焦りの結果
「では早速……と言いたいところですが、まずは場所を変えませんか? 私としてはこの部屋を壊されたくはないですし、せっかく掠ってきた供物を無駄にしたくもないのですよ」
「む……いいだろう」
ビクァーキンの提案に、スタンはわずかに思案してから仮面を傾ける。この状態のライラを放置するのは気がかりだが、然りとて背後に彼女をかばいながら、狭い小部屋で戦闘をする方が難しいと感じたからだ。
そうしてスタンが頷くのを見ると、ビクァーキンは無造作に背を向け部屋を出て行く。スタンがそれに続いて部屋を出ると、そこはかなりの広さがある円形の空間であった。
「ここは……?」
「驚きましたか? ここが封印の間の中心となっております。ああ、ご安心を。この部屋は非常に頑丈でして、どうやっても壊すことなどできませんから」
「そうか。確かにそれなら、存分に戦えそうだ」
「はい。では改めて……いきますよ!」
部屋の中央付近で立ち止まったビクァーキンが、そう言って腕を振るう。するとそこから赤黒い根がかなりの速度で伸びて、スタンの体を串刺しにしようとする。
「速いな。だが……っ!」
その一撃を、スタンは体を捻ってかわした。なかなかに鋭い一撃ではあったが、スタンの回避能力を以てすれば十分にかわせる速度だ。
「おや、この状態の私の攻撃をかわしますか。ならばどんどんいきますよ!」
そんなスタンを見て楽しげに体を揺らすと、ビクァーキンが両手を滅茶苦茶に振り回す。その度に手の先から伸びた根がスタンを貫くべく突っ込んでくるが、そのいずれもスタンには当たらない。
「どうした? その程度か?」
「おやおや、口が減らないお方だ。ですがよけるだけでは勝てませんよ?」
「言われずとも!」
挑発するビクァーキンに応えるように、スタンが伸びてきた根にファラオブレードを振るう。すると根はわずかに軌道を変えたが、切断どころか傷つけるにも至らない。
(チッ、やはり硬いな。これはどうしたものか……)
「ほらほらほらほら! 考えている暇などありませんよ!」
「くっ……」
自身が傷つかないと改めて認識したことで、ビクァーキンが乱雑に根を突き出してくる。スタンはそれをかわし、あるいはいなし続けることで無傷を保っているが、状況はよくない。
(ファラオブレードですら切れぬとなると、奴に通じそうなのはファラオブラスターくらいか? だがあれは……)
かつてゴブリンジェネラルを周囲の森ごと焼き尽くしたファラオブラスターならば、目の前の相手を倒せる可能性がある。が、ファラオンネルの配置を変え力を溜める時間をビクァーキンが見逃すとは思えないし、何より地下であんなものを放ったらどうなるかわからない。
(余が生き埋めになる程度なら寝台に籠もれば何とかなりそうだが、万が一地上に影響が出るようなことがあれば、大惨事になってしまうからな。これはどうしたものか……)
幸いにして身体強化が出来るようになったことで、スタンはこの程度ではほとんど疲れない。無論ビクァーキンもこの程度で疲れたりはしないので、互いに決め手に欠けた千日手になるかと思われたが……
「……これはよくない流れですね。やむを得ません。『購入:龍眼 三〇秒』」
「何を……ぬおっ!?」
ビクァーキンが何事かを呟いた次の瞬間、その攻撃がスタンの仮面をかすめる。
「何故急に!? くっ!」
「ホッホッホ、丸見えですよ!」
「ぬっ、くっ……ファラオシールド!」
突然攻撃の正確性があがり、スタンは溜まらずファラオブレードを解除し、代わりにシールドを手にして防御に回る。だが驚いたことに、ビクァーキンの攻撃はほんのわずかではあるものの、ファラオシールドを貫いてきた。
「これを抜くだと!?」
「む、力が足りませんか……ならば『購入:龍腕 一分』、『追加購入:龍眼 三〇秒』」
「ぐおおっ!?」
ビキリと音を立ててファラオシールドにヒビが入り、深く突き出た根の先端がスタンの仮面に迫る。咄嗟にシールドを手放したことで回避は成功したが、その代償にスタンはごろりと床に転げてしまった。
「隙ありです!」
「ファラオシェルター!」
ガギィン!
改めて迫った木の根を、即座に舞い戻ったファラオンネルにより展開されたシールドがけたたましい音を立てて防ぎきる。シェルターの防御力はシールドの三倍以上あるためひとまずは安心だが、気を抜くことなどできるはずもない。
(不味い、不味いぞ。ここからどうする?)
ファラオシェルターの消費は、シールドやブレードよりずっと高い。加えてここにはソウルパワーを補充する手立てがなく、その残量は刻一刻と減っていく。
(攻撃の隙を見て、シェルターを解除し瞬間的に出力をあげたファラオブレードで斬りつける……無理だな。せめて移動前であれば……)
回避こそ一流だが、スタンの剣の腕は並より少し上程度でしかない。変身前の段階ですらコロコロ転がって自分の攻撃をよけていた相手に、猛攻をかいくぐりながら斬りつけて有効な一撃を加えられると思うほど、スタンは自分にうぬぼれてはいなかった。
もし部屋を移動する前であれば、気絶したライラを連れて逃げる手段を考えることもできたが、部屋を移動してしまったためにそれもできない。
先行きの見えない、圧倒的な閉塞感。迫る危機に珍しく焦りを覚えるスタンだったが……ならば追い詰めているビクァーキンが余裕かと言えば、そういうわけでもない。
(思ったよりファットの消費が激しい……これは長くは持ちませんね)
戦士を名乗りはしたものの、ビクァーキンの本質は商人である。故にその戦闘技術は拙く、できるのは龍の力を用いたごり押ししかない。
だが、スタンの回避能力は『龍角解放』を経てなおビクァーキンに捉えられぬほど優れていた。そのため普段は封じている龍の力を更に解放したわけだが、そんな力に代償がないはずがない。
赤黒い木の根に包まれたビクァーキンがチラリと視線を下に向ければ、そこでは自分の腹が半分ほどの大きさになっている。外側を包む木の根はそのままなのでぱっと見ではわからないが、既にビクァーキンの体重は四〇キロ近く減っているのだ。
(たった一分でこれとは……やはり私は貴方のようにはいきませんな)
ビクァーキンの脳裏に、かつて共に旅をした懐かしい友の顔が浮かぶ。だがすぐにそれを振り切ると、血錆臭い木の根の奥で、最後の力を振り絞るべくその口を開く。
「『購入:龍息吹 一〇秒』……これで終わりです!」
その瞬間、ビクァーキンの体を覆う木の根の隙間という隙間から、灼熱の閃光が迸った。辺り一帯にまき散らされた破壊の光はドーム状の密閉空間内部を瞬く間に数百度まで高め、そこに在る全ての命を焼き付くさんとする。
もっとも、この遺跡はその程度では壊れない。それどころか遺跡は封印を守るべく内部に満ちた熱気を立ち所に奪い去り、閃光が収まった二秒後には、内部は少し肌寒いくらいまでの室温に下がった。
「はぁ、はぁ……どうです? これなら……………………」
「ふぅ、今のは危なかったな」
死と静寂を一瞬で渡り歩いた部屋の中。肩で息をするビクァーキンの前にあったのは、己の命を費やしてなお傷の一つもつかない封印の遺跡と、そこに平然と立つ黄金仮面の姿であった。





