第2章 第4話「交わりの都」
「おお、あれがリッツの街……!!」
アレンの故郷・カントナを出てから馬車に揺られること、二日間。
道中は何事もなく、初めての旅路は、無事終わりつつあった。
丘を越えると眼前には、大きな壁にぐるりと囲まれ雑多にそびえ立つ建物群が姿を現した。
――リッツ。
首都と主要都市を結ぶいくつかの街道がちょうど交差する地点に作られたその町は、設立から年を追うごとに規模を増し、いつしかアルトリア王国第二の都市にまで成長した。
街道同士の分岐点にあたることに加え、それにより多くの地方からヒトとモノが行き来するようになったことから、リッツは「交わりの都」とも呼ばれるようになった。
「ああ、この丘を越えたらもうすぐさ。ご苦労さん」
感動を抑えられないアレンに対し、ビスタは慣れた様子で声をかける。
ビスタの言う通り、三十分ほどで馬車はリッツの外門に到着。
入門手続もすぐに終わり、馬車はリッツの街中へと入っていく。
「すごい人の数だ。それに、建物も」
カントナの町の大通りとは比べ物にならない広さの道に、多種多様な格好の人々と、大きな建物群。店の数も多く、中には何を売っているのかさっぱり分からないものもあった。
『くく……田舎者丸出しだな』
そんなアレンを、裕也は面白がって見ている。
『何だよ、裕也はこんな大きな街に来て、何も思わないのか』
『ああ、悪いが前の世界ではもっと大きな都市に住んでいたんでな』
『マジでか』
そんな会話をしつつもしばらくすると、馬の脚が止まった。
「はいよ、お疲れさん。ここが寮だ」
「ありがとうございます。ビスタさん、御者さんも」
礼を言ってアレンは馬車から降りる。
「あらあら、お帰りなさいませ、ビスタ様」
アレン、ビスタ、タイガが寮の建物の前に立つと、すぐに恰幅のいい女性がドアを開けた。
「こちらはクラレさん。ここ世話を任せているんだ。寮での生活については、この人に尋ねるといい」
「よういらっしゃいました、アレンさん。寮母のクラレです。よろしくね」
「初めまして、クラレさん。これからお世話になります。アレンです。こちらはタイガ」
「わん」
「あらあら、かわいいワンちゃんね」
「あのう……何で俺のことを?」
「ああ、俺がクラレさんに事前に通信具で伝えておいたのさ」
「通信具があるんですか!?」
『通信具?』
『離れたところでも会話ができる魔道具さ。高価で、普通の人が持っているようなものじゃない。大きな公共施設か、貴族の家にでも行かないと使えないと思ってた』
「俺はこの学校を運営しているけれど、常に学校にいるわけじゃないからな。こうして生徒を勧誘したり、依頼をこなしたりしていると、どうしてもリッツを離れることもある。不便だから、寮と学校にそれぞれ一つずつ調達したんだよ」
「はは、調達できちゃうのがすごいですね……」
やや絶句するアレン。
「さあ、俺はこの辺で行くとするよ。
この学校も、ちょうど明日から新学期だ。何とか間に合ってよかったな。初日はオリエンテーションくらいだが、まあ頑張れよ。みんなの前で、自己紹介くらいはしてもらうつもりだ」
「はい!本当に、ありがとうございます、ビスタさん!」
「はは、気にするな。それに、礼を言うのはまだ早いだろう」
ビスタは軽く手を振って、通りの向こうへと歩いて行った。
「さあ、疲れたでしょう。部屋に案内するわ」
ドアを開けて玄関を抜けると、まずは大広間があった。
多数の子供たちが駆けずり回り、好き好きに歓声を上げている。年は皆一桁台だろうか。
「まずここが、多目的室兼保育室よ」
とはクラレさん。
「剣闘ごっこしようぜ!お前、わるもんな」
「ええ~っ、またぼく?ジム君が騎士の役ばっかりじゃん」
「うわーん、ソニア姉、ショーンとぶつかったよ~」
「はいはい、痛かったねえ。ケガはない?」
「転んでひざから血ぃ出た」
「あらあら……これくらいなら消毒してガーゼを巻いておけば大丈夫よ。
……これでよし」
「おままごとしよう~」
「いいねえ!今日はお店屋さんがいいな」
「じゃあ、わたしお客さんやる!」
「じゃあわたしは果物屋さんになろうっと!」
「ジェーン先生も一緒にやろうよ!」
「いいわよ」
室内では幼児数名ずつが各々好きな遊びをしており、とても騒がしい。
「ここは保育所も兼ねているの」
「保育所?」
「ええ。働く親が、日中子供を預けておける施設よ」
「へえ……カントナの町では基本的に、親が働いている横で子供も手伝いをしたりしながら、面倒を見てもらっている感じでした」
「リッツも、いや全国を見ても、その方が多いでしょうね。
この保育所は、ビスタさんが考案したのよ。
リッツの町は活発で、人も仕事も多いから、子供を見ながら働くのはなかなか大変よ。この近辺でそんな親子を見たビスタさんが、それなら子供たちを日中一か所に集めて、だれか大人がまとめて面倒を見るようにしてはどうかって」
「そんなアイデアもあるんですね」
『俺のいた世界では一般的だぞ。父母ともに働く場合、基本的には保育所に預ける』
『そうなんだ』
「私は、ここの寮母と一緒に保育士長も兼ねているわ。保育士は私の他に二人ね。子供たちは全員三歳から七歳で、全部で十七人よ」
「あそこにいる女性二人が保育士さんですか?」
アレンは、子供たちと一緒にいる女性二人に視線を向ける。
一人はアレンの母より少し若いくらい。もう一人はかなり若く、アレンとほぼ同年代に見えた。
「ああ、もう一人は今掃除で外に出ているわ。
あっちの子は保育士ではなくて、あなたと同じ冒険者学校の学生よ。
ソニア!ちょっとおいで!」
クラレさんが声をかけると、ソニアと呼ばれた女の子がこちらへ小走りで駆けてくる。
「ソニア、こちらはアレン君。
今日からこの寮で暮らすことになったわ。あなたと同じ冒険者学校へ通うために」
「ソニアよ。
へえ、あなたが……」
ソニアはアレンを物珍しげに眺める。
「アレンです、よろしく」
「よろしくね。……あなた、弱そうねえ。大丈夫?」
「まあ、これから学んでいくつもりだよ。ソニアこそ、女の子の冒険者もいるんだね」
「あら、最近は女性冒険者も増えているのよ。私は回復専門だから戦闘には自信ないけどね」
「いや、回復役は重要だ。仲間にいるのといないのとでは、生存率に大きく差が出るって聞くよ」
「よく勉強してるじゃない」
「この寮には他にも学生が?」
「私たちの他には、あと一人だけよ。
ビスタ冒険者養成学校自体まだ新しいから、生徒数も三十人くらいしかいないわ。大体の生徒は市内に部屋を借りているわね。リッツは大きいし人の出入りも激しいから、格安のアパートも多いし」
「そうなんだ。その、あと一人はどこに?」
「……さあ。部屋にいると思うけど……。
ちょっと無口なやつでね。悪いやつじゃないと思うんだけど、やや近寄りがたいかも」
「なるほど。また見かけたら挨拶しておこう。
ソニアは今は何をしていたの?」
「まあ、子供たちの相手ね。
学校が始まったら、日中は学校だし、夜には子供たちが家に帰っちゃうから、この休みだけちょっと手伝わせてもらってるの」
「へえ、えらいね」
「まあ、子供、好きだから」
ソニアはそう言って、短めに整えている髪を触りながら、子供たちの方を見た。
するとソニアの視線に気づいた男の子がこちらに寄ってくる。
「なぁなぁなぁなぁ、クラレ先生にソニア姉、こいつ誰?新入り?」
「こらジム、初対面の人に向かって「こいつ」なんて言ったらダメですよ」
クラレさんが窘める。
「あはは、大丈夫ですよ。
俺はアレン。カントナ出身で、冒険者学校に通うために、今日からここでお世話になるんだ。よろしくね」
「アレンだな!弱そうだけど、がんばれよ!」
「はは……」
『俺って弱そうなのかな……』
『まあ実際、そんなに強い方ではないだろう?』
『まあそうなんだけど……こう連続で言われると凹むよね』
「あーっ、見て!わんこがいるよ!」
「ほんとうだ!青いね!かわいい!!」
軒先を見た子供の一人がタイガを見つけたようだ。
「ええと、タイガは……」
「足を拭いてきれいにしてもらったら、中に入ってもいいわよ」
「じゃあ……」
アレンはタイガの足を拭き、風魔法の【浄化】でタイガの身だしなみを整えた。
タイガが室内に入ると、子供たちは一斉に群がり始める。
「ははは……タイガ、大丈夫かな」
早速もみくちゃにされかけているタイガだが、嫌がっている様子はない。
ちなみに後で聞いたところ、「こども、だいじにする。これふつう」とのことだった。
「さあさあ、アレン君もタイガ君も長旅で疲れているのよ。
今日はそれくらいにして、部屋に上がってもらいましょう。
アレン君、案内するわね。
みんなも、あとちょっとしたらお迎えが来るから、片付けとかしっかりね」
「「「は~い」」」
クラレさんが声をかけると、子供たちは一斉に元気よく返事した。
そんなこんなで、アレンのリッツでの初日は慌ただしく過ぎ去っていった。
数あるweb小説の中から「アンロッカーズ」をお選びいただき、ありがとうございます。
おかげ様で、PV数が少しずつ伸びてきました。
よろしければ、「読んだ」という爪痕を少しでも残していただけると、作者の方が小躍りします。
感想でも☆でもいいですし、質問や悪評でも構いません。
「このお話、俺は面白いと思うんだけど、実際どうなん……??」
おそらくどの作者さんもそうだと思いますが、この宙ぶらりん状態、心理的に結構辛いものがありまして……。
その代わりと言っては何ですが、本編に関するエッセイのようなもの(≒蛇足)を、活動報告にて少しずつ公開していますので、よろしければそちらもチラ見してみてください。