ファラオはここに在り
一つ終わると一つ始まるの法則に従い、今回も新連載を始めております(笑) 是非とも読んでいただけると嬉しいです。
「底辺歯車冒険者 ~人生を決める大事な場面でよろけたら、希少な(強いとは言ってない)スキルを押しつけられました~」
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これは、そこから先の話。無事にピラミダーを出たスタンは、その後アイシャと話した通り、ピラミダーの正常化を次の目標として旅を続けた。
<空泳ぐ王の三角錐>を直せる職人を探したり、サンプーン王国を直接滅ぼした因縁の龍角の戦士と出会って死闘を繰り広げたり、ちょっと油断するとすぐに触れて金を要求してくるアドビスの罠を掻い潜り、アフィンクスの支配する地を解放したりと、幾つもの活躍を重ねていく。
そして最後は、遂に蘇った最強の龍角の戦士にして、かつて地龍を討って世界を滅ぼした過去の勇者に対し、会う度に連れている人外の少女が増えるライバール……現代の勇者と共に立ち向かい、新たな世界で育んだ絆を武器に、次の世界を賭けた戦いに勝利を収めた。
そうして溢れる地龍の力は大きな「歪み」を生じさせ、それをくぐればスタンは過去に……サンプーン王国に戻れるという千載一遇の機会を得る。そこでスタンがどんな決断を下すかはさておき……まずは今。
「オーッホッホッホ! アンタ割とイケメンね? ちょうど前の子供が一歳になって捨てたところだし、今度はアンタの子供を産んであげるわ!」
「お、お許しください王妃様! 私には愛する妻が……」
「そんなの知ったことじゃないわ! ほーら、黙って私の足を舐めなさい!」
「ひぇぇー!」
ミレディが主催する舞台「氷の尾の大淫婦」にて、主役であるアイシャにゲシゲシと足蹴にされた男優が情けない声をあげると、観客席からドッと笑いが漏れる。アイシャの気性を加味した結果、今回はシリアスな愛憎劇ではなく、ギャグ寄りの演出にしたためだ。
「はー、ヤッたヤッた! やっぱりお腹が軽いのは駄目ね。さっさと孕んで、次のイケメンを探さないと……財務大臣の息子って、確か今年で一三歳だったわよね?」
「王妃様!? 流石に成人前の子は……」
「んな細かいことはどうでもいいのよ! 人間何事も挑戦! ヤればデキるって昔から言うでしょ?」
「絶対意味が違うと思いますが」
精一杯悪っぽく、だというのに何処か悪戯娘のような笑みを浮かべて言うアイシャこと大淫婦の台詞に、侍女役の女優が呆れた声を出す。それに合わせて観客もウンウンと頷き、場の一体感が高まれば、アイシャの演技にも更に熱が入る。
「さー、次よ次! まだ五人は産むわ! ガンガンいっちゃうわよー!」
それは歴史の陰に埋もれた事実。傷ついたファラオを逃がした結果、猛り狂う龍の戦士に為す術なく蹂躙されたサンプーン王国で、王妃たるアーイシャは最後の抵抗をした。それは即ち、侵略者にして簒奪者たる男の血を残さぬことだ。
アーイシャは「ファラオを裏切るくらいなら、今すぐこの首を落としてくれ」と泣きながら懇願する側近や重鎮たちを強引に説き伏せ、その胤を腹に宿した。そうして妊娠、出産したら、赤子を国外に逃がすと同時にすぐに次の側近の子を孕む。それを八度繰り返し、遂に痺れを切らした侵略者に火あぶりにされたことで、アーイシャは最後までサンプーンの民の血を守り続けたのだ。
その名を元に愛捨王妃と揶揄された彼女の生き様は、時の流れで本名が失われると単に愛を捨てる王妃の話となり、やがて好みの男に尻を振り、冷たい尻尾で赤子を弾く氷の尾の大淫婦と成り代わる。
だがそれ故に歴史を消す者達の目から逃れたその話は、遙かな時を超えてここまで辿り着いた。その真実が愛しきファラオに届くには、まだ幾ばくかの時間が必要となる。
「アタシは王妃なのよ! なのになんでアタシが火あぶりになんてなるのよ!」
「ええい、うるさい! 貴方はあまりにも好き放題にやり過ぎたのだ! もはやこの国に、貴方を擁護するような者は一人もいない!」
「一人もいないは言い過ぎじゃない? アンタの息子の子供だって産んでるのよ?」
「それが問題だと言っているのだ! 貴方の頭と股が緩いせいで、この国の王位は滅茶苦茶だ! これ以上王族を増やされては国が成り立たない! ここで潔く火あぶりになって死ぬのだ!」
「嫌よ! てか、そもそもなんで火あぶりなの!? 処刑までならまだわかるけど、よりによって火あぶりはないじゃない!」
「……貴方に夫や恋人を寝取られたり、息子を汚されたご婦人方の要望だ。できるだけ苦しんで死んでもらわねばとても満足できぬとな」
「うっわ、怖っ! 何で女の情念ってこう、ねっとりしてるのかしら? ちょっと棒を穴に突っ込んで、ポーンと赤ちゃん産んだだけじゃない。その程度でそこまで言う?」
「女の貴方がそれを言うのか……ハァ、聞くに堪えぬ。さあ、火を放て!」
「うぎゃー! 熱っ! あっつい!?」
豪華な身なりをした男の言葉に従い、柱に縛り付けられた大淫婦の足下に火が放たれる。勿論それは幻影なのだが、今回は「本当の危機感」が必要だったため、アイシャ本人の了承を得て「本当に熱さを感じる」ように呪法混じりの調整が為されており……故にアイシャの悲鳴は本物だ。
「え、これ思ったのの五倍くらい熱い!? 無理無理無理! これは無理だって! たす――」
今なら本気で助けが呼べると確信したアイシャは、特に粘ることもなく即座にスタンを呼ぼうとする。だがその瞬間、アイシャの胸がドクンと高鳴り、その内に不思議な気持ちが広がった。
(何、これ? アタシこんなの…………いえ、知ってる?)
それはアーイシャ王妃が世界に残した最後の想い。たとえ己の存在が血の一滴となろうとも、いつか目覚めるであろうファラオにもう一度会いたいという願いの結晶。そこから溢れる想いが、アイシャの口からするりと言葉をこぼさせた。
「この生き方を選んだことを、私は後悔なんてしていない。私が私のままここで死ぬことは、きっと運命なのでしょう。だって私を叱ってくれる貴方はもういないのだから。貴方との再会は、もう二度と叶わないのだから。
ああでも、それでも。もしも願いが叶うなら、たとえこの身が血の一滴と成り果てようと……もう一度だけ、貴方に会いたかった」
八人の子供から始まり、一万年の時を経て世界中に薄く広く拡散したその血の一滴は、アイシャの中にも流れている。その一滴があの日スタンを呼び起こし、その一滴が今この瞬間、アイシャに訴える。
たった一滴。然れど一滴。砂粒よりも小さくなった魂の記憶が、涙と共に気高い王妃が誰にも伝えられなかった本音を伝える。
「貴方への愛だけは、最後まで捨てられなかった…………お願い、助けて。私のファラオ!」
ギュォォォォォォォン!
瞬間、けたたましい音を立ててアイシャの足下から黄金の寝台が出現する。それはアイシャの縛られた柱ごと周囲を吹き飛ばし、空中でカパリと開いた寝台から飛び出した仮面男が、柱が砕けて宙に放り出されたアイシャを優しく横抱きに受け止める。
「随分派手なご登場ね?」
「ははは、許せ。ファラオとは意図せずとも目立ってしまうものなのだ」
笑うアイシャを抱いたまま、スタンが舞台に着地する。その予想外の展開に観客がポカンとするなか、スタンが堂々と台詞を口にする。
「さて、国民達よ! 妃が奔放故に迷惑をかけたようだが、それも今日までだ。余が戻ったからには、もう何の心配もいらぬ!」
「こ、国王陛下!? お、お亡くなりになったのでは!?」
「色々事情はあるが、この場面で長い説明台詞など聞きたいか? 事情が知りたければ、購買でパンフレットを買うのだ!」
「えぇ……?」
ドッ!
露骨なメタ台詞に、観客達が笑う。これまでのアイシャの演技があったからこそ、ここもまた笑いどころとして認識されたのだ。そしてそんな空気の中、スタンに抱かれたままのアイシャが口を開く。
「お帰りなさいファラオ……じゃない、陛下。アタシがあれだけ自由に動けば、きっとアタシを叱りに戻ってきてくれると思ってたわ」
「まったく、好き放題にやったものだ。だが余がおらぬ寂しさがそちを暴走させたとなれば、無碍に怒鳴りつけるわけにもいかぬ。此度は許すが……次はないぞ?」
「なら、もう二度とアタシを離しちゃ駄目よ?」
「うむ、約束しよう。何せ余はファラオであるからな!」
スタンの力強い宣言と共に、舞台の幕がゆっくりと下りていく。あまりにも勢いまかせな超展開に、観客達はどうしたものかと困惑していたが……
「……まあいいか」
「そうね、何か凄く幸せそうだったし」
太陽の光を受けてキラキラと輝く黄金仮面と、その腕の中で楽しげに笑う少女の姿を思い出し、自分達も何だか幸せな気分になりつつ、苦笑しながら拍手を送るのだった。
これにて完結となります。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。





