第76話 魔王様、ナンパされる
☆★☆★ コミカライズ予告 ☆★☆★
お待たせしました!
「魔王様は回復魔術を極めたい~その聖女、世界最強につき~」コミカライズが、
4月10日よりコミックノヴァにて掲載されます。
書籍のほうではすでに発表されましたが、
作画は白瀬岬先生(『神眼の勇者』他多数)に作画いただいております。
個人的にはかなりキャラ原案のふつー先生の絵柄によせていただいていると思うので、
かなり見やすくなっております。
ぜひお楽しみください。
それは我が1人の時に起きた。
「ねぇねぇ。君、君! お兄さんと遊ばない?」
振り返ると、「ひゅー!」という声を上げて、3人の男たちが立っていた。我の姿を見て、実に好色そうな視線を送っている。
生憎と我は1人だ。
ハーちゃんとネレム、エリアナは海で遊ぶ玩具を探しに行くと言って、再び海の家に戻っていった。我は場所取りだ。浜辺に多くの人族が詰めかけていて、あちこちでパラソルなどというものを開いて、自分の陣地を示している。言わば、これは静かな戦さである。
「ねぇ、聞こえてる? 無視しないでよ」
別に無視などしていない。
こんな男たちよりも、海や浜辺の様子を眺めていた方がよっぽど良い。そもそもこいつらは、我の陣地に入り、この場所をとろうとしているやも知れぬ。むしろ警戒していると言っても過言ではなかろう。
しかし、我が陣地にやってきたという割りに随分と貧相な身体である。骨と皮しかない。残っている筋肉も、良質とはほど遠かった。こう見ると、如何に我が校の聖騎士候補生が良い筋肉をしているかわかる。教官による日頃の鍛錬の賜物だろう。
「なんでしょうか? ここは私たちがとっている場所なんですけど」
「別にお嬢ちゃんの場所をとろうとなんてしてないさ。ちょっとお兄さんたちと遊ばないってこと」
「遊ぶ? あなたたちと……」
なんだ。我が陣地を脅かしにきたのではないのか。それにしても「遊ぶ」とは如何に? 別に我はこやつらと友の契りを結んだわけではないのだけど……。
「なんか反応が妙だぞ」
「遊びなれてないんだぜ、きっと」
「箱入り娘ってヤツ?」
我が戸惑っていると、なんだか男たちまで困惑しはじめた。
「ねぇ。君、俺が言ってる言葉の意味わかる? つまり、まあ、ナンパってヤツだよ」
「ナンパ?」
「ナンパもわからない」
「ば……」
馬鹿にするな、と思わず叫びそうになったが、知らない言葉だった。聖クランソニア学院に入学する前、今の世界に馴染もうと歴史、言語学、民族史などの本を読み漁り、世俗について勉強した。
しかし、我が勉強した中に「ナンパ」などという言葉はなかった。もしかして、最近の若者言葉なのかもしれぬ。抜かった。マリルやターザムからも言語を学んだが、2人は若者とは言いがたい。アレンティリ家は田舎だからな。若い者がおっても、我のように最新の若者言葉には疎いものばかりなのだ。
男の1人はにやりと笑った。
「難しく考えなくてもいいよ。俺たちといいことしようってことさ、げへへへ」
「いいこと?」
いいことってなんだ?
遊びとも言っていたな。
遊び感覚でできるいいこと……。
はっ! まさかこやつら……。
我と特訓しようというのか!?
確かにこやつらの肉体は見るに堪えん。だが、我に肉体改造を望んでいるなら合点がいく。おそらく我の素敵な肉体を見ての弟子入りであろう。
今の我にとって、特訓は急務。夏期休暇に緩んだ身体を締めるには、ちょうどいい機会かもしれない。
なるほど。ナンパとは特訓のことだったのだな!
「ちょっと……。お姐様、何をやってるんですか? その男たちは何?」
エリアナが1人戻ってくる。
その手には大きな浮き袋を持っていた。
「なんだ、このガキは?」
「お姉様って言ってたぞ。妹?」
「ガキには用がねぇ。引っ込んでろ」
「な、なんですって!」
「その通りです、エリアナ」
「お、お姐様まで!」
「エリアナはこの場所を死守してください。私はこの人たちとナンパしてきます」
決まった!
ふふ……。我はもう田舎伯爵令嬢ではない。シティで、ヤングで、ナウな聖女候補生。若者言葉もうまく使いこなすのだ。
「ナンパって……。ちょっ! あんた、絶対なんか勘違いしてるわよ」
「問答無用です。行きますよ、あなたたち。まずは私を捕まえてみなさい」
「あ! ちょっ!」
「逃げんなよ!」
「待て!」
こうして我と男たちの特訓は始まったのだった。
うん。砂浜を走るのは悪くない。
やわらかな砂地、不規則に凸凹した表面はふくらはぎや足の関節、身体の体幹に対して挑戦的な刺激を与えてくれる。それにやわらかい砂地は、足や腰に対する衝撃を緩和し、負荷をやわらげるのに効果的だ。
何より時折、水飛沫を浴びながら走るのはリラックス効果を生み出し、気持ちが良かった。
普段の鍛錬とは少し違うが、こうして海辺を何往復もするのは悪くないものだ。
「なあ、お前たち……」
「ぜー。ぜー。ぜー」
「はー。はー。はー」
「げほっ! げほげほげほ!!」
振り返ると、男たちがよたよたと走っているのが見えた。額からは滝のように汗を流し、息を切らしている。出会った時に眩しいぐらい輝いていた白い歯は、心なしか煤けているように見える。
我を追いかけてきた勢いはなく、すでに100メートルの差ができていた。
「どうしました? 私を捕まえるんじゃないのですか?」
「う、うるへ~」
「な、なんなんだ、あの娘」
「速すぎだろ!」
今にも倒れそうだ。
「根を上げるのは早くないですか? 私といいことするんじゃないですか?」
「じ、自分から誘ってやがる」
「新手の〇女かよ!」
「くそ! こうなったら……」
「あと、浜辺を50周しますからね」
「「「ご、50周!?」」」
驚くのも無理はないだろう。
普段、文字通り世界を股にかけてランニングしている我が、この短い距離を50周なんて破格も破格……、少ないのもほどがある。
だが、あえて少なくしているのにはわけがある。男たちの肉体だ。あまりに貧相ゆえ、かなり特訓の内容を絞らないと、死んでしまうかもしれない。休暇明けの我にも言えることだが、いきなりフルスロットルは危険といえる。だからかなり回数をしぼったのだが、すでに男たちは虫の息だった。
「これぐらいで音を上げて、どうするんですか? この後に、腹筋1000回、スクワット5000回が待ってるんですよ」
声をかけるのだが、返事がない。
まるで屍だ。
「仕方ありませんね」
我は手を掲げた。
回復してやろう……。
次の瞬間、男たちの身体が膨れ上がっていく。羊皮紙のように薄かった胸元は熱く、盛り上がった肩と腕は、1本の砲門を思わせる。酔った鳩のように千鳥足だったが、足腰は根を張った大樹のようにカチカチの筋肉に
なっていた。
「な、なんだ、これは!?」
「力が漲る……」
「ふおおおお! この力さえあれば、世界だって征服できそうだ。その前に……」
ギロリ、と男たちは我の方を見た。
「その前にお嬢ちゃんを犯す」
「俺は手で息子をしごいてもらおうかな」
「じゃあ、おれは髪だ」
いっちょまえに我に向かって殺気をぶつけてくる。ほう。基礎訓練に飽き足らず、どうやら実戦訓練をご所望らしい。
「いいでしょ。相手になって…………ん?」
突然、スタスタと我らの前に割って入ったのはエリアナだった。手には……もしやあれは聖剣【氷華蠍剣】では??
「クソガキ、どけ!」
「邪魔だ!」
「おれはロリでも……」
「誰がクソガキよ!!」
シャンッ!!
夏の砂浜に、一陣の真冬の風が吹き渡る。
次の瞬間、男たちの貧相な身体を唯一隠していた水着がはらりと切れた。すると、さらに貧相なものが大衆の面前でさらされる。
周囲から悲鳴が上がると、男たちも同時に悲鳴を上げて、その場から退散していった。
「まったく……。聖剣でつまらないものを斬らさないでよ」
「エリアナ、それ……」
「聖剣のこと? 一旦返却したんだけど、勝手に返ってきたのよ。なんか、気に入られたみたい」
聖剣の中には、大魔王――つまり1000年前の我の肉体の一部が使われているのだが、それとエリアナの宿業か、あるいは魔力に何らかの縁が繋がってしまったということか。
まあ、簡単に言うと、昔の我もこのエリアナには一目置いているということだろう。
「ほら。あんな男たちの相手をしてないで、遊びましょ。お姐様にはちゃんとした遊び相手がいるんだから」
見ると、ハーちゃんが手を振っている。こっちに向かって走ってくる。
「ルーちゃ…………わっ!」
「ハーちゃん!!」
こけそうになったハーちゃんを我は寸前のところで支える。
「ありがとう、ルーちゃん」
「相変わらずハーちゃんはそそっかしいですね」
ハーちゃんの笑顔に、我も笑顔で返す。
そうだ。もう我は天涯孤独の大魔王ではない。あのような若者でなくとも、もうすでに我にはかけがえのない友達がいるのだ!







