にはまるで遺跡を護るかのように大量のアンデッドが蠢いている。
しかも報告によれば近づくだけで吐き気や息苦しさを感じ、長時間留まるとめまいや立ちくらみに襲われ、最後には気絶してしまうんだそうだ。そういう危険な場所だからこそ、ギルドはその遺跡の情報をA級指定としたわけだが……どうだい? 君達には何か心当たりがあるかな?」
「ねえスタン、それって……」
「むぅ……」
エディスとアイシャ、二人の問いかけに対し、スタンは仮面の口元に手を当て、小さく唸り声をあげてから考え込む。
「可能性として考えられるのは、ソウルパワーを集積する装置に何らかの異常が発生したことだ。が、ただ異常が発生しただけで、それほどの災害が起こるというのは考えられぬ」
「それは、どういう意味だい?」
「ピラミダーはあくまでも漏れ出たソウルパワー……魂の力を集めるだけのものであり、生命から直接ソウルパワーを抽出するような機構はないのだ。湯を沸かした時に出る湯気だけを吸い込む装置に、湯を直接くみ出すことなどできぬであろう?」
「じゃあ、何でそんなことになってんのよ!?」
「さあ? それを余に聞かれてもな。実物を見ればわかるかも知れぬが、それでも余はファラオであって、技術者ではないのだ。ピラミダーの使い方はわかるが、どうやって動いているのかの詳細まではわからぬよ」
「ははは、そりゃあそうだね。もしそういうのがわかるなら、教えてもらえればA級やB級の冒険者を送り込んで何とかすることも考えてたんだけど、流石にそう上手くはいかないか」
「うむ。人死にが出ているというのであれば情報提供を惜しむ気はないが、如何にファラオとて知らぬものは教えられぬ。すまぬな」
「…………情報提供の代わりに、特別に自分を連れて行けとはいわないんだね?」
謝罪の言葉を口にするスタンに、エディスがキラリと目を輝かせながら問う。だが年若いとは言えスタンはファラオ。その程度の駆け引きで己の立場を安売りしたりはしない。
「無論だ。誰よりも民の規範たるファラオである余が、己の利のために脅して例外を作らせるような厚顔無恥あってよいはずがない。
それに、今のやりとりだけでも大分情報は得られたからな」
「えっ、そうなの!?」
驚くアイシャに、スタンが仮面を揺らして大きく頷く。
「うむ。ピラミダーだと思われる遺跡が存在すること、それが現在も稼働し、周囲に多大な影響を与えていること。この二つがわかったならば、情報収集は容易い。なにせ周囲に死をまき散らす巨大建造物だぞ? そんなものどうやっても隠しようがないのだから、地元民なら必ず知っている。
あるいは知らなかったとしても、それならば知られないように厳重な警備などが為されていることになる。理由がわからぬまま立ち入りが禁止されている広大な土地。そんなものが早々幾つもあるとは思えぬから、見つかればそこがピラミダーの場所である可能性が高い。
そこまでわかれば、もはや昇級が必要な冒険者ギルドでの情報収集に拘る理由すらない。危険を避けるためという名目で商業ギルドに当たってもいいし、何なら旅の吟遊詩人にでも報酬をはずめば、それに関する歌があるのではないか? 如何にも刺激的な歌ができるだろうからな」
「クッ、ハッハッハ! なるほどなるほど、確かにスタン君は、その見た目と年齢からは想像できないほどに理知的であるようだね」
スタンのそんな解説に、エディスは額に手を当て天を見上げながら、楽しげな笑い声を執務室に響かせた。





