第68.5話 平民エリアナ・ルヴィエ(後編)
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「魔王様は回復魔術を極めたい~その聖女、世界最強につき~」第2巻
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「しまっ……」
自分の手から離れていく聖剣に向かって、辻斬りは必死に腕を伸ばす。
だが、エリアナがそれを許すはずもなかった。
エリアナはさらに踏み込み、【氷華蠍剣】を振るう。
冷たく、美しい刃が辻斬りの首を綺麗に落とした。
地面に転がった辻斬りは、顔を歪め、ガラガラと声を上げる。
「馬鹿な……。小娘程度に……」
続いて立っていた辻斬りの胴体が倒れる。
その顔も、身体からも生気は薄れていく。
じっと待ってみたものの再生する気配はなかった。
(相手が油断していたから勝てた)
薄氷の勝利であることは否めない。
同時にルブルが偽物であることも確信する。
仮に本物であったなら、今のでも倒せていないはずだ。
ルブルは初見回避不可と思われていたエリアナの技を破ったのだから。
(それにしてもあの再生力は? 最後、聖剣を気にしていたのも気になる)
エリアナは近くに刺さっていた【雷竜翠甲剣】を回収する。
それはいつぞやエリアナが、ルブルたちを介して回収した聖剣で間違いない。
(そもそも辻斬りから取り返した聖剣を、なんでまたこいつが持っているのよ)
疑念は尽きない。
しばし考えに耽っていると、後ろで歓声が聞こえた。
眉間に皺を寄せるエリアナとは対照的に、生徒たちは無邪気に喜んでいる。
エリアナを讃え、万雷の拍手でその功を労った。
生徒たちの称賛する姿を見て、少しずつエリアナに難敵を倒したという実感がこみ上げてくる。拍手に応えるべく、回収したばかりの聖剣を掲げようとした時、エリアナの手首はすでに切られていた。
「くっ!」
エリアナは反応する。
残った手で【氷華蠍剣】を握ると、反射的に薙ぐ。
甲斐あって、必殺の二撃目を防ぐことに成功した。
しかし、その顔を見て、エリアナは悲鳴を上げる。
「ルブル!? いや、違う!!」
それはエリアナが知るルブルではない。
そして先ほどまで戦っていた偽物とも違った。
事実、エリアナの視界には先ほど斬った辻斬りの遺体があったからだ。
2人、いや正確にいえば3人目のルブルが現れただけでも腰が抜けるほどの驚きなのに、エリアナはさらに絶望的な光景を目にすることになる。
「油断したな、No.2」
「小娘にやられるなんて。愚かとは思わないか、No.1」
「我らの面汚しだな、No.8」
「ククク……。私たちと同じ個体とは思えん。そうだろ? No.15」
2、3……、8……13……いや、それ以上いる。
エリアナが苦労して倒したルブルそっくりの辻斬りが17体。
濃い殺気をまき散らし、エリアナの方に歩いてくる。
どれも実力は先ほど戦った辻斬りと変わらない。
しかし、その辻斬りもエリアナがやっと倒せるほどの実力者だった。
それが17体……。
悪夢みたいな光景に、若くして聖剣使いになれたエリアナは呆然と固まった。
「聖剣使いは3人もいれば十分だ、No.5」
「じゃあ、我々は後ろの人間どもを殺すか、No.7」
「その前にあの壁の破壊からだな、No.10」
「めんどくさいなあ、No.16」
3人がエリアナを囲み、他のものがエリアナが張った氷壁に近づく。
先ほどまで声援と拍手を送っていた学生たちの顔はたちまち青くなっていった。
迫ってくる複数のルブルの顔をした辻斬りを見て、こちらもまた悪夢とばかりに悲鳴を上げる。講堂の壇上にまで上がって、後ろへ下がっても、壁を壊されては気休めにもならなかった。
「どいて!!」
エリアナはただ黙って立っていたわけではない。
先ほどと同様に抜刀術の構えを取る。
滑走を使った歩法で目の前の辻斬りの首を落とそうとした。
ギィン!!
エリアナの【氷華蠍剣】があっさりと弾かれる。
必殺の【蒼翔斬月】も破られ、一瞬エリアナの力が抜けた。
そこに殺到したのは、聖剣あるいは聖剣のレプリカだ。
エリアナは寸前で返したが、次々と繰り出される斬撃に押し込まれる。
そもそも片手では満足に力も入らなかった。
(守らなきゃ!!)
エリアナは抵抗を止めない。
(期待に応えなきゃ!)
その時、背中が冷たい感覚に反応する。
いつの間にか自分が張った【氷結壁花】を背にしていた。
壁の向こう側では、顔を引きつらせた生徒たちがエリアナに張り裂けんばかりの声を上げている。
「何をやってんだよ、聖剣使い!」
「もっと頑張れ!!」
「お前!! 平民だろ!!」
「オレたちの盾になれ! 平民!!」
そう。エリアナは平民だった。
『八剣』で唯一の平民だ。
聖剣を下賜された唯一の平民でもある。
ずっと言われてきた。
自分には才能がある。人にはないことができる。
だから「唯一の平民」になれと、周囲から期待されていた。
いや、みんなエリアナならなれると信じて疑わなかった。
エリアナは努力した。
みんなの期待に応えるために。
志半ばで散ったレオハルトの意志を継ぐために。
血反吐を吐き、身体がボロボロになるまで鍛え抜いた。
そして彼女は期待に応えた。
「唯一の平民」になれた。
でも、終わらなかった。
耳を澄ますと、聞こえてくる。
自分を期待する声、守ってほしいと思う声。
……違う。
それは人の声ではない。
エリアナはこの土壇場になって、気づいた。
それは外から聞こえる声ではなく、自分の心から聞こえてくる声であることを。
ドンッ!!
轟音が耳をつんざく。
分厚い氷の壁がガラガラと崩れていく。
いよいよ辻斬りが生徒に襲いかかる姿を見た。
同時にエリアナの首にも辻斬りたちの刃がかかる。
「終わりだ。死ね」
それまで毅然と戦い続けてきたエリアナの目に涙が浮かぶ。
1滴の涙滴が頬を伝い、地面に落ちて弾けた。
「誰か……。たすけて」
ドオオオオオオオオオオオオンンンンンンンンンンン!!
砲声にも似た轟音が講堂を揺らす。
気づけば、エリアナは誰かに抱え上げられていた。
そっと顔を瞼を開けた時、自分を抱き上げた者の姿を確認する。
揺れる銀髪は美しく、硬く閉じた瞼には何か怒りのようなものが混じっているように感じた。
女神のような美しさに圧倒されながら、突如現れた聖女候補生の名前を口にする。
「ルブル・キル・アレンティリ……?」
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