お留守番
飼い主、遅いなー……
いつもだったら、おれの体内時計がこんくらいの時間には、とっくに帰ってるはずなのに
今日は『ヤキン』とかいうやつなのかな?
仕事が遅いのかな?
ずーっと玄関でお座りして待ってるんだけど帰って来ない
早く帰って来て、うにゅうにゅって出てくるおやつ、くれねーかなー
ペロペロしたいぜ
ンッ?
誰かが階段を静かに昇ってくる
飼い主じゃない音だ
駐車場に車が停まる音もなかったし……
おれは耳を後ろに倒しながら奥の部屋に逃げ出すと、カーテンの後ろに隠れて見守った
鍵をカチャカチャする音が静かな玄関に響く
飼い主の鍵じゃないな
何か細長いものを突っ込んで鍵を開けようとしてやがる
カチャンッ──
ドアが開く
ゆっくり開く
飼い主ならあっさり開くのに……
やがてそいつが入ってきた
もう真っ暗になってる外に赤い月が見えた
生暖かい夜風が部屋に入ってくる
一緒にそいつが部屋に入ってきた
鍔つき帽子をかぶった影が、そろりそろりとやってくる
「猫はどこだ」
オッサンの声でそいつが言った
「どこかに隠れてるな?」
カーテンの陰に必死で身を縮こまらせるおれのほうへ
足音を殺して近づいてくる
気づかなかったようだ
そいつはカーテンの前を通り過ぎた
ふぅ……
ふぅ……
ふぅ……
漏れそうになる息を殺す
早く出て行ってくれ
早く出て行ってくれぇ……!
「ンッ?」
そいつが俺の気配に気づいた
戻って来る
俺が隠れてるカーテンを……
開けた!
そいつは俺を見て、言った
「なんだ……。フェレットか」
そして、俺に聞いた
「猫は? 猫がいるだろう。どこだ?」
ぎょろっとした、濁った色の目が、俺を強く見つめる
「猫は……飼ってません」
俺がそう言うと、そいつは目のギラギラを強くした
「嘘をつけ。猫のお腹に宝石がぎっしり詰まってんだ。俺はそいつを取りに来たんだ」
何を言ってるのかよくわからない
「早く出せ! 猫! 猫をだ! お前じゃねえ!」
ペットとしての存在を否定された気がして、寂しさを紛らわすためにも、おれはそいつの腕に向かってまっすぐ飛び、噛みついた
すると開きっぱなしの玄関に飼い主が現れて、言った
「何してんの? ゲンさん」
「噛みつかれたぞ!」
ゲンさんは腕から流血しながら、飼い主に文句を言った
「保健所送りにしてやる!」
それからおれ達3人は、テーブルを囲んですき焼きを食べた
「猫はどこだ?」
ゲンさんがしつこく言ってる
「猫はどこだよ? 猫のお腹に宝石が詰まってんだ」
「いい加減、妄想はやめよう。ゲンさん」
飼い主がゲンさんにお肉を入れてあげながら、言った
「宝石なんてどこにもないから」
おれはミルクを飲み干すと、うっとりして絨毯に顎の下をこすりつけた
よかった
飼い主が帰って来てくれて
よかった
ゲンさんがへんなやつじゃなくて
よかった
保健所送りにされなくて
お留守番はいつもホラーだから嫌い