情報の分割
アイシャの誘拐事件と、不本意なる宿での一件から一〇日。スタンに対する勧誘は驚くほどに減った。が、それが平穏に繋がっているかと言えば微妙なところである。
「あれが呪いの金仮面か……毎日生き血を啜らないと干からびて死ぬって本当かな?」
「生き血? 女を抱かないと死ぬんじゃなかったか? だから命を助けた代わりにあの女の子がずっと一緒にいるんだって聞いたけど」
「いやいや、逆だろ? 仮面の方が女にベタ惚れで、毎晩干からびるまで絞られてるって話だぜ? まあ仮面が脱げないのは本当らしいけど」
「そう言えば何日か前に、何人かで引っ張ってたよな。解呪使える奴とかもいたし……じゃあ呪いってのは本物なのか。怖い怖い」
「ぬぅーん…………」
周囲から聞こえてくる噂話に、通りを歩くスタンが何とも重苦しい唸り声をあげる。ファラオであれば民衆から様々な憶測を向けられることなど幾らでもあるわけだが、然りとて日常的にそういう話を耳にして、気分がいいということもないのだ。
ちなみに、スタンの仮面は下方向に大きな隙間があり、一見すると引っ張れば簡単に脱げそうだが、その実スタン自身が脱ごうとしない限り、絶対に脱げない。それを証明するために数人の冒険者に好き放題に引っ張られ、その様子を見たアイシャが腹を抱えて笑い転げていたのが五日前のことである……閑話休題。
「フッフッフ、アタシの試みは随分上手くいってるみたいね」
「これを上手くいっていると言っていいのか……?」
「いいのよ! だって実際、スタンに対するお誘いは随分減ったでしょ?」
「まあ、それはな。だがこれほどに根も葉もない噂話をされるというのは、やはり落ち着かぬ」
「噂なんてそんなもんよ。自分に関係ないから無責任に誇張したり、思いついたことを適当に言っちゃったりするんだし。でも、スタンとしてはそっちの方がいいんじゃない?」
「む、何故だ?」
カクッと仮面を傾けるスタンに対し、アイシャが得意げに話を続ける。
「だって、肝心の『物を出し入れする』ってところが、他の噂に紛れちゃったじゃない。これなら話を聞いた人が想像するのは、とりあえず仮面を被った変な冒険者がいるってことだけでしょ? それだけならスタンをパーティに誘おうとか、仮面を奪い取ろうとするような人なんてそうはいないでしょ」
「…………ふむ、確かに」
頭の後ろで手を組み、あっけらかんと言うアイシャに、スタンはやや考えてから納得して頷いた。実際魔導具……実際にはファラオの秘宝……であるという点を除いてしまうと、でかくて目立つ金の塊という仮面は価値が高すぎるせいで、仮に盗んだり奪ったりできたとしても、運ぶのも換金するのも難しい。そこに「呪い」などという要素が加われば、尚更手を出す者はいないだろう。
「そんなことより、今日こそ情報が入ってるといいわね」
「そうだな。流石にそろそろ何らかの進展は欲しいところだ」
と、そこで話題を変えてきたアイシャに、スタンは大きく頷いて同意する。
サンプーン王国の情報を求めてからもう既に半月以上が経っているが、未だに何の情報も得られていない。冒険者ギルドに集積されているであろう膨大な資料のなかから目的のものを見つけ出す作業や、遠隔地とのやりとりに時間がかかるのは重々承知しているものの、こうも毎回「まだ何もわかりません」という答えを聞き続けるのは、スタンとしても辛いところだった。
「焦っても仕方がないのはわかっているのだが、こうも何もわからないということは、一月や二月移動した程度で帰り着ける距離ではないということであろう。であればこそ、せめて大まかな方角くらいでもわかれば、移動しながら情報を収集することもできるのだが……」
「その辺はレミィさんの手腕に期待しましょ。さ、着いたわよ」
並んで歩く二人は、いつの間にか冒険者ギルドの正面まで辿り着いていた。もう何十回と依頼の受理と報告に来ているため、アイシャは勿論スタンもまた慣れた様子でその中に入ると、今日も受付で仕事をしているレミィのところに行く。
「やっほー、レミィさん!」
「アイシャさん。それにスタンさんも……今日は普通の格好ですね」
「今日も、でしょ? あんなの一〇日前のあの時だけじゃない!」
「まあそうですけど。でもほら、一度でもあったことは二度三度とありそうですから。それにお二人は今もまだ話題の人ですし?」
「あはははは……」
ジロリと見てくるレミィに、アイシャが乾いた笑い声をあげる。アイシャの行為がスタンの、ひいては自分の安全を確保するためのものだったと理解はしていても、冒険者ギルドとしての面子の問題や、面倒な仕事の増加、そして新たな問題の匂いがプンプンする現状は、レミィとしてはいただけない。
勿論アイシャが悪いわけではないとレミィも分かっているが、それでもちょっとした皮肉くらいは言いたくなるくらいに、この数日は大変だったのだ。
「それでレミィよ。サンプーン王国の情報に関してはどうなっただろうか?」
そんな空気をあえて無視し、スタンがレミィに問う。するといつもなら「申し訳ありません、まだ何もわかってないんです」と頭を下げるはずのレミィが、何やら困り顔になる。
「それなんですが……まず最初に、サンプーン王国という国に関する情報は、今回も見つかっておりません。申し訳ありません」
「そうか……だがその言い方、何か他の発見があったのか?」
「はい。発見というか……スタンさん、以前にピラミダーという建造物のお話をしてくださいましたよね? 一辺が二〇〇メートルくらい、高さ一五〇メートルくらいの、かなり大きな四角錐の建物ということでしたが」
「うむ、その通りだが……まさかピラミダーが見つかったのか!?」
「えーっとですね…………」
勢い込むスタンに、しかしレミィが眉間の皺を深くしてそっと顔を逸らす。
「実はその、それっぽい情報を見つけたんですけど……それがA級指定でして」
「「A級!?」」
その言葉に、スタンとアイシャが驚きを重ねる。A級指定ということは、E級冒険者でしかないスタンやアイシャは勿論、仲介を頼んでいるB級冒険者のドーハンの権限ですら聞き出せないといことだ。
「そんな!? ねえレミィさん、何とかならない?」
「何とかと言われましても、私はただの受付嬢ですから、そんな権限はありませんし……」
あるいはスタンが助けたのがレミィであれば、命の恩として規則を破ってでも情報提供したかも知れない。が、レミィとスタンは単なる仕事の関係だけであり、しかも知り合ってから一月も経っていない。そんな相手に自分の職責を危うくしてまで情報提供をするほど、レミィはお人好しではなかった。
「ならせめて、A級冒険者の人を紹介してくれるとか……」
「それもちょっと……申し訳ありません」
それでも何とか食い下がるアイシャに、レミィは再び頭を下げる。こちらは別に紹介禁止の規則などがあるわけではないが、A級冒険者を個人的に紹介できる人脈など、それこそ一介の受付嬢が持っているものではない。
「うぅぅ…………ねえスタン、どうするの? スタン?」
金も地位も実績も人脈も、何もかも持っていないE級冒険者の自分がごり押したところで結果など変わるはずもない。悔しいがそれを痛いほど自覚しているアイシャが問うと、スタンは仮面の口元に手を当てて何やら考え込んでいる。
「……なあレミィよ。ピラミダーの情報がA級指定ということだが、それはピラミダーのどの情報に関してなのだ?」
「へ? どの、ですか?」
予想外の問いに、レミィがクイッと首を傾げる。
「そうだ。たとえばピラミダーの内部構造に関してならば、確かに防犯用の設備やそもそものソウルパワーの集積などに高度な技術が使われておる。そういうものに関する情報ならば秘匿性が高いのも納得できる。
だが、場所はどうだ? あれほど大きな建造物の場所など、そうそう隠せるものでもあるまい。なのに場所すらもそれほど高い機密なのか?」
「ば、場所だけですか!? えぇぇ、どうなんだろう……?」
情報とは一元管理されるものだ。なのでその一部分だけを取りだした場合にどうなるのかは、レミィにもわからない。そうして戸惑うレミィの様子に、スタンは更に畳みかけるように言葉を続ける。
「余としては、場所さえわかればそれでいいのだ。内部の構造など余の方がよほど詳しいだろうからな。交渉材料になるというのなら、余の知る情報の一部を公開してもよい。
どうだ? E級冒険者が勝手にピラミダーに向かうだけで、おそらくは解析されていないであろう内部機構の情報が手に入るのなら、そちらとしても大きな利があると思うのだが」
「…………すみません、ちょっとそれは私の権限では判断できないんで、上司に相談させてください。で、返答は後日と言うことで……よろしいでしょうか?」
「無論だ。色よい答えを期待しておるぞ」
レミィの提案を冷静に受け入れながら、スタンは内心で遂に掴んだ故郷の情報に、熱く胸を焦がすのだった。





