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怪しい来訪者

作者: sybsyb

 山奥にある一軒の家には、爺さんが一人で住んでいた。


 爺さんが住む地域においても全国の例にもれず、集落の過疎化が進んでいた。働ける歳になった若者は仕事を求めて山を下り、そのまま知らない土地に住み着いた。爺さんの息子もその若者の一人だった。10年前に爺さんの妻が亡くなってからは、ここらの土地を売り払って一緒に住もうと息子に再三言われていた。しかし、爺さんはそれを断り続けた。


 爺さんにとっては、いくら暮らしが不便になろうとも、先祖代々継いだ土地を手放すつもりはなかったのだ。


 そんなあるとき、爺さんの家にごめんください、と誰かが来た。戸を開けると、そこには身なりのしっかりした精悍な若者が立っていた。


「こんにちは。役場の者です。今日は、爺さまに良い話を持ってきたんだ」


「いい話? 何のことかわからんけども、遠路はるばるご苦労様です」


 爺さんは膝をついて礼をした。若者は言った。


「ここらで高速道路の建設計画があっただろ? 国の役人にここの土地をとられそうになっても、爺さまが土地を渡さなかったおかげで、道路計画は白紙に戻ったんだ。村のみんなは山が汚れずに済んだって爺さまに感謝しているんだ」


「まぁ、それはそれは」爺さんは優しく微笑んだ。


 爺さんは住んでいる土地の他に、隣の山の持ち主でもあった。あるとき、国の役人が爺さんの家に来て、山を売ってほしいとの相談があった。役人が提示した金額は、爺さんが生涯見たこともない数字が並んでいるほど高額であったが、爺さんは首を縦に振らなかった。


 その後も、何度も役人は、爺さんの家にきては熱心に説得したが、爺さんは頑として山を手放すことはしなかった。


「そこでだ」若者が嬉しそうに言った。


「みんなで爺さまにお礼がしたいということになった。それぞれみんなが持ち寄ったお金を合わせたら、ここに持ってこれないほどの大金になってしまった。だから爺さま。爺さまの口座に直接振り込むことにしたんだ」若者は続けていった。「口座番号を教えてくれ」


 爺さんは顔の前で手を振った。


「そんな……。わしはただ、先祖から受け継いだ土地を守ろうとしただけよ。お金なんてもらうわけにはいかねぇ」


「そんなことをいうな。みんな嬉々として爺さまにお金を渡したいって言っているんだから」


「そうは言ってもな…」


「いいからいいから」若者は続けた。「ささ、早く通帳持ってきてくれ」


 この後も何度かの押し問答のすえ、爺さまがとうとう根負けした。通帳をとりに部屋へ戻った。


 通帳は、固定電話の横にある貴重品入れに入っていた。通帳をとろうとしたとき、ふと固定電話の上に張られた紙が視界に入った。


 紙には『知らない人から、口座番号を教えてほしいとか還付金があるとか言われたら、注意! 相手にせずに電話を切ること!』と大きな字で書いてあった。これは以前、息子が家に来たときに、爺さんが詐欺にあわないようにと、張り紙をしたのだった。


 これを見た爺さんだったが、まさか詐欺ではないだろうと考え、通帳を持っていった。


「あのー職員さん。一つお願いがあるのだけども」


 爺さんはこの若者を疑っていなかったが、一つだけ質問することにした。


「どうした爺さま?」


「わしもお金をもらっただけじゃあ申し訳ないんで、お礼状を渡したいと思うんだ。後で、あなたの職場に手紙送るから勤め先教えてもらっていいか?」


「それは……。いや、私がまた爺さまの家にとりに来るから大丈夫だ」若者が慌てていった。


「いやいや、何度もご足労かけるわけにはいかねぇ。教えてくれ」


「私のことは気にしなくていいんだから。取りに行くよ」


「そんなこと言わないで。それとも何か勤め先が言えない事情でもあるのか?」


「いや……。そんなことはないけども」


 先ほどの嬉しそうだった表情とは一転し、若者は目が泳いでいた。


「……。職場の電話番号は教えてくれるかい? 自分とこの電話番号がわからないわけはないでしょう」


「……」


 若者はすっかり黙ってしまった。それを見た爺さんはため息をついた。


「あんたに通帳は渡せねぇ。悪いことは考えねぇで、この村からすぐに出てってくれ」


 爺さんの言葉に、若者は何か言いたそうだった。しかし、若者は諦めておとなしく帰った。


 その夜、息子から爺さんへ電話入った。


「もしもし。父さん? 直之です」


「おー直之か」


 爺さんは今日あったことを息子に話した。それを聞いた息子は難色を示しながら言った。「そういう奴らは、あの手この手で騙そうとしてくるから。今後も気を付けるんだぞ」




 その次の日、若者はまた爺さんの家に現れた。


「爺さま、昨日は手ぶらで悪かったな。今日は山でとれたもの持ってきたから食べてくれ」


 持ってきたのは、荷車いっぱいに積まれた山の幸だった。山菜に木の実、きのこに果物、川魚まであった。


 爺さんは驚いた。しかし、昨日息子と話したことを思い出し、若者からの贈り物は一切受け取らなかった。


 若者は困惑した様子だったが、頑として受け取らない爺さんを見かねて、諦めて荷車を引いて帰っていった。




 その次の日、若者はこりもせずに爺さんの家に現れた。


 今日は手ぶらだった。


「爺さん今日は見てほしいものがあるんだ。一緒に来てくれ」


「行かん」


「少し見てくれれば、爺さまも楽しいところだっていうのがわかるから」


「なぁ、あんたはそこまでして、わしを騙したいんか?」


「騙したい? そんなつもりはない。爺さまに楽しんでもらおうと……」


「もういい。あんたが最近よく聞く詐欺師だっていうのはわかってるんだ。迷惑だから、うちにもう来ないでくれ」


「詐欺師? なんだいそれは? そんなんじゃない。一度来ればわかるから」


「行かん! いい加減にしてくれ!」


 爺さんがとうとう怒ると、若者はがっくりと肩を落とし、その場を後にした。




 若者が山へ帰ると、そこには晴れやかな宴会場ができていた。若者を見つけた狸が急いで近寄ってきて、こういった。


「どうだった? 爺さまはこの宴会に来てくれると言ったか?」


 若者は変身を解いて、狐に戻った。そして、「いや相手にされなかった」と悲しげに言った。


 狸は困った様子で言った。


「なんで爺さまは俺たちの恩返しを受けてくれないんだ? 山を売らずに、俺たちを助けてくれた爺さまにお礼がしたいだけなのに」


「わからない……。昔話では、色んな動物が人間に助けられて恩を返したっていうのに。俺たちも同じことをしたいだけなのにな」


「いっそのこと、動物のままの姿で、お礼に行くというのはどうだ?」


「これこれ、やめておきなさい」


 狐と狸の話に、ひげをたくわえたサルが割って入った。


「それはそれでまた別の問題が起きる。いいか? 昔のように善意が素直に受け入れられる時代ではないのじゃ。実の息子でさえ、親に電話するときには『オレ、オレ』なんて軽々しくは言えない、繊細な時代なのだから」

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