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黄金の冒険者 ~偉大なるファラオ、異代に目覚める~  作者: 日之浦 拓


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正義の天秤

「ドラゴンホーン!? それにこうふく……幸福?」


「ああ、幸せという意味じゃありませんよ。抗い覆すという意味での『抗覆』です。自分を殺す者の名くらい、ちゃんと覚えておきたいでしょうからね」


「ほぅ、何とも親切なことだ……だが、見た目が変わった程度で余に勝てるとでも思っているのか?」


「やってみればわかりますよ。試しますか?」


「なら遠慮なく……征け、ファラオスライサー!」


 余裕たっぷりのビクァーキンを前に、スタンは手元に戻ってきていたファラオスライサーを再び投じる。それはまっすぐにビクァーキンに向かうが、ビクァーキンはよけるそぶりすら見せず……


カキンッ!


「何だと!?」


「おやおや、今何かされたのですかな?」


 硬質な音を立てて、ファラオスライサーの刃が弾かれる。その事実にビクァーキンが煽り文句を口にしたが、スタンの方はそれどころではない。


(ファラオスライサーを弾いた!? あの根だか蔦だかのようなものは、どれほどの強度があるというのだ!?)


 スタンの投じたファラオスライサーは、大抵のものは容易く切り裂く切断力がある。スタンの仮面の素材であるオリハルコンやファラオンネルの外殻となっているアダマンティアのような超硬度の希少金属であれば防がれることもあるが、この時代で目覚めて以降、それらを目にした事は一度もない。


 そんななか、スタンが唯一「これは切れない」と感じたのは、天龍アコンカグヤだ。その身に纏う力はあまりに圧倒的で、如何にファラオの秘宝とは言え通じるとは思えなかった。


 もっともその疑問は、アコンカグヤが事実上ファラオの秘宝を作ったと聞かされた時に氷塊した。自分が作った道具で自分を殺せるようにするはずがないし、それを依頼した者もまた、友を殺す力など求めるはずがないと理解したからだ。


 では、目の前の相手は何か? ほとんど何でも切れるが、龍の鱗は切れぬ武器。それが通じないというのなら……


「…………そち、まさか魔物か?」


「魔物!? まあ広い意味で言えばそうでしょうが、そのような呼び方はよくありませんね。先ほどの名乗りで……ああ、そうか。そう言えばあの事実は、歴史から消してしまっていたのですね。ならせっかくですし、教えてあげましょう。


 かつてこの世界に、魔物というものは存在しませんでした。魔物とは、世界を滅ぼす邪龍が死した時に残した呪いなのです」


「……邪龍の呪い?」


 魔物の成り立ちはアコンカグヤから聞いていたが、単一の情報源からだけでは真実は見えてこない。無駄な口を挟まず聞く姿勢を見せたスタンに、ビクァーキンは根の隙間から声を響かせる。


「そうです。ああ、龍と言ってもその辺にいる(ドラゴン)とは違いますよ? あらゆるモノの命を食む、真なる邪悪です。


 もうずっとずっと昔の話ですが、その頃世界は緩やかな滅びに向かっていました。地の底で眠り続けていた邪龍が目覚め、その力を高めるために世界にある命を食い荒らし始めたからです。


 木々が枯れ、虫や動物が死に絶え、大地は荒れて乾き果てる。毎年広がっていく砂漠がどんどん国土を犯していき……とある大国が、遂に邪龍を討伐するための英雄を集めました。


 その英雄達は長い苦難の果てに遂に邪龍を討ち果たしましたが……邪龍は死に際にその身をはじけさせ、世界に呪いを放ったのです。


 それが魔物。邪龍の影響を受けた動物や植物に禍々しき角が生え、他者の命を奪って食おうとする、まさに小さな邪龍が世界中に溢れたのです」


「むぅ……」


 アコンカグヤから聞いたのとは微妙に違う話に、スタンは何とも言えない唸り声をあげる。砂漠が広がっていたという話は初めて聞いたが、子供を産むために地龍が力を蓄えていたというのならあり得ない話でもない。


 それを事情を知らぬ者が……しかも人の視点で見れば、確かに地龍は「世界を滅ぼす邪龍」に他ならないのだろう。スタンとて予備知識がなければ、ファラオとして国民を守るため、同じ決断を下した可能性は否めない。


 そしてそれを非難などできない。初代ファラオや自分のように、奇跡のような確率で友好的に龍と出会う機会でもなければ、そのような存在と会話が成り立つと考える方がおかしいのだから。


 とは言え、そこまでは知っている内容と大きな食い違いはない。問題はその続きであり……ビクァーキンは暗い天井を見上げながら話を続ける。


「さて、この話を聞いて、貴方はきっと思ったことでしょう。ありとあらゆる存在……それこそ小さな虫や水中の魚、地中のモグラですら影響を受けたのに、世界に広く生息し、その数も多い種族……人間が、その影響を受けないはずがないのではないか、と」


「っ!? ならば、そちは――」


「ええ、そうです。私は邪龍の影響を受けた人間です。そして私のような者は、他にも沢山います。まあ大半の人間はすぐに殺されるか排除されてしまいましたが、それでも生き残った者達は身を寄せ合い、世界の片隅で暮らしていました」


 そこで一端言葉を切ると、ビクァーキンの顔がスタンの方を向いた。木の根の奥に隠れている目が黄色く濁り、まっすぐにスタンを見つめる。


「でもね、そんなのおかしくありませんか? ただ生きていただけなのに、たまたま邪龍の影響を受けただけで迫害され、追放され、殺される……そんな理不尽、許せるわけがないでしょう?


 なので、我らは立ち上がったのです。迫害されるというのなら、その原因を歴史から無かったことにしてしまえばいい。過去を全て消してしまえば、我らを恐れる理由そのものがなくなる。


 そうして我らは計画を開始したのです。安寧という汚泥で知識を濁らせたり、滅亡させ流れを途絶えさせることで歴史の継承を阻んだり、時間をかけて事実を歪めたり、高らかに嘘を叫びつつけて真実を押しつぶしたり……本当に大変でしたよ」


「そう、か。ならばこの世界の歴史に、不自然なまでに『過去』がないのは……」


「ふふふ、我らの功績ですよ。知恵の実は腐れ落ち、別の木にすげ替えられた。あとはこの時代に新たな種族として芽吹けば、それで計画は完了です」


「何とも遠大な計画だな。そのせいで余も随分と苦労させられたようだ」


「ん? 何故貴方が? ひょっとして歴史学にでも興味がおありだったのですかな?」


「フッ、こちらの話だ。だがどうにせよ、既に行われてしまったことはどうにもならぬし、単にそち達が迫害を逃れて新天地で穏やかに暮らしたいというのであれば、余としてもそれを邪魔するつもりもないのだが……」


 そう言いながら、スタンはファラオスライサーを解除し、今度はファラオブレードを展開する。


「今を生きる人々を犠牲にして、というのであれば話は別だ。ましてやそれが無辜の民を虐げるものであるのなら、尚更にな」


「他者を虐げずに生きている者などいないでしょう? それに我らが生きるためにその女を供物とするのと、その女を助けるために我らを弑するという貴方に、一体どれほどの違いがあると?」


「違いなどなかろう。あるのはただ、自分にとってどちらが大切かという、ただそれだけだ」


 正義に天秤はない。それを語るとき、人は常に自分が正しく、相手が悪だと断定するからだ。


 故にスタンは正義を語らない。自分が、友が、その家族が、他者より尊く愛おしいのだと。そしてそれらのために、同じ思いを抱く対極の相手を受け入れることなく排除するのだと、誰憚ることなく言う。


 それこそがファラオ。国家を率いる者が持つべき、絶対の矜持なのだ。


「できれば殺したくはないが、加減の出来る相手でもなさそうだ。ならば余は、ファラオとしてそちを断罪し、その罪と想いを背負おう。さあ、かかってくるがいい、抗覆(こうふく)のビクァーキンよ!」


「それはこちらの台詞ですよ! 貴方を踏み台とし、我らは再び光在る場所へと返り咲く! 美しき花の肥料となりなさい、黄金仮面!」


 交わらぬ決意が相対し、スタンとビクァーキンが構える。笑顔溢れる演芸祭の真下にて、今新たなる戦いが始まろうとしていた。

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