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私に釣り合う男がいない

 とある休日の早朝。

 守橋(もりはし)(あかね)はパジャマのままベッドに座り、友人とスマホで通話していた。


「私に釣り合う男が居ない」

『出た。生涯独身確定演出』


 独特な日本語で返事をした通話相手の名は不知火(しらぬい)(あおい)

 茜の幼馴染であり、こうして早朝から通話する程度に仲が良い。


 話題は恋愛。ただし高校生がキャピキャピ会話する恋バナではない。大人が真顔で議論する結婚の話である。


『今更だけどさ、なんで急に結婚の話?』

「……想像してください」


 茜は声のトーンを落とし、ぽつりぽつりと呟くようにして語り始める。


「ある日の話です。日課の散歩をしている時、幸せそうな親子とすれ違いました。その姿を見て、何故かズキリと胸が痛みました。私は想像してしまったのです。十年後、二十年後、一人で生きる時間について。咳をしても一人という一句の重みを痛感しております。当然、今は平気です。まだ25歳ですから。しかし、40歳、50歳となった時にはどうでしょうか? ……私は正気を保てる気がしません」


 茜は肩を抱き、声を震わせた。

 その言葉には妙な迫力があり、葵はしばらく何も言えなかった。


『……そ、そのときは、一緒に生きようぜ』

「結構です。純粋に子供が欲しい気持ちもあるので、同性の方はちょっと」

『大丈夫、ips細胞がどうにかしてくれるよ』

「百年後くらいなら、素敵な口説き文句だったかもしれないですね」

『うえーん、また振られちゃったよぅ』


 葵は露骨に嘘泣きをした。

 それから少し間を開けて、どこか寂しそうな声色で言う。


『ゆーて、ねーちゃんが婚活始めたら一瞬で終わると思うよ。顔が良くて、おっぱい大きくて、理系の院卒で頭も良い。年収は平均の倍以上。コミュ力も高い。選び放題じゃん』

「……私は、そうは思いません」

『どうして?』


 茜は顔を上げ、どこか遠い目をして言う。


「私に釣り合う男が居ない」


 その言葉は自惚れではない。


「私は、普通が良いのです」


 彼女は幼い頃から「普通」に憧れている。

 自分より優れた相手は必要ない。自分より劣った相手も必要ない。彼女が求めているのは──


「簡単に言えば、私をそのまま男にしたような人を探しています」

『……なるほどね』


 茜にとっての普通は、いつも他人にとっての特別だった。それは世界で一人だけ別の場所に隔離されたかのような孤独感を与えた。


 彼女と長い時間を共に過ごした葵は、その想いを誰よりも理解している。


 ずっと傍で見ていた。

 楽しそうに笑う姿も、時折寂しそうに眼を伏せる姿も、家族よりも近くで見ていた。


 葵は唇を嚙み、悩む。

 実は彼女、婚活アドバイザーとして働いている。茜のような相談を受けた回数は一度や二度ではない。


 助言なら無数に思い浮かぶ。

 しかし、その行動を心が拒む。


 なぜなら葵は茜ラブなのだ。

 茜がその気なら、すぐにでも国籍を変えて結婚したいと考えている。


 だから今、葵は戦っている。

 自らの欲望を、大好きな親友の幸せで上書きしようと奮闘している。


『……あー、うー、あー』

「急にどうしましたか? 発作ですか?」

『……気にしないで。ただの断末魔だから』

「気になります。断末魔? 大丈夫ですか?」


 茜は本気で心配そうに言った。


『よしっ、決めた!』


 葵は返事をする代わりに大きな声を出す。


「あの、何か悩みがあるなら聞きますよ?」

『ねーちゃん聞いて? 理想の恋人なんて、どこにも存在しないんだよ』


 葵は茜の言葉に被せて言った。

 茜は軽く唇を噛み、不機嫌そうに言う。


「……妥協しろということですか?」

『違う違う。良い人を探すとか、選ばれるとか、そんな価値観もう古いって話』


 茜は言葉の意味が分からず、続きを促す目的で沈黙した。葵はその意図を汲み取り、得意そうな声で言う。


『今のトレンドは、育メン、なのだぜ?』



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