第73話 魔王様、再会する
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「魔王様は回復魔術を極めたい~その聖女、世界最強につき~」第2巻
ブレイブ文庫より発売されます。
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アリアルに休息の重要性を説かれた我は、実家に帰り、言いつけ通りに休んでいた。
休息の重要性を知らない我なら、今頃修行の日々に明け暮れていたに違いない。だが、我は日課の修行すら休んで、とにかく夏季休暇を満喫していた。
やっていることといえば、ケルの世界一周の散歩、アレンティリ家外周を1000周する散歩、あとは昼寝ぐらいだろうか。
身体がトレーニングをしたくて、うずうずしているが、休んだ甲斐はあったようだ。休息をしたことによって、身体がすこぶる軽い。なるほど。アリアルが言っていたことは、こういうことだったのだな。さすがは我が心の師匠だ。
「ふむ。我が母マリルから勧められたこのハンモックとやら、なかなか気持ちいいなあ」
我は横になりながら、うとうとする。
夏は日差しこそ厳しいが、木陰は涼しく、何より風がある。湖畔近くを通る風は、特に涼やかで、午睡を誘った。
どれ、もう一眠りするか……。
…………。
…………。
…………………………………………ッ!
「ああ。もう暇だ。暇すぎるぞぉぉぉおおおおおおおおおおおお!!」
ハンモックから飛び上がると、我は思わず叫んでしまった。
休息をしたことによって、我の身体はすこぶる良くなったことは認めよう。このまますれば、確かに回復魔術の深奥を覗けるかもしれない。
だが、しかし――――ッ!!
暇だ。ケルの散歩以外、何もすることがない。
教官殿から渡された夏季休暇の課題は、絵日記を除けば1日でこなした。というか、今も毎日消しては、同じ課題をこなし続けている。もう何周やったかすら覚えていないし、何なら問題をそらんずることすら可能だ。
家のことや、マリルが行っている家事を手伝おうにも、ターザムが「皿洗いは手が荒れるからダメだ」「大事な娘に薪割りなどさせられるか。貸せ!」と何度も茶々を入れられ、妨害される。
そして、極めつけは……。
「友達に会えないぃぃぃいぃいいいいいいいいいいいいい!!(涙ザバァァァアア!)」
まさか同級生に会えないことがこんなに寂しいことだとは思わなかった。これなら、たとえ針のむしろになってでもいいから、『ジャアク』と恐れられることの方がよっぽど良いわ。
1000年前、魔王であった時は、友だの仲間だのいらぬと思っていた。孤高の狼を決め込んでいて、その人生に何の疑問も抱かなかった。
だが、今は違う。
我は友の大切さ、仲間の大切さを知った。知ってしまった……。
孤独である時、我は他者との関わりが他人の人生に加わることだと思っていた。違うのだ。仲間とは、友とは、あるいは家族とはいつの間にか、自分の人生に他人がいることなのだ。
それが当たり前のことになってしまっていた。自分の一部がなくなってしまうことに悲しむのは当然であろう。
「はあ……。あと1カ月、ハーちゃんにも、ネレムにも会えないのか……」
いっそ自分から会いに行くことは可能だ。2人の実家がどこにあるかは知っている。しかし、ハーちゃんは父上と旅行に行くといっていたし、ネレムも親戚が実家にやってくると話していた。とても我が入る隙間はない。むしろ家族の団欒を壊しかねない。
「いっそ我もマリルとターザムでも連れて、旅行にでも行くか?」
いや、無理だな。
マリルは賛成するかも知れぬが、ターザムが「うん」と言わぬだろう。どうせ「金がかかる」と、貧乏性の父は否定するに決まっている。それに聖クランソニア学院の授業料もバカにできぬ故、金銭面のことを言われると我も辛い。
そもそも友に会えぬ喪失感を、すべて埋められるとはとても思えぬ。
でも……。
「会いたいなあ、ハーちゃん。ネレム」
むむ……。2人の顔を思い出していたら、また泣けてきてしまった。ダメだ。休暇明けに涙で目を腫らした姿を見せては、2人に心配されるであろう。
こういう時は身体を動かすに限る。
ついさっき行ったばかりだが、ケルの散歩にまた出かけるとするか。
我はハンモックの横で、未だに息を切らせて、死にそうになっているケルの鎖を掴む。いざ散歩へとなった時、不意に声が聞こえた。
「ルーちゃん」
ぬぬ……。なんか今、ハーちゃんの声が聞こえたような……。いや、ハーちゃんがこんなところにいるはずがない。ここは王都から離れた田舎の領地だぞ。
やれやれ。寂しすぎて、幻聴まで聞こえるようになってしまったらしい。
「ルブルの姐さん」
今度はネレムの声まで聞こえてきた。
いよいよだな。寂しさが極まると、こんなにも人間というのは弱くなるものなのか。昔の大魔王が、今の我を見たら果たして何と言うだろうか。
しかし、幻聴にしてははっきりと聞こえたな。もしや……、いやいやあり得――――。
「返事ぐらいしたらどうなの、ルブルお姐様」
「はっ?」
思わず変な声を上げてしまった。
くるりと振り返ると、そこにはハーちゃんとネレム、そして黒髪のおかっぱ聖女が立っていた。
「ハーちゃんに、ネレム……。それに第二席の人……?」
「第二席の人って……。ひどいわね。エリアナ・ルヴィエよ、忘れたの?」
「ハーちゃん、夢じゃないの? ネレム、本物なのね?」
「ルーちゃん、大げさなんだから」
「偽物作る意味なんてないじゃないッスか、姐さん」
鑑定の魔術を何度も使ってみたが、間違いない。本物のハーちゃん、ネレムだ。いや、確認するまでもない。こんなにも今、我の心は熱くなっている。こんな気持ちにさせてくれるのは、2人以外にいなかった。
「しかし、2人ともどうして……。家のことがあるのでは? 特にハーちゃんは旅行に行くと」
「旅行に行くといっても、夏季休暇ずっと旅行に行けるほど、うちはお金持ちじゃないから。お店がないと、お客さんに迷惑がかかるからね。3日だけだよ」
「あたいは、実は逃げてきました。最初は親戚の子どもや、姪っ子世話なんかしてたんですけど……。まあ、これが生意気で。それに――――ね。ハートリー姐貴」
「うん。ルーちゃんが寂しがってないかなって」
「で、見に来たら案の定寂しがってるところに遭遇したってところッス」
「え? それって、いつから――――」
「ハンモックのくだりぐらいかな?」
全部ではないか。
まさかそれまで気配を消して、我の独り言を聞いていたとは……。
さすが、我が友だ。侮れぬ。
いやいや、そもそも恥ずかしい。
元大魔王が人恋しいなどと、人に聞かれるなど末代までの恥だ。
「ふふふ……。うそうそ。本当はね。マリルさんから手紙をもらったの。ルーちゃんが寂しがってるから、遊びに来てあげてって」
ハーちゃんは1枚の手紙をかざす。同じような手紙は、ネレムも持っていた。
なんとマリルが……。
さすが我が母だ。抜け目がないというか……。そうか。最初から手紙を送れば良かったのか。
ダメだな、我は。離ればなれになって、思考能力すら低下していたらしい。いや、これは休息し、身体が鈍っている証拠かもしれぬ。明日から修行を再開することにしよう。