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ファラオの癒やし

 その後、二人はなんとも言えない囁きを聞き流しながら宿へと戻った。するとアイシャは「流石に疲れたから、ちょっと休む」と言って自分の借りている部屋に入っていったのだが……


「何でアンタがここにいるわけ? ここはアタシの部屋で、アンタの部屋は隣なんだけど?」


 そのまま自分の借りている部屋に入ってきたスタンに、アイシャがムッとした感じでそう声をかける。だがスタンはそれを無視し、アイシャの方に近寄ってその肩に手を乗せた。


「えっ、ちょっ、何!? どうしたのスタン!?」


 慌てるアイシャをそのままに、スタンの手がアイシャの腹にゆっくりと伸びていき……


「っ……」


「やはり無理をしていたか」


 指先が軽く触れた瞬間、アイシャが苦しそうに顔を歪める。しかしすぐにスタンの手を振り払うと、一歩下がってスタンから距離を取った。


「あーもう、平気よ! このくらい薬草貼って寝てれば治るわよ」


「薬草? 回復薬は使わぬのか?」


「駄目。薬の方は高いんだから、そんなホイホイ使えないわよ」


 薬草……ナオリ草はそのままでも多少の傷を癒やす効果があるが、然りとてきちんと精製された回復薬と比べられるものではない。そして効果に違いがあるなら、当然価格も違う。


 具体的には薬草なら一束銅貨五枚くらいで買えるが、回復薬は銀貨一枚する。アイシャ達の泊まっているこの素泊まりの安宿が一泊銅貨五〇枚ほどなので、丁度倍だ。


 宿代二日分。それはどうやっても出せないほど高額というわけではないが、そもそも稼ぎの少ないE級冒険者からすると、我慢できるなら節約しておきたいと思ってしまう金額なわけだが、そんなアイシャの言葉に、スタンは思わず声を荒げてしまう。


「金の問題だと!? そんなもの、余の手持ちの金貨を換金すればどうとでもなるであろう!」


「それも駄目。変な騒ぎになっちゃったし、ここでアンタがその仮面の中に大金をしまい込んでるなんてなったら、せっかくアタシが頑張ってやった演説が無駄になっちゃうでしょ?」


「それは…………」


「だから平気よ、へーき。ほら、アンタも部屋に戻って休んで。夕食の時間になったら起きるから」


「……………………」


 苦笑しながら言うアイシャに、しかしスタンは無言で詰め寄り、その体をベッドに押し倒す。


「ちょっ、何いきなり!? どうしたのスタン!?」


「脱ぐのだ、アイシャよ」


「えっ、えっ!? 嫌よ! てか、アンタ婚約者いるんでしょ? こんなところで浮気なんてしていいと思ってるわけ!?」


「ええい、暴れるでない! いいから脱ぐのだ! 脱がぬというのなら、余がこの手で脱がしてしまうぞ!」


「嫌! やめて! やめてったら!」


 スタンの手に、アイシャが必死に抵抗する。だが体の上に馬乗りになられてしまってはどうすることもできない。やがて抵抗は無意味と悟ると、アイシャはその目に涙を浮かべて顔を逸らしながら言う。


「サイッテー……いいわよもう。好きにしなさいよ。でもこれが終わったら……」


「ふぅ、漸く大人しくなったか。では気が変わらぬうちに治療を開始するぞ」


「アンタとはもう…………治療? え、何するの?」


 こぼれ落ちそうだった涙が寸前で止まり、問うアイシャにスタンが呆れたような声で答える。


「だから治療だ。確かに余は医者ではない故、そちが不安に思う気持ちも理解はできる。が、ファラオの癒やしは極上だ。安心するがよい。わかったらさっさと脱ぐのだ」


「……何で脱ぐの?」


「? そちは服の上から薬を塗るのか?」


「あー、うん。そうね。そりゃあ素肌に塗るわよね…………紛らわしいのよ馬鹿!」


「ぬあっ!?」


 アイシャの平手が、スタンの仮面をゴインと揺らす。仮面の硬さ故に叩いたアイシャの方がダメージが大きかったが、それとは関係なくスタンが抗議の声をあげる。


「何をするのだ!? そちが怪我をしており、高い薬を使いたくないと言うから、余が治療しようと言うのではないか! この流れの何処に誤解の余地があったというのだ!?」


「そうだけど! そうかも知れないけど……そういうことじゃないのよ! まったく……じゃあほら、これでいい?」


「解せぬ……うむ、では大人しくしておれ」


 乗っかったスタンをベッドの外に押し戻し、自分で服を捲り上げてお腹を晒したアイシャに、スタンがそう言って仮面の口の部分を弄り始める。


「ゆくぞ、ファラオローション!」


「ギャーッ!?」


「ふがっ!?」


 パカリと開いた仮面の口から垂れ落ちる、白く濁った粘り気のある液体。そのあまりの見た目のアレさにアイシャが悲鳴を上げてスタンの顔を引っ叩き、スタンの仮面が再びグワンと揺れる。


「だから何をするのだ!?」


「そりゃこっちの台詞よ! アンタ今何したの!?」


「治癒効果のある粘液を垂らしただけではないか! これを患部に塗り込むことで傷を癒やすのだ」


「えぇ? いやでも、絵的にそれは……もうちょっとこう、何かないの?」


「何かと言われてもな……目から出しては見えなくなってしまうし、鼻から出しても結局口元まで垂れ落ちてしまうからなぁ。ああ、流石に耳からは無理だぞ? この仮面は耳の部分には穴は空いておらんのでな」


「………………あー、そう。はぁぁぁぁ……ごめん、もういいから、適当にやっちゃって」


 至って真面目に答えるスタンに、アイシャは疲れ果てた様子でそう言った。そんなアイシャにスタンは「気丈に振る舞っていても、やはり誘拐されたことに衝撃を受けているのだろうな」と若干方向性の違う勘違いをしつつ、垂れ落ちた粘液を慈愛の手つきでアイシャの腹に塗っていく。


「うっ、ぐぅっ…………」


 垂れ落ちた粘液はほのかに温かく、ぬめる指先が腹の上を滑るたび、アイシャのなかに痛みが走る。それを必死に耐えていると、今度は横を向かされた顔の上にもスタンの口からローションが垂れ落ちてきた。


「うぅぅ……」


「痛いか? 今しばらく我慢せよ。すぐによくなってくるはずだ」


 そうではあるが、それだけではない。何とも微妙な気持ちで歯を食いしばるアイシャの頬もまた、スタンの手が優しく撫で回す。すると腹も頬も傷の痛みが徐々に引いていき、くすぐったいような痒みが強くなっていく。


「くっ、くふっ……か、痒い…………」


「傷が治っていっておる証拠だ」


「そうなの? でも痒い、熱い……あと何かくすぐったい? それに……っ!?」


「それに、何だ?」


「な、何でもないわ! あふっ…………」


 問うスタンに、アイシャは必死に誤魔化す。徐々に変わっていく感覚の果てに、ぬめぬめと動く指にあまり口にしたくない気持ちよさを感じてしまったことを、絶対に悟られたくはなかったのだ。


「んっ……んあっ…………やっ、あっ…………」


「ふっふっふ、どうやら余のファラオマッサージの腕は落ちておらぬようだな。王宮でも傷ついた将兵や使用人に施したことがあったが、いつも好評だったのだ」


「はっ…………ふぅんっ…………んっ、んっ…………ね、ねえスタン? もうそろそろ……」


「何をモジモジしておるのだ? ああ、用足しか? この様子ならあと少しで終わるであろうから、もう少し我慢せよ」


「ちがっ……わないけど、そうじゃなくて…………んはぁっ!?」


「お? 反応が強いということは、この辺はまだ治りきっておらぬということだな? ならば念入りにすり込まねばな。ほれほれ、ここか? ここなのか?」


「やっ、はっ!? あっ、い、いっ……………………バカーッ!!!」


「ぐっはぁっ!?」


 三度目にして渾身の平手がスタンの仮面に炸裂し、今度は仮面のみならずスタンの全身を吹き飛ばす。そうして部屋の片隅に座り込まされたスタンに、アイシャが布団をたくし上げて体を隠しながら大声で叫んだ。


「いい加減にしなさいこの馬鹿! 変態! アンタなんかファラオじゃなくて、エロオよ!」


「な!? 何だその酷い言いがかりは!? そちは神聖な医療行為を何と心得ておるのだ!?」


「うるさいわね! そっちこそ乙女の柔肌をなんだと思ってんのよ! あーもぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


「解せぬ。本当に解せぬ…………」


 頭を抱えて叫ぶアイシャに、そうしたいのは自分の方だとスタンが全身からしょぼくれた雰囲気を醸し出す。


 なおアイシャの怪我は跡形もなく完治したが、代わりに宿の女将から「最近の若い子は随分と激しいのね?」とニヤニヤした笑みを向けられ、スタンの心に深い傷が刻まれることになるのは、これから一〇分後の事であった。

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