エピローグⅡ 私の道、あなたの道(前編)
昨日、『魔王様は回復魔術を極めたい~その聖女、世界最強につき~』第2巻発売されました。
書店にお立ち寄りの際には、よろしくお願いします。
コミカライズの詳報をあとがきに書いていますので、
そちらもよしなに。
唐突な出来事だった。
ヨシュア・シンプトンは研究室で仕事をしていると、雪崩込んで来た衛兵によって連行された。当然ヨシュアは抵抗したが、衛兵は「王命である」とだけ言って、取り合わない。最後には目隠しをされる。随分長い間歩かされた後、聞き覚えのある声が前方から響いてきた。
「目隠しを外してやりなさい」
ようやく視界が開ける。
すぐ近くの松明の光に一瞬目を細めた。
その向こうに国王リュクレヒト・マインズ・セレブリヤが玉座に座り、王国の兵器開発部門のトップであるヨシュア・シンプトンを見下ろしていた。
場所は謁見の間かと思ったが、少し小さい。
松明を焚いていても暗く、かび臭かった。
おそらく地下なのだろうが、見たことのない部屋だった。
「陛下、これは一体何事です?」
「ヨシュア、突然すまぬな。しかし、お主には先の辻斬り事件の関与が疑われておる」
「我が輩が? 馬鹿な! 何故我が輩が疑われているのです! むしろ大事な聖剣を犯罪に使われ、被害者側のはずです」
「それについては、この者に説明してもらおう」
玉座の脇から進み出てきたのは、シックなワインレッドのドレスを着た老婆であった。老婆といえどまだまだ若々しく、背筋もピンと立っている。これから容疑者を尋問する人間の表情にしては、随分と穏やかだった。
「アリアル・ゼル・デレジア? 『大聖母』と呼ばれるあなたが何故ここに?」
「ご無沙汰しております、ヨシュア・シンプトン様。最後に会ったのは確か聖クランソニア学院を立ち上げたばかりですから、10年ほど前になりますか?」
「……旧交を温めたいというなら別の機会にしていただきましょう、アリアル殿。我が輩を疑っているようですが、何か証拠でもあるのですかな?」
「では、単刀直入に……。ヨシュア様、我が学院の結界を破る解錠術の情報を外部に漏らしましたね?」
「……な、なんのことですかな?」
「聖クランソニア学院に使われている結果は非常に特殊かつ複雑です。何人も破ることはできない。かの魔王ですらまともな方法では突破できないでしょう。しかし、複雑に絡み合った結界もたった1本の紐をほどくことで、解除できる。その1本の糸こそ解錠術です」
アリアルはコツコツと骨を叩くような音を立てて、ヨシュアに近づいてくる。
オレンジ色の松明の光を背にした『大聖母』の笑顔は、闇の中で浮かんでいるように見えた。
「今回の賊はわたくしの結界についてよくご存知のようでした。たとえば元生徒なら出入りが自由であるとか……。何よりこの世で2人しか知らない結界の解錠術を的確に壊してみせた」
アリアルは立ち止まって、ヨシュアに見せつけるように2本の指を掲げてみせる。
「そう。2人しか解錠術のことは知らないはず。1人は術者本人であるわたくし。もう1人は解錠術の作ったあなた――ヨシュア・シンプトンしか知らないはずです」
「だから我が輩が賊に加担していたというのは、些か短絡的ではないですか? あの結界ができて、10年。誰かが解読した可能性は捨てきれない。あなたか、我が輩のどちらからか解錠術についての情報が漏れた可能性もある」
「ならば余と話そう、ヨシュアよ」
平行線を辿るアリアルとヨシュアの間に、国王が割って入る。
「ヨシュアよ。そなた、ユーリと名乗った魔族の研究に加担していたな」
「はて……、なんのことやら」
とぼけるヨシュアに、国王は数冊のノートをヨシュアの前でばら撒いてみせる。
ノートには「研究日誌」と書かれており、ご丁寧に「ヨシュア」という名前まで付いていた。
「すでにそなたの研究室、自宅、実家、また王国が認可していない秘密の研究所すべて調査済みだ。そこにはお前の字で『ユーリ』そして『魔族』と書かれている。お前が人間でありながら、ユーリという魔族と関わっていたことを示す証拠だとは思わぬか?」
それまで白を切っていたヨシュアも具体的な証拠が出てきたことによって、血相を変えた。いよいよ白状するかと思われたその時、ヨシュアは不敵に笑う。
「朝から探しておりましたが、すでに陛下の目に止まっているとは……。しかし、陛下。我が輩は――――」
「ヨシュアよ。そのノートに書かれていることについて、余はどうでもいいと思っておる」
「先の辻斬りの事件も同様です。もちろん、我が聖クランソニア学院の襲撃に加担したことも」
国王陛下のみならず、アリアルもさらっといいのける。
突然の無罪放免に、ヨシュアが1番戸惑っていた。
国王とアリアル、2人の顔に何度も視線を行き来した後、言葉を口にする。
異様な雰囲気をようやく察したのか、声が震えていた。
「あなた方は我が輩を処刑台に送るために、ここに連れてきたのではないのですか?」
「それなら衛兵に任せればよい」
「わたくしたちがあなたに聞きたいのは1つ」
アリアルはばら撒かれた研究日誌を拾い上げる。
パラパラと捲った後、とある1文を指差した。
「大魔王ルブルヴィムの身体は、今どこにあるのですか?」
「……なるほど。それが一番聞きたかったことか?」
そして、アリアルはゆっくりとヨシュアの周りを歩き始めた。
「1000年前、我らが母――聖霊エリニュームは大魔王ルブルヴィムを転生させることに成功した。しかし、同時に起こった勇者ロロの反乱、さらにその後に起こる魔界の混乱を経て、大魔王ルブルヴィムの肉体の在処は長らく所在不明になっていました」
「ルブルヴィムが転生した際、その魂こそ魔術で時空の向こうに流れたが、肉体だけは現世に留まったことは知っておる」
国王リュクレヒトは顎髭を撫でながら、語った。
「長らくその肉体はロロと魔族によって隠蔽されてきたが、ここ数年で聖剣に魔王の肉体の一部が使われていることがわかった。我々は魔族どもが隠していると思ったが、先の『王都瞬乱』にて、どうも魔族とは違う組織が関与していることがわかったのだ」
「その組織は人間、魔族、果てはエルフや獣人など。様々な種族が参加していることを我々は掴んでおります。おそらくユーリ――あなたたちでいうところのオリジナルユーリもまたその構成員だったのでしょう」
「そして、ヨシュア……。我々はそなたもその組織に関与していると考えている」
「は……。ははは…………」
ヨシュアは乾いた笑みを浮かべる。
「辻褄を合わせるだけの子どもめいた陰謀論ですな。人間でも、魔族でもない第3の組織? ゴシップ誌なら飛びつくでしょう」
「最後に弁明する機会を与えよう、ヨシュア。大魔王ルブルヴィムの肉体はどこにある?」
「答えるわけがないじゃないですか?」
「それは答えを知っていると受け止めていいのだな」
「ええ……。ただ聞く側が生きていればの話ですが」
ヨシュアは懐から薬を取り出す。素早く口の中に入れ、飲み込む。
途端ヨシュアの身体が膨れ上がると、針金にも似た黒い体毛が伸び、オオカミのような獰猛な牙と爪が光を帯びた。やがて膨らんだ身体は天井に届く。
出現したのは、講堂にも現れたマンイーターであった。
『ガウッ!!」
人間の言葉をなくし、獣となったヨシュアは玉座に座る君主に爪を立てる。
しかし、その巨躯は道半ばにして、半透明の壁のようなものに弾かれた。
『うがっ!?」
「いきなり陛下のお命を狙うとは、思い切りましたね、ヨシュア殿」
結界を挟んで、アリアナがヨシュアの前に立ちはだかる。
ヨシュアは乱心したかのように爪を振るい、無理矢理結界を壊そうとしていたが、すべて徒労に終わった。気が付けば爪も牙を折れていた。
「申し訳ありません、我が母よ」
「リュクレヒト、まだ人前ですよ。その呼び方は止めなさい」
何気ない2人の会話に、ヨシュアは激しく反応する。
それまで好戦的だった獣は、1歩、2歩と後退を始めた。
大きく見開かれたヨシュアの瞳に、ここに来て初めて恐怖が浮かんだ。
「ガウッ! ガガガッ、ガウンンッ!?」
瞬間、ヨシュアは四方を結界に囲まれていた。
段々と狭まっていく。容赦なく巨躯を押しつぶす。空気の流れすら遮断した結界は、ヨシュアの叫び声すら断ち切る。あっさりと圧殺されてしまうものの、断末魔の悲鳴がアリアナや国王に届くことは1度もなかった。
血も、肉も、骨すら残らず、ヨシュアだったものはこの世から消滅する。
「よろしかったのですが、殺してしまって」
国王は玉座から降りると、自分の上着をアリアルの肩にかける。
アリアルの表情は変わらない。あのルブルと相対する時と同じく、アリアルは穏やかに微笑む。
「所詮は三下……。大した情報は知らないでしょ」
「とはいえ、さして我々もまだかの組織に関してはあまり知りませぬ。こうなると、ルブルヴィムが殺してしまったオリジナルのユーリを生かしておけば良かったですな」
「困ったものです。あの子はいつも絶妙なタイミングで我々の邪魔をしてくる。1000年前もそう。そして今もなお、わたくしの目の上のたんこぶです」
「心中お察しいたします、我が母よ」
国王は深々とアリアルに頭を下げた。
「いずれあの子も知ることになるでしょう」
魔神會の名前を……。






