運命の縁
「……いや、いやいやいや。待ってくれ、それは流石にどうなのだ?」
たっぷり一〇秒ほどの沈黙の後、スタンが何とかそう言葉を絞り出す。あまりの驚きに固まってしまったが、自分の知る歴史とアコンカグヤの発言には、大きな相違点があったからだ。
「余の知る限り、この仮面を作ったのは初代ファラオであオーユ・イレッテ・カラ・マツヨ・サンプーン様のはずだ。まさかそちが人になりすました初代ファラオであったなどと言うのか!?」
「いえ、違います。貴方の言う初代ファラオと私は、奇縁によって結ばれた友人だったのです。その上で彼女の願いや奇抜な発想を形にしたのが私というわけですね。そういう意味では、共同開発と言ってもいいでしょうか?」
「なんと!? そんなことが…………!?」
追加された事実に、スタンが再び驚愕の声をあげる。
ファラオの仮面を含め、スタンが継承した「ファラオの秘宝」のうち、おおよそ七割は初代によって作られたものだと言われている。その力により初代は何もない砂漠に巨大な王国を打ち立てたのだが、その陰にドラゴンの存在があったとは、ファラオであるスタンにしても初めて知る事実であった。
「うーむ、にわかには信じがたいが……とは言え、アコンカグヤ殿が嘘を言っているとも思えぬ。であれば本当なのだろうなぁ」
「私は嘘など言いません。そもそもその仮面につけた『命を力に変える術』は、私達ドラゴンの他者を取り込み己が力とする能力を元にしたものです。もっとも、その力をどのように活用するかに関しては、彼女の意見が多分に反映されていますが」
「故に共同開発、か。確かにそちのようなドラゴンが、魂装具を必要とするとは思えぬしな」
「そうですね。なのでちょっと目を離した隙にあの国が無くなってしまったことは、少しだけ寂しく感じていました」
「っ…………なくなった、か…………ではやはり、サンプーン王国は…………」
「私が見たときには、既に跡形もなくなっていました」
「……………………」
「スタン…………」
言葉を失うスタンの肩に辛そうな顔をしたアイシャが手を乗せると、スタンもまたその手に自らの手を重ねる。半ば以上予想していたこととはいえ、それが事実であると突きつけられるのは、いかなファラオであろうとも辛いのだ。
「ですが、貴方がその仮面を被っているということは、国の場所が変わっただけなのですか? であれば私も、一度くらいは見ておきたいと思うのですが」
「いや、余は……」
アコンカグヤの問いに、スタンは自分の身に起きたことを伝える。するとアコンカグヤはしばし考え込んでから、改めてスタンに声をかけた。
「なるほど……ひょっとするとあの子は、『歪み』を扱う技術を遂に完成させたのでしょうか? その寝台というのを見せてもらえませんか?」
「いいぞ。これだ」
言って、スタンは<王の宝庫に入らぬもの無し>から愛用の寝台を取り出す。それを見たアコンカグヤは抱いていたミドリを足下に下ろすと、あれこれと仔細を調べ始めた。
「ふむふむ、ヒトの形を模すことで寝台そのものをヒトと定義させ、中に眠る本物のヒトにかかる負荷を極限まで寝台で肩代わりできるようにする仕組みですか。それにこれは……」
「何かわかったか?」
「ええ、それなりには。この寝台にはやはり『歪み』を通った痕跡がありました。とは言え寝台にはそのような機能はついていませんから、私の知らない何らかの道具を使って、貴方が入ったこの寝台を『歪み』に沈めたのではないかと思います。ただ……」
「ただ……何だ?」
「寝台の状態や貴方が目覚めた時の様子を考えると、『歪み』に沈めることはできても、飛ぶ先を指定することなどできるはずがありません。それどころか沈めるだけで、再び何処かの世界に出ることができるかどうかも怪しかったはずです。
故にいささか未来だったとは言え、貴方がこうして同じ世界で目覚めたことは、類い希なる幸運……あるいは運命だったと言っていいでしょう」
「運命、か……」
「運命ねぇ。確かにあの時スタンが助けてくれなかったら、アタシは今頃変な盗賊団に手土産として持って行かれて、とっくに弄ばれて殺されちゃってただろうしなぁ」
「そうだな。あの時森でお前達に会わなかったら、俺は一人でゴブリンの巣に突っ込んで……多分ジェネラルにすり潰されてただろうしな」
苦笑いを浮かべるアイシャに同調し、ライバールもそんなことを口にする。自分一人なら逃げることくらいは可能だろうが、子供を見捨てて逃げる姿は想像できない。
またもしそうなったならば、それは勇者を目指す自分の心が死んだということだ。どちらにせよ「勇者ライバール」は、その時に死んでいたことになる。
「ふふ、そうか……多くの民を率いるファラオとして、軽々に『運命』などというものを口にはできぬが……それでも我らの縁には、確かにそういうものを感じるところだな」
そんな二人に、スタンもまたカクッと仮面を揺らして感慨深げに言う。誰か一人、何か一つがずれただけでも、自分がこの場にいることはない。それを誰より感じているのは、見知らぬ地にたった一人で目覚めたスタンだろう。
「さて、それでは話はこのくらいですね。そろそろ私達は旅立たねば」
と、そこでアコンカグヤが言う。その身が再び光に包まれると白く輝くドラゴンの姿に戻り、その様子にスタンが軽く仮面を傾ける。
「うむ? ここに住むのではないのか?」
「この三〇〇年でこの辺りも随分と変わったようですからね。このままここに私達が住み続けるのは、互いにとってよくないでしょう」
「それはまあ、そうだな」
アコンカグヤの言葉に、ライバールが苦々しい顔つきで言う。
白竜山は、町からそこまで離れているというわけではない。もしここにドラゴンが巣を作ったとなれば周辺の町は大混乱に陥るだろうし、事によっては国軍がドラゴン討伐に動き出すかも知れない。
アコンカグヤが軍隊に負けるとは思えなかったが、継続的に人が襲ってくるような状況が子育てに向いているかと言われれば、当然ながら否であろう。
「ということで、私達はもう少しヒトの少ない場所に巣を構えます。さあミドリ、お別れを」
「キュー……」
母にコツンと背を押され、ミドリがしょんぼりした顔で歩み出てくる。そんなミドリに対し、まずは付き合いの短いスタンとアイシャが声をかけた。
「そうしょげるでない。出会いがあれば別れもあるのが世の中というものだ」
「そうね。確かに寂しいけど、でもまたきっと会えるわよ。元気でね、ミドリちゃん」
「キュー」
そう言って伸ばしたスタンの手にミドリは鼻先をツンと押しつけ、頭を撫でるアイシャの手に愛おしそうに頬ずりをする。ひとしきりその様子を見てから最後に歩み寄ってきたのは、ライバールだ。
「ミドリ……」
「キュー……」
「ったく、んな甘えた声出すんじゃねーよ! いいか? さっきも言ったけど、俺はいずれ勇者になる男だ! だから俺は、そのうちお前の母ちゃんに勝負を挑みにいく!
だから……だから! その時までに、お前もでっかく強くなっとけ! どっちがより強くなれるか、競争だ!」
「キュー……?」
ライバールの宣言に、しかしミドリは微妙な顔で首を傾げる。割といいことを言ったつもりなのに反応が悪いミドリを前にライバールが戸惑っていると、ミドリはテコテコとライバールの足下に歩み寄り……次の瞬間。
ピカッ!
「キュー!」
「「「えっ!?」」」
迸った光に目を覆った一同が次に見たのは、ライバールの足に縋り付く五歳くらいの全裸の幼女であった。





