第70話 大魔王、覚醒!(前編)
☆★☆★ 第2巻 8月25日発売 ☆★☆★
発売まであと2日!!
「魔王様は回復魔術を極めたい~その聖女、世界最強につき~」第2巻
ブレイブ文庫より発売されます。
ゲーマーズ、メロンブックスでは、書き下ろしSSリーフレットが付いてきます。
週末すでに並んでいる書店もあるようです。
見かけましたら、ぜひよろしくお願いします。
「ふわぁ……」
むっ? 朝か?
その割には明るすぎるような気がする。
それに光の具合が朝日とは違うような……。
むむむ……。起きたて故に、まだ視界がはっきりせん。そもそもまだ眠い。
それにしても、いつの間に寝たのだろうか。
いや、そもそもアレンティリ家に帰った覚えすらないぞ。
落ち着け、ルブルよ。記憶を整理せよ。
まずは昨日のことを思い出そう。むむ……。昨日、何をしていたか記憶にない。
聖クランソニア学院で授業を受けた後、1度実家に戻って……。
そうだ。ドレス! ドレスを着たのだ。
それから……。
「ダンスパーティー!!」
我は全てを思い出した。
ハーちゃんたちとダンスパーティーに行って、そこでエリアナという『八剣』の第二席に絡まれたのだ。大食い競争で戦うことになり、そこで我は……。いや、そのことはどうでもいい。パーティーだ!
「ダンスパーティーはどうなったのだ!?」
タイミングよく焦点が合う。
ぼやけていた視界がはっきりと見えた時、我は絶句した。
別室にいたはずの我が、何故か講堂のど真ん中に立っていた。
それだけではない。講堂はまるで戦地のようにボロボロになっていたのだ。
「な、なんじゃこりゃあああああああああ!!!!」
淑女としての嗜みも忘れ、我は思わず下品に叫んでしまった。
床はめくり上がり、天窓は割れ、壁には激しい引っ掻き傷のような痕まである。
何より困ったのは、鼻の奥に染み入りそうな濃い血の匂いだ。
あちこちにべったりと張り付き、それがまた我を悲しくさせる。
何せこの講堂は我が入学試験を受け、春には華々しく入学式を迎えた思い出の地だ。無論、授業にも使われ、同級生たちと一喜一憂し、苦楽をともにした場所でもある。入学してからまだ日が浅いとはいえ、すでに多くの思い出が詰まった講堂を汚すとは一体何者だ。
「む?」
よく見ると、我と同じ顔?
もしかして、こやつあの時の辻斬りか。
こいつらがメチャクチャにしたのだな……。
だが、なんでこいつら倒れている。
「る、ルブル・キル・アレンティリ……?」
「エリアナさん? そうか。あなたが辻斬りを倒したのね」
「は? 何を言ってるの? あなたが倒したのよ、全員」
「……え? どういう――――あっ!?」
我はようやく事態を飲み込めた。
こやつら、我の寝込みを襲ったのだろう。
なんとも愚かな者たちだ。我は寝ている時にこそ真に強さを発揮するというのに……。
「ちょっと……。どうしたの、ルブル?」
「どうやら私は寝拳を使ったようです」
「寝拳????」
幾度も言っているが、我はすべての術理に通じている。
拳闘術も極めており、何千とある流派の技、型、奥義に至るまで体得済みだ。
中でも一番凶暴なのが幻の拳法『寝拳』である。
書いて字のごとく、この拳法は寝ている状態で発動する。
眠りに陥ったまま、身体を起こすという寝体術を会得した後、眠ったままで身体を鍛え、拳を極めていく。いずれ深く寝入った状態でも敵を圧倒するに至る無敵の拳法だ。
最初は寝ながら訓練ができれば良いなどと軽い気持ちで門を叩いたのだが、これがなかなかに凶暴だ。寝た状態とは、半ば無意識であるが故、簡単に理性の箍が外れてしまう。故に普段の何倍もの力を発揮することができるのだ。
「だからこの有様ですか? また皆さんを恐れさせることになってしまいましたね」
「いや、それは寝拳だけのせいじゃないと思うけど……」
背後を見ると、生徒たちが壁際まで下がっておののいている。
いずれの生徒も、顔から血の気が引いていた。
これではまたジャアクと言われるではないか。
我の努力を無駄にしおって……。
「そういえば、ハーちゃんとネレムは?」
我は気配を探る。どうやら2人は無事らしい。
何故か講堂全体に結界が張り巡らされていて、中に入れないようだ。
「外にいるようですね。ただ結界が邪魔をしているようです」
「結界? 一体誰が? 辻斬りルブルはもう――――」
「ククク……」
薄気味悪い笑い声が講堂に響く。
カチカチと歯を鳴らして、我の登場に恐怖していた生徒たちの注意も、ゆらりと立ち上がった者へと一旦向けられる。側にいたエリアナも、瞼を開き、信じられない光景を己の黒目に映した。
「生きていたのですか?」
立ち上がったのは辻斬りだ。
それも1体だけではない。1体、また1体と講堂のあちこちで倒れていた辻斬りが立ち上がる。何体か地面に臥した者もいたが、計13体の辻斬りが聖剣や、そのレプリカを握って、我に挑戦的な笑みを浮かべた。
「大魔王の眠りはなん人も妨げてはならない。古い魔族から聞いた教えでしたが、よもやこんな理由だったとは……。さすが我が君」
「その物言い……。ユーリ?」
ユーリとは以前、我の前に立ちはだかった魔族の名だ。
乳児未満だった我を母体もろとも殺そうとし、無理とわかれば我を玉座に据えようとした。ルブル・キル・アレンティリを御旗にし、セレブリヤ王国を新たな魔族の国に作り直そうとした小ずるく、どこにでもいる魔族の1人だ。
「ユーリ? なるほど。私のオリジナルはあなたにそう名乗ったのですか?」
「まるで他人事のように言うのですね。つまりその私そっくりな身体の中にいるユーリは、以前会ったユーリとは違うということですか? おそらく魔族たちが作った魂の転移の力ですね?」
我亡き後、魔族は人間に駆逐され、絶滅にまで追い詰められた。
そこで魔族が打った起死回生の手段が、魔族の魂を人間の身体に定着させるものだ。人間の身体にやつした魔族たちは、1000年もの時間をかけて社会に溶け込み、反抗の時を狙っていた。しかし、転生した我に叩きつぶされたというわけだ。
「私はずっと眠っておりました。そして目覚めた時にはすでに。どうやらオリジナルのユーリにとって、我々はバックアップだったのでしょう」
「あなたの出自など、どうでもいいことです。私が聞きたいのは、私の顔をした者の中に、何故ユーリの魂があるかということです。それも複数……」
「これは正真正銘あなたの身体ですよ、大魔王様」
ユーリもどきは不敵に笑う。
生徒からは我とユーリの会話は聞こえていないようだが、側で会話を聞いていたエリアナは内容についていけず呆然としていた。
かくいう我もわからなかった。我の肉体は転生とともに滅んだはず。つまりこの世には存在し得ないはずだ。いや、転生術に必要なのは我が宿業――魂だけとするならば……。
「あるんですか、私の肉体が……」
「はい。ここに」
ユーリもどきが我の前に掲げてみせたのは、こいつらが躍起になって探していた聖剣だ。一瞬我は眉を顰めたが、聖剣の本来の役目を考えた時、合点がいった。
「なるほど。故に対大魔王兵器だったわけですか」
ふと我は背後にいたエリアナと、奥の方で我とユーリもどきを見つめる生徒たちのことが気になった。今話しているのは、魔族が編み出した秘法の話だ。これ以上、人間に聞かせるわけにはいかないだろう。
【蝕道】
講堂に大きな魔法陣が浮かび上がる。
そこから黒い触手が伸びると、次々と魔法陣の中に引きずり込み始めた。
静かだった講堂は一転して、阿鼻叫喚の嵐となる。
皆が魔法陣の触手から逃げ回り、魔法陣から伸びた触手に捕まっていく。
「ぎゃー! なんだ、この触手!」
「いや、触らないで!」
「じゃ、ジャアク! やはりジャアク!!」
「キャアアア!!」
我に呪いの言葉を残して、生徒たちは消えていく。
見た目は闇魔術に見えるが、【蝕道】は転移魔術だ。
吸い込まれた先は安全な学院の外に指定しておいた。
講堂に貼られた結界の向こうの人間に保護されたはず。
我としては生徒を助けるつもりだったのだが、何故みんな我を呪い殺すような目で吸い込まれていったのだろうか。見た目はああだが、【蝕道】は便利な魔術だぞ。紳士的だし、あの触手も上手く操ればマッサージとかしてくれるしな。
ともかくこれで講堂は静かになった。
落ち着いて話すことができよう。
「続きをしよう。つまり我を斬るには我の力を借りるしかなかったということか」
「その通りです、我が君」
対大魔王兵器として使われた聖剣は、我が肉体を依り代として作られたということだ。ただ肉体のすべてが使われたわけではないだろう。おそらく使われた肉体はほんの一部だと思われる。だが、たとえ薄皮1枚であろうと効果は絶大。聖剣の能力を見れば、それは明らかだ。
「ユーリは大魔王の肉体の一部からその複製を生み出そうとした。結果、お前たちが生まれた。自分の魂をその肉体に降霊させたのは、複製して作った身体の中に我の魂が宿らなかったからだな。ちなみにその肉体が昔の我の姿ではなく、今のルブル・キル・アレンティリと酷似しているのは、共時性――――シンクロニシティというヤツだろう。我の魔力と複製体の魔力が共鳴し、その姿となったわけだ」
「素晴らしい慧眼! さすが我が君!」
見くびられたものだな。
物質の複製は少々ややこしいが、共時性などさして珍しくもない。
魔術の初歩の初歩だ。
「あなたたち、一体何を話しているの?」
我とユーリもどき以外の声が聞こえ、反射的に振り返る。
何故か、そこに黒髪の少女が立っていた。






