第74話 魔王様、海へ行く!
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「魔王様は回復魔術を極めたい~その聖女、世界最強につき~」第2巻
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「ちょ、ちょっと! エリアナを無視しないで!!」
今期の途中から転科したエリアナは、顔を真っ赤にして我らの会話に混じってきた。ふんと鼻息を荒くして、我らを睨み付ける。背は我よりちっこい癖に、相変わらず生意気な先輩だ。……おっと、一応年上なのだったな。
「ハーちゃんとネレムはわかりますが、エリアナ、どうしてあなたがここにいるのですか?」
我が問うと、エリアナが答える前に、ハーちゃんが我に耳打ちした。
「エリアナ、どうしてかわからないけど、寮のルーちゃんの部屋の前にいたの」
「私の部屋に……?」
思わずエリアナを睨む。
「な、なによ……」
「ストーカー……?」
「なっ! ち、違う! エリアナはそんなんじゃない?」
「じゃあ、先輩。どうして、私の寮の部屋の前にいたんですか?」
「そ、それは……」
エリアナは気恥ずかしそうに語り始める。
別にエリアナは友達がいないわけではない。聖騎士候補生ではなくなったものの、今も聖騎士候補科にいるシルヴィ先輩や、グリフィル先輩とも今も関わりがあるそうだ。しかし、シルヴィは通っている道場の合宿、グリフィル先輩はインターンとして騎士団の訓練に参加しているらしい。
エリアナが1人、途方に暮れていると、ハーちゃんとネレムに出会ったらしい。
要は先輩や他の科には友達がいても、同級生にはいないということだ。確かにエリアナは聖騎士にまで上り詰めた平民。クラスメイトたちも、どのように扱えばいいかわからない様子だった。我ほどではないにしろ、近寄りがたい存在だったことは確かだろう。
「それで?? どうして私の部屋の前にいるかはまだ聞いてませんけど」
「そ、それは……」
「きっとルーちゃんと遊んでほしかったんだよ」
「ちがっ! は、ハートリー・クロース! あんた、ななな、なんてことを!?」
エリアナの耳たぶが茹でた蛸みたいに赤くなる。
「私のことはハートリーでいいよ」
「じゃあ、エリアナはエリアナって呼んで…………って違う! エリアナは別に遊んでほしいなんか。ただ、寮に行ったら妙な魔力を感じ……。そう! 調べてただけで」
「それぐらい暇ってことだろ、舎弟」
今度はネレムが乱暴にエリアナの髪をかき混ぜる。
「ちょっ! 何をするのよ、このノッポエルフ! それに舎弟ってなんだ?」
「ルヴルの姐さんを、姐さんって呼ぶからには、お前にもルヴル組に入ってもらう。お前は1番下だから、舎弟だ」
「ルヴル組??」
エリアナは我を睨むのだが、我も初耳だ。だが、悪くない響きだ。より結束感が高まったような気がする。「隊」とか「チーム」とか「パーティー」となると、途端人間らしい感じがするが、「組」というくくりも大魔王らしくて良いように感じる。
「エリアナは、あなたたち先輩なのよ」
「今は同級生だろ。年齢はこの際、関係ない。イヤなら組を抜ければいいじゃねぇか」
「う~~!」
エリアナはご飯の中に混ざっていた虫でも潰したかのような顔をする。どうして、この娘は我をいちいち睨むのであろうか。
「ネレムちゃん、意地悪しないの。ここまで来たんだから、一緒に遊ぼ。いいよね、ルーちゃん」
「もちろん。大歓迎です!」
「し、仕方ないわね。……エリアナ、忙しいけど、あなたたちの相手をしてあげるわ。一応年上だし」
さっき暇と言ってなかったか?
エリアナはともかくとして、何をして遊ぼうか。アレンティリ家は田舎の領地だ。ショッピングをするところもなければ、お洒落なカフェもない。あるのは、畑と魔女みたいなお婆さんが薬屋ぐらいしかない。今さらながら、随分と殺風景な領地だ。
「しからば、4人で――――」
「トレーニングなんて言わないわよね」
エリアナは腕を組んで、我をジト目で睨む。
なんでわかったのだ?
もしかして、この娘。聖剣の適応者のみならず、読心あるいは未来を見通す力でも持っているのだろうか。
「と、特訓と言いたかったのです」
「どっちでも一緒でしょ!」
むぅ。結局、トレーニングは却下されてしまった。今、我は全力でトレーニングに打ち込みたくて、身体がウズウズしているのだが……。
「王都に戻って、遊ぶのもいいッスけど……」
「そだね。それなら普段の放課後でもできるし」
「エリアナとしては、夏季休暇にしかできないことをしたいわ」
「なら海に行きたいッスね。やっぱ夏と言えば、海っしょ」
「え~。でも、海はなかなか遠いんじゃないかな」
版図の広いセレブリヤ王国は、一部海に面しているとはいえ、王都からなら馬車で20日、このアレンティリ家からでも15日ぐらいの距離にある。行って帰ってくるだけで、夏季休暇の大半が終わってしまうのだ。
それに、そんな長い間、ネレムやハーちゃんを預かるわけにもいかない。
しかし――――。
「行けますよ」
「え? ホント、ルーちゃん」
「ケルなら、ひとっ飛びです」
『え? 今から海に行くの?』
我関せずとばかりに、我らの会話を聞いていたケルは、ピンと耳を立てると、目を丸くした。
「何を驚いているのですが、散歩の距離より短いではないですか」
「お姐様……。一体、いつもどれぐらいの距離を散歩しているの?」
どれぐらいの距離って……。
世界一周を駆け足程度ですけど。
「じゃあ、お言葉に甘えようかな」
「やった! 海だ! 水着だ!」
ハーちゃんとネレムは大はしゃぎだ。
内陸で過ごしているから、よほど海というのは珍しいのだろう。
こんなに喜ぶのならば、早く連れていけば良かったな。
『水着か……。げへへへ』
「ケルも嬉しいんですね」
『そりゃあ。乙女の柔は――――いや、何でもないッス』
ブルブルと首を振る。
どうやら、ケルもやる気になったようだし、ならば参るか。
海へ!