負け犬達の末路
「さて、ここは……っと、アイシャではないか。何故そちはいつも襲われておるのだ?」
黄金の寝台を<王の宝庫に入らぬもの無し>にしまいつつ軽く辺りを見回し、すぐ側にアイシャの姿を見つけると、スタンは軽い口調でそう話しかける。そのままアイシャの方に歩み寄ると、アイシャは椅子に縛られたままスタンの顔を見上げて鼻を鳴らした。
「ハッ! 何言ってんのよ! 前はともかく、今回アタシが襲われてるのは完全にアンタのせいでしょ!?」
「ほう、そうか…………ならば何故すぐに呼ばなかった?」
ファラオの耳は、遍く民の声を聞くことができる。ここはサンプーン王国ではなく、アイシャも国民ではないので地平の果てでもわかるとまでは言わないが、それでも町の周囲くらいならばスタンがその声を聞き逃すことはない。そしてそれはアイシャにも伝えてあり、だからこそアイシャは助けを呼び、スタンは現れたのだ。
「顔に腹……そちが痛めつけられて喜ぶ性癖の持ち主だったとは知らなかったぞ」
「人を変態みたいに言わないでよ! そんなわけないでしょ!」
「ならば何故だ?」
「それは…………」
重ねて問うスタンに、アイシャは微妙に言葉に詰まった。そっとスタンから視線を逸らし、僅かな逡巡の後、覚悟を決めてそれを口にする。
「……アタシも、アンタみたいに自分の気持ち一つで頑張ってみたかったのよ」
それはきっと、小さな憧れ。何処とも分からぬ場所で、頼れる者もいないというのに、スタンはいつも堂々と己の意志を貫き通していた。その自由な生き様は、アイシャの目にはとても眩しく見えたのだ。
「でも駄目ね。やっぱそういうのは、相応の実力が伴わないと無理みたい」
「当たり前だ馬鹿者め! ファラオである余と同じに振る舞うなど、五年は早い!」
「何それ、割と短いのね……っ」
そっと、スタンがアイシャの腫れた頬に手を伸ばす。痛々しい傷跡を慈しむように撫でてから、スタンはアイシャの手首と足を縛っていた縄を手持ちのナイフで切り裂いた。小さな刃物は何かと便利で、冒険者なら誰もが常備しているものだ。
「はー、残念。じゃあファラオじゃないアタシは、アンタに見せ場を譲ってあげるわ。どうにかしてくれるんでしょ?」
「無論だ」
軽く手足を動かして体の具合を確かめながら言うアイシャに、スタンは短くそう答えて背を向ける。ファラオの目は全てを見通す……だが時にはあえて見ないものもある。ファラオはいつだってプライバシーを尊重するのだ。
代わりにスタンの目が捕らえたのは、股間を押さえて蹲る男と、それに寄り添って屈んでいる男。そんな二人を下に見ながら、スタンが堂々と声をかける。
「さて、余の臣民……ではないな。仲間……パーティを組んでいないから、これも違うのか? 友人、知人…………顔見知りの他人が世話になったようだが、一体どういうつもりだ?」
「どう、だと……? ふざけんな……この、クソ仮面野郎が……っ!」
「そーだそーだ! 兄貴が姉貴になったらどう責任取るつもりだよ!」
「ハッハッハ、自分が襲いかかるのは良くて、返り討ちに遭ったら責任をとれと主張するのか? そんな理屈が通用すると思っているのであれば、早々に改めた方が身のためだぞ?」
「何をーっ!」
「……ああ、そうだな。俺が甘かった」
いきり立つドギーをそのままに、やっと体を起こしたルーズが低い声でそう告げる。
「あ、兄貴!? どうしたんですか!?」
「甘かった……甘かったんだよ。そうとも、最初からこうすりゃよかったんだ」
戸惑うドギーの前で、ルーズが腰の剣を抜く。それだけは使う機会があったからか、刀身はやや曇ってはいるものの、十分に凶悪な輝きを保っている。
「脅して奪うなんて面倒くせぇこと考えねぇで、最初からぶっ殺してその首から剥ぎ取ってやりゃよかったんだ!」
「っ!? さっすが兄貴だ! へっ、覚悟しろよ仮面野郎!」
「ふむ、反省のそぶりすらなし、か……よかろう。ならば貴様等は、余がファラオとして裁いてくれよう! 我が呼び声に応え、現れよ<空泳ぐ王の三角錐>!」
剣を腰に収めたスタンが叫ぶと、背後の空間に黒い穴が空き、中から手のひらほどの大きさの三角錐が五つ飛び出して来た。それを見た男達が、気色の悪い笑みを浮かべる。
「おいおい、そんなスゲェお宝まで持ってるのかよ!? おいドギー、確実にいくぞ……わかってんな?」
「……あっ!? わかりました兄貴!」
ルーズに目配せられたドギーが、スタンの脇をすり抜けてアイシャの方に向かおうとする。せっかくの足手纏いを利用しない手は無いという悪辣ながらも効果的な手段ではあったが……
「ファラオシールド!」
「ぶへっ!?」
宙を泳ぐファラオンネルが移動し、四つが四角を、一つがその下方に位置取る。それらが光の線で結ばれると、空中に輝く光の盾が生み出された。それに思い切り殴られることで、ドギーが壁まで吹き飛ばされる。
「ファラオたる余の前で、これ以上アイシャを辱めることなど許すはずがなかろう!」
「ドギー!? てか、何だそりゃ? 空中に浮かんで、自由に動く盾だと!?」
「盾だけではないぞ。ファラオブレード!」
スタンが声をあげれば、再び宙を泳いだファラオンネルが一・三・一の並びとなり、スタンの手の中に光の剣が現れた。如何に見る目の無いルーズであろうと、それが尋常な剣ではないことくらいはわかる。
「剣に、盾……くそ、どうすりゃ……」
「いつつつつ……」
「っ!? ドギー、意識があんならこっちに来い!」
「は、はい!」
ルーズに呼ばれ、ドギーが痛そうに背中を擦りながらルーズの側へと寄っていく。するとルーズはドギーの手を取って自分の正面に移動させ、その背中をスタンの方に向けて思い切り蹴り飛ばした。
「ぎゃっ!? あ、兄貴!?」
「俺様のために囮になりやがれ! 死ねキンピカ!」
驚愕の表情を浮かべるドギーと、その背後から迫り来るルーズ。ドギーの体を避けても受けても、そして斬り跳ばしたとしてもスタンの動きは一瞬止まり、その隙にルーズがスタンの首を跳ねるなり心臓を突くなりしようという意図はわかるのだが……そんなものが通じるほどファラオは甘くない。
「愚かな。伸びよ、ファラオブレード!」
「なっ!?」
スタンの手にした光の剣は、ファラオンネルの端末同士が結びつくことで生じている。つまり長さも太さも可変であり、通常の長剣サイズだった刀身が、スタンの命令を受けて幅四〇センチ、長さ三メートルという途轍もないサイズへと変わる。
「その心臓を秤に乗せよ! <王の裁きに違うこと無し>!」
「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」
巨大化した刀身は、ルーズとドギーの二人を一度に斬り裂いた。体の中央を走る切れ目から光る羽が吹き出し、そして……
「うっ、ぐっ…………」
「ぐあっ!? あっ、あぁぁぁァァァァァ!?!?!?」
ドギーはそのまま気を失い、床の上に倒れ伏した。だがルーズは焼けた鉄板の上で踊っているかのようにもだえながら、己の胸の辺りを全力で掻き毟っている。
「ぐるじい! じぬ!? ぐぉぉぉォォぉぉぉ」
ルーズのなかに生まれた天秤。白き茨に巻き付かれた心臓は己の罪の重さにより下がり、そうして引っ張られることで茨の締め付けが強くなる。そしてその締め付けが限界を超えると……
バチュンッ!
「…………がふっ」
心臓がはじけ飛び、口から血を吹きだしたルーズがドスンと床に倒れ伏す。それが己の欲のために己を慕う者すら犠牲にしようとした、哀れな男の最後であった。





