魔物誕生秘話
「ふぅ……よし! 俺の言いたいこと、聞きたいことはこれで全部だ。悪かったなスタン、話を遮っちまってさ」
「ははは、気にするでない。そもそもミドリをここに連れてきたのはそちの願いなのだ。そちが優先されて当然ではないか」
すっきりした顔で謝罪するライバールに、スタンは笑ってそう答える。その後は仮面をアコンカグヤの方に向けると、姿勢を正して改めて声をかけた。
「では、アコンカグヤ殿。改めて余も話を聞かせてもらっても構わぬだろうか?」
「ええ、いいですよ。戦うのならば色々と準備をしなければならないのでやや急かしましたが、そうでないのなら時間は十分にあります。貴方もまたこの子の恩人の一人のようですから、多少の質問に答えるくらいならばしましょう」
「おお、それはありがたい。では先ほどの、この世界にいる全ての魔物はドラゴンの死骸から生み出されたという話の詳しいところを聞きたいのだが……」
そんなスタンの問いかけに、アコンカグヤの表情がわずかに曇る。だが腕の中で甘える我が子を見ると、すぐに軽く首を横に振ってから話を始めた。
「いいでしょう。私としてはあまり面白い話ではありませんが……約束は約束ですからね。
我ら『超越せし者』……ドラゴンには、他者を取り込み己の力とする能力があります。たとえばこの姿や、こうしてヒトの言葉が話せることもその一つですね」
「え? じゃあひょっとして、さっきのオジサンも!?」
驚きの声をあげるアイシャに、アコンカグヤが小さく頷く。
「そうです。彼は遙か太古の時代に私に挑んできた勇者。幾多の試練を乗り越えて私の元に辿り着き、堂々たる勝負の末に私が勝ったことで、私は彼を取り込みその力と在り方をこの身に宿しました。天龍の意思が受け継がれ続ける限り、彼の勇者の生き様もまた受け継がれることでしょう」
「おぉぉぉぉ……」
その言葉に、ライバールが何とも言えない唸り声をあげる。もしも自分が死ぬならばそれ以上の死に方は思い浮かばないと考える反面、死んだら終わりなのだから死にたくはないとも思う。まだまだ若く未来のあるライバールにとって、死に方は憧れではあっても現実ではないのだ。
「じゃあ、その女の人の体もそうなんですか? ぱっと見ドラゴンと戦えるような感じには見えませんけど……?」
「これは違いますね。彼女はヒトの身ではあらがえぬ天変地異を前に、小さな集落の人々を助けるために自らを差し出し、私に助けを請うた者です。その高潔な意思を讃えてその身を取り込むと同時に、私は彼女の願いを聞き届けて噴火寸前の火山を凍らせました」
「へー。それは何て言うか……何だろう? 可哀想って言うのも違うわよね?」
アコンカグヤの説明に、アイシャが眉根を寄せて首を傾げる。家族や友人を守るための犠牲になったと考えればそうだが、その結果として本来なら守れない人達を守れたというのであれば、むしろ奇跡を勝ち取ったとも言える。それを可哀想と言ってしまうのは、ちょっと違う気がしたのだ。
「……話が逸れましたね。とにかくドラゴンは、そうやって様々な生き物の姿形や能力、在り方を我が身に取り込み、鱗の中に蓄えます。ならばこそ万物に通じ、数多の力を使いこなし、英知を宿して長い時を生きるわけですが……それでも我らもまた命の理に縛られた存在であり、決して不死ではありません。
実際、長い長い歴史のなかでは、何度か偉大な英雄によってドラゴンが討ち倒されたことがあります。なのであの時もまた、そんな奇跡の一つではあったのですが……」
そこで一端言葉を切ると、アコンカグヤが空を見上げて遠い目をする。
「幾つもの国が興っては消えていくほどの昔、我らの同胞の一体である地龍が、とあるヒトによって討たれました。それ自体はまあいいのですが、問題はそのヒトが、正規の手段を経ずに地龍を倒してしまったことです」
「正規の手段……幾度も口にしていた、試練というやつか?」
「そうです。空に輝く星を掴み取るくらいの奇跡の果てにドラゴンが討ち取られると、その身に蓄えた力がはじけ飛び、世界に散ってしまうのです。なので本来はそうならないように場所を整え、飛び散った力が次代に継承されるようにしてから戦うのですが……そのヒトは地龍が魂を分けて子供を産み落とし、弱った瞬間を狙って不意打ちで殺したのです」
「んだそりゃ!? クソのなかのクソじゃねーか!」
「酷い……」
あまりの憤りにライバールが大地を踏みならしながらそう吐き捨て、アイシャが悲しげな声を出す。だがスタンは唯一、冷静にその状況を分析する。
「ふーむ、戦略としては正しいな。極めて強大な相手を仕留めようとするなら、その隙を狙わぬ道理はない」
「スタン!? テメェ、何言ってやがる!」
「落ち着けライバール。確かに卑怯な手段であるし、そこにそちの求める誉れはないだろう。だがドラゴンを殺す理由が、何も名誉を求めてというばかりではあるまい?
仮にドラゴンを殺すことでサンプーン王国が救えるなどということであれば、余は迷わず同じ手を取るぞ? ファラオたる余が汚辱に塗れようとも、国の安寧には変えられぬからな」
「それは……チッ」
その言葉に、ライバールは面白くなさそうにそっぽを向いてしまう。自分が神聖視しているというバイアスを除けば、魔物を罠にはめて仕留めたり、弱ったところを狙って倒すのは冒険者の常套手段だ。それを非難するのは流石に違うということくらい、ライバールも頭では理解できるのだ。
そしてそんなライバールを諫めるように、アコンカグヤもまた穏やかに言葉を続ける。
「そうですね。他者の弱った隙をつき倒すのもまた知恵であり武勇。私も別に、そういう手段で地龍を倒したヒトを責めるつもりはありません。ただそれとは全く別の話として、準備なしでいきなり倒されてしまったことにより、地龍の体は激しくはじけ飛び……それが世界に大きな影響を与えました。
具体的には、これまでごく一部の選ばれた存在しか使えなかった魔法が、使い方さえ理解すれば比較的誰にでも使えるようになりました。これは地龍の魔力が世界に広がり、魔力濃度が飛躍的にあがったためですね。
またはじけた際に飛び散った鱗は世界中の様々な生物に刺さり、それらが鱗に籠もった力の影響を受けて変異をしました。それがヒトが魔物と呼ぶ生物の始まりです」
「へー。え、じゃあ魔物の角って、ドラゴンの鱗なの!?」
「世に生まれた最初の魔物に関してはそうですね。以後はあくまで概念的なものとして受け継がれているので、本物の鱗ではありませんが」
「そうなんだ。ドラゴンの鱗……そりゃ硬いわけね」
説明を聞き終えたアイシャが、ウンウンと納得の様子で頷く。だがスタンの疑問はむしろここからが本番だ。
「ふーむ。魔法が実は昔からあったというのは、ドラゴンの存在を知れば驚くほどのことでもない。魔物が生まれた理由もしっかりと理解できた。が……それほど重大な変革があったなら、何故それが今の世界に知られておらぬのだ?
世界が一変するような出来事なのだから、どんな国や宗教だろうと歴史として書き記すと思うのだが……」
「それは私に問われてもわかりませんね。ヒトの書き記す歴史に興味はありませんので」
「まあ、そうであろうなぁ」
アコンカグヤの言葉に、スタンは思わずカクッと仮面を揺らして言う。同じ人間ですら歴史に興味を示す者はごく一部なのだから、目の前のドラゴンがそれに興味がないことに何の不思議もない。
「ただ……そうですね。貴方の被っているその仮面には興味があります」
「ん? 余のファラオの仮面にか?」
「はい。それを作ったのは私ですから。まさかこの時代にまで受け継がれているとは思いませんでした」
「…………………………………………は?」
予想などできるはずもないアコンカグヤの言葉に、その日スタンは一七年の生涯で最も間抜けな声をあげた。





