第66.5話 それぞれの思い(後編)
ブレイブ文庫より
『魔王様は回復魔術を極めたい~その聖女、世界最強につき~』第2巻が、
8月25日発売です! ご予約よろしくお願いします。
メロンブックス様、ゲーマーズ様でお買い上げいただきますと、
特典として書き下ろしSSが入ったペーパーがついてきますので、
お近くの方はぜひ!
(後書きの下にリンクがあります)
◆◇◆◇◆ ????? ◆◇◆◇◆
ルブルが『八剣』のメンバーと親交を深め、聖クランソニア学院のダンスパーティーが最高潮に盛り上がっている頃。
5階建ての集合住宅の屋根の上で、黒いローブを着た者たちが並んでいた。
その視線の先にあるのは、聖クランソニア学院だ。
校舎の明かりは落とされているが、その向こうの講堂は煌々と輝いている。
夜風に揺れるフードから垂れた銀髪。
その奥の顔はみんな揃って同じ顔だが、表情だけは違っていた。
「あそこに大魔王ルブルヴィムがいるのか?」
1人が問えば、1人が答えた。
「ああ。間違いない」
「早速行こう」
「待て。その前に結界を解く必要がある」
「結界はいつ解ける?」
「あの結界を解くには、我らでは無理だ」
「案ずるな。すでに協力者を雇っておいた」
「あいつらで大丈夫か?」
「ヤツらはあの学院の関係者だ。問題ない」
「もうすぐだ、大魔王ルブルヴィム。会ったが最期……」
お前を殺す……。
◆◇◆◇◆ テオドール ◆◇◆◇◆
聖クランソニア学院中庭。
整えられた芝生に、大きな噴水。
さらに薔薇園が近くにあって、高貴な香りを風が運んでくる。
昼休みともなれば、生徒は大きなバスケットを持ち込んで昼食を取り、放課後となれば恋人たちが愛を語る。
そんな憩いの場で響いていたのは、甲高い金属音だ。
闇の中で場所を変えて明滅する様は、その度に星が生まれたような輝きにすら感じる。だが、その正体は激しい剣戟を伴った真剣戦だった。
「おらああああああああああああ!!」
バーミリアが聖剣のレプリカを振り下ろす。
その剣は速く、何より纏った魔力の量は尋常では無い。
しかし果たして無敵かといえばそうではなかった。
狙いは明らかで、剣筋も素直なので読みやすい。
つまり、回避がしやすかったのだ。
「はっ!」
テオドールはバーミリアの剛剣を横に避ける。
さらに懐に飛び込むと、脇を狙って剣を振り抜いた。
バーミリアは舌打ちをしながら、無理矢理身体をねじって回避する。
一旦距離を取って、息を整えた。
「くそ! なんだってんだ!!」
バーミリアは額を拭う。本人は汗を拭ったつもりだったが、腕にべっとりと血の痕が付いていた。その巨体にはすでに無数の傷が付いている。浅く斬られたものがほとんどだが、血まみれのおかげで大怪我を負っているように見える。
致命傷は皆無だが、今の有様は屈辱以外の何者でもない。
(こいつ、本当に俺様が1年前にボコした王子様か?)
1年前はちょっと弁が立つ小うるさい優等生だった。
王子だと知ったのは事件の後だが、腕っ節も剣の腕もからっきしだったはず。
見違えるようだった。
「おい。お前、1つ聞かせろ?」
「なんだ?」
「1年前、王族を殴った俺様は間違いなく死刑になるはずだった。でも、俺様は生きている。お前が俺様の助命を嘆願したというのは本当か?」
「……さあな。1年前のことなので覚えていない」
「はあ……?」
「覚えているのは、あの時に負った心の痛み、自分の不甲斐なさだけだ」
「はっ! 復讐するために俺様を生かしたってのかよ?」
「覚えていないと言ったろ。さあ、俺の質問にも答えてもらおうか。バーミリア、お前こそこんなところで何をしている。その聖剣のレプリカはどうした?」
「答える必要なんてないね」
バーミリアが再び仕掛ける。
聖剣のレプリカを片手で軽々と持ち上げると、人より長い腕をしならせテオドールの脳天に落とす。漣のようにぶれた一撃も、テオドールは冷静に躱した。
(いける! 鍛錬と、ルブルさんの教えが役に立ってる)
弟子にこそしてくれなかったが、テオドールはルブルからある種の薫陶を受けていた。
『テオは私が見たところ、肉体的にも潜在的にも凡庸です。それは悪いことではありません。尖ったところがないということは、特別弱点もないということです。ただ1つだけ、テオが他の人よりも勝っている部分があります』
テオドールは死地の中にあって、カッと目を見開く。
剣筋は勿論、相手の肩、頭、腕、腰の向きを確認する。
その動きを総合し、判断した時、テオドールの身体は次の行動に移行していた。
(横薙ぎが来る!!)
バーミリアの横薙ぎを難なく躱す。
簡単にやっているように見えるが、本当に凡庸な騎士なら真っ二つになっていただろう。かといって、テオドールが速く動いたわけではない。
バーミリアの次の攻撃を予想し、半歩前から動いていたからだ。
所謂、『読み』の強さだが、テオドールの長所はそこではない。
死中にあっても、敵の全体を観察し、見ることができる精神の強さだ。
敵味方関係なく間合いに入れば、1番気になるのは敵の武器だ。
懐深く潜れば潜るほど、自分を傷付ける刃の場所が気になるのは必然と言える。
しかし、テオドールは死中にあっても、常に敵の全体を捉え、観測できる冷静さがある。
加えて頭も回るので、敵の動きを読み、出力することができるのだ。
そうやって地道にバーミリアを傷付けていたテオドールはついに必殺の間合いに飛び込む。
「終わりだ! バーミリア!!」
「テオドール王子! 王子? そこにいらっしゃるのですか?」
テオドールの動きが止まった。
目の端でドレス姿のイザベラを視認する。
たぶんなかなか現れない王子に痺れを切らして、外に出てきたのだろう。
瞬間、テオドールの側でぬるりとした殺気が沸き立つ。
悲しいかな。テオドールの読みは目の前にいたバーミリアの次の動きを予測できた。固まるテオドールを余所に、バーミリアは力強く踏み込むと、イザベラの方に向かって走った。
「しまった!!」
遅れてテオドールも走り出す。
「イザベラ! 逃げろ!!」
「えっ!?」
イザベラがテオドールの声に反応する。
彼女が見えたのは、大男が刃を振り上げた瞬間の姿だった。
「よう! 公女様! 久しぶりだな!!」
「ひっ!!」
「イザベラ!!」
三者の声が重なる。
テオドールは足が千切れてもいいぐらい限界を超えて走った。
その甲斐はあった。バーミリアとイザベラの間に割って入ることができたからだ。
奇しくもその姿は、1年前と重なる。
ザッ!!
血しぶきが舞う。するとゆっくりとテオドールは倒れた。
イザベラの横でだ。甲高い悲鳴が響き渡る。
倒れたテオドールとイザベラの姿を見て、バーミリアは自然とこみあげてきた笑みを隠さない。さらに凶刃を光らせ、2人の前で掲げた。
「いつまで時間がかかってるんだ、バーミリア」
気が付いた時には、男が立っていた。
黒髪を獅子の鬣のように揺らし、古びた学院の制服を肩にかけている。
その手にはバーミリアと同じ聖剣のレプリカが握られていた。
「か、カタギリか?」
「カタギリさんだろうが……。オレは先輩だぞ」
「チッ! こんな時に説教かよ」
「目的を忘れてないだろうな」
「わーってるよ! こいつらを始末したら、行こうと思っていたところだ」
「もういい。オレがやっておいた」
「あっ!」
バーミリアは反射的に空を仰いだ。
夜との間に膜のようなものがあり、油のように滲んでユラユラと揺れている。
聖クランソニア学院が誇る結界だ。
【大聖母】が作ったオリジナルの結界。
それが今、空から消えようとしていた。
「そんな……、【大聖母】様の結界が……」
目を潤ませながら、イザベラは信じ難い光景を目にするのだった。
☆★☆★ 9月刊情報 ☆★☆★
9月12日発売!!
「おっさん勇者は鍛冶屋でスローライフはじめました」単行本4巻!
重版している大人気シリーズになります。
書き下ろしマンガ、SSと特典も盛りだくさんなので、ご予約お願いします。






