第二話 1柱の神
マサルは神界のライブラリで知ってしまった。マサルがあくせく働き、娘が学校にいる間に妻は男と逢瀬を重ねていた。親友だと思っていた仲間達も、ただ単にマサルの実業家というステータスが繋ぎ止めていただけの存在だったのだ。それをマルチアングルで、知らない男とデートする様子、知らない人々にマサルのことをおかしく話す様子を見てしまったのに、さらにトドメに妻の料理がわざと塩分高め、糖分過多で作られていたことに気づく。
マサル「ちょっ、、、これは、、、メンタル崩壊するやつやろマジか、、、」
オタク学生時代にコミケやアニ◯イト以外でも同人誌を買い漁り拝読したかったマサルは「快適に拝読しまくりたい!財を成さねば!」と独学でECサイトを設立、見事その分野では屈指の会社社長になった。会社が大きく軌道に乗った頃10歳年下の可愛い妻と結婚し娘も産まれて、オタク仲間とも定期的に豪遊(オタク的に)し何不自由なく楽しかった、、、そう思っていた。妻の選んだ男は、よく知っていた。
マサル「オタク仲間の中で1番イケメンな奴やんけマジか、、、マジかー、、、」
マサルはそう口にしながらもぽっこりとした自分の腹を見下ろす。どうやら神界でもまだ生前のイメージが反映されているらしい。ライブラリで見たことに関して、なんとなく違和感がなかったわけではない。自分の容姿に自信もなかった。それに、とマサルは考える。実体の存在ではなくなってしまった今、残されたものは自分の記憶と経験だけ。生前に得たもので、今となっては唯一と言えるほどかけがえのないもの、、、思い浮かぶのは娘の顔だった。
一体世の中で嘘や損得勘定を除いてしまえば、どれくらいまっとうな人間関係というものは残るのだろう。ビジネスする上でだって、本音だけで正直になんてとても生きられない世界だった。自分だって自分勝手に生きていた。自覚はちゃんとある。
マサル「誰かの幸せは、他の誰かにとってはそうじゃない、、、か。どの方向から見ても正しかったり、尊かったりするものなんて、実は存在しないんかもな、、、。」
そうしてマサルは魂だけになっているはずなのに、魂が口から出ちゃってるように呆然と立ち尽した。覗けば覗くほど、見たくなかったこと、聞きたくなかったこと、言われたくなかったことがゴロゴロと出てくる。そして、ある思いが生まれ、それが徐々に、しかしはっきりと強くなった。
マサル「ああ、、、もう、、、忘れたい、、、」
ライブラリがふっと異様な雰囲気に包まれた。
マサル「、、、ん?あれ?薄暗くなった?、、、!?」
瞬間に衝撃が走る。まるで黒い稲妻が建物全体に落ちたかのようにライブラリは揺れながら、一帯の本はプラズマのように分解されそうになりながらも元の状態に修復されることを繰り返している。走馬灯がぼやけては、元に戻る。
マサルはハッと気づく。元々ライブラリに他の魂の姿はなかった。推測されるに、このライブラリはマサル専用、のはずだ。
マサル「なんや!?攻撃されたんか!?やばいんか!?とりあえず、、、ってどうしたらええねん!机の下に隠れる?!いや〜それはないわ、、、外に出る!?いや、出れるならとっくに瞬間移動してるよな、、、!」
マサルはパニックになりながらも意外と冷静に逡巡し、ようやく思いついた。
マサル「そうや、原因の場所を、特定!!!!」
考えた瞬間、マサルはライブラリ内の小部屋に瞬間移動した。
マサル「で、、、できた!って、な、なんや!?大丈夫か!?」
小部屋の中心には右半身の肩から腹部にかけて抉れた部分が黒くバチバチと光っている少年が膝をついて苦しそうにしていた。
少年「ここは、、、ライブラリか、、、ごめんね、邪魔をしてしまった、、、ね、、、」
マサル「いや、まあそうやけど、、、どうしたん?」
少年「僕は、、、まあ事情があってね。時間が、、、ないんだ、、、初対面なのに、、、ごめん、、、僕がここに落ちたのなら、きっと、君が、、、」
少年の意識が遠のきそうになる。
マサル「おい!しっかりせーよ!どうしたらええねん!」
少年は言った。
少年「君に、、、」
マサル「うんうん、俺に!?」
少年「君に、、、神クエストを受注してほしいんだ、、、」
マサル「うんうん、神クエストな、、、!!って、何やねんそれ!!!」
掠れた声をしぼるように頼まれた内容にマサルは盛大にズッコケたが、少年の身体は今にも黒い稲妻に飲み込まれそうになっていた。