第66話 それぞれの思い(前編)
「46枚と46枚の同点とはね。頑張ったわね、エリアナ」
大食い対決を終えたエリアナは、別室で横になり休んでいた。
すぐ側にはグリフィルがいて、小さな聖剣使いを介抱している。
部屋の中は静かだったが、講堂ではダンスパーティーが続けられていて、緩やかな音楽とともに学生がはしゃぐ声が聞こえた。
「負けよ。実質負け。あの子の回復魔術がなかったら、あんなに食べられなかった」
「回復魔術で食欲増進なんて聞いたことないんだけど」
「ホントよ。なんか身体から力が漲ってくるっていうか。あーっ! もう。なんか思い出してきたら腹が立って、イテテテテ!!」
ソファの上でジタバタと地団駄を踏むのだが、静かにしろとばかりにお腹が痛みを訴える。エリアナは再び安静を強いられることになった。
「エリアナがあんなに人様に敵意を剥き出しにするのも珍しいわね。何か理由があるの?」
「別にないわ。けど……」
「けど?」
「負けたままは嫌だから」
「ふふ……」
「何がおかしいの?」
「エリアナにもそういう気持ちがあるのねって思って。ジャア――じゃなかった、ルブルさんはそんなに強いの?」
「……強い。だから、不安なの。あいつが本当にジャアクだった時、レオハルトとの約束を守れるのかなって」
エリアナは身体を起こす。
「ちょっと。まだ大人しくしておいた方がいいんじゃないの?」
「見廻りに行く」
「見廻りって……。学院は大丈夫よ。関係者以外入れない結界も貼ってあるし」
「でも、学院には学生がいるでしょ。校則違反とか、その、ふ、不純異性交友とか」
「エリアナ、意味をわかっていってる?」
「ば、馬鹿にしないで。それぐらい知ってる」
真っ赤になって反論するエリアナを見て、グリフィルは頭を抱えた。
「わかったわ。シルフィが戻ってきたら、見廻りをしましょ」
「シルフィはどうしたの?」
「すぐ戻ってくるって言ったきり、戻ってこないわね。あの子、方向音痴だから迷ってるのかも。あの子、未だに学院の中でも迷うぐらいだから」
2人は首を傾げた後、シルフィが出ていった部屋のドアの方を見つめるのだった。
◆◇◆◇◆
「ごめんね、ルブルさん。はい。これ胃薬」
講堂から少し離れた別室で休んでいた我に、薬を手渡したのは、シルフィという『八剣』の第三席だった。
いきなりズカズカと部屋にやってきたと思ったら、エリアナの対戦者だった我を見舞いにやってきてくれたのだ。渡された薬を、白湯に混ぜて飲んでみると、身体が軽くなったような気がした。軽やかに動くことはまだまだできないが、身を起こすことぐらいはできるようになる。
「ありがとうございます、シルフィ先輩。……って、私の顔に何かついてます」
「いやあ。噂では聞いていたけど、ルブルさんって本当に綺麗ね」
「ふへっ? いや、それほどでも」
「入学試験の時に鑑定具で『ジャアク』って出たから、どんな怖い新入生なのかなって思ってたけど……。良かった。いい人そうで」
「は、はあ……」
我を『ジャアク』と鑑定した魔導具も決して間違いというわけではない。
中身は1000年前に人を恐怖のどん底に落とした大魔王なのだからな。
そんなことを言えば、この人の良さそうな先輩も見る目が変わるだろう。
「あのね。エリアナちゃんのことも誤解してほしくないんだ。……本当はもっと優しくて、どっちかというと寡黙でボーッとしてるタイプの子だから」
エリアナが寡黙? ボーッとしてるタイプ??
そんな風に見えないのだが……。どっちかというと真反対。
口やかましい先輩にしか見えぬ。
「今はそう見えないでしょ?」
「え? その……正直にいうと」
「昔は本当に何を考えているかわからなくて、お人形さんみたいだったの」
エリアナとシルフィは幼馴染みらしい。
前者は平民、後者は伯爵令嬢だが、エリアナの家は昔から貴族相手に食器などを卸す工房を営んでいて、その縁からシルフィの家とは家族ぐるみの付き合いがあったそうだ。
「最初エリアナちゃんに剣と魔術を教えたのは、うちのお父さんなの。元々聖剣使いに後一歩というところまでいった剣の使い手だったんだけど、そのお父さんが認めたのがエリアナちゃんだったの」
その後シルフィの家が後ろ盾となり、エリアナは王都でも有数の剣術道場に通うことになった。そこでメキメキと頭角を現し、平民でありながら推薦で聖クランソニア学院に入学したのだという。
「ルブルちゃんはレオハルト・フォー・ブライウッドって知ってる?」
知らん名だな。正直、我は俗世に疎い。
人生の9割を修業に費やしているし、何よりまだ5歳だ。
個人名を出されても、ちょっと困る。
首を振る我の代わりに、興奮気味に答えたのはネレムだった。
「現『八剣』の第一席ですよね。1年前に聖剣使いになったっていう。今、休学してる……」
「多分、もうすぐ発表されると思うけど、レオハルトさんは亡くなってるの」
「な、亡くなってる!?」
素っ頓狂は声をあげたのは、ネレムと同じく話を聞いていたハーちゃんだ。
「あなたたちが入学する前。エリアナちゃんが聖剣使いの審査を受ける直前に……。病気で亡くなったの」
「病気……」
「生徒みんなから慕われていてね。エリアナちゃんもそうだった。本当に兄妹みたいに仲が良くて」
そのレオハルトが亡くなった。
エリアナの悲しみは幾ばくのものか。想像に余りある。
我とてマリルやターザム、それにここにいるハーちゃんやネレムが死んだと聞けば、未だにこの未熟な精神を抑えることはできず、慟哭に震えるであろう。
「エリアナさんが変わったのは、それからですか?」
「『八剣』はレオハルトさんが作ったの。今はお休みしてるけど、学院の自警団的な組織でね。荒っぽい生徒が多かったし、貴族と平民の対立もあったから。……だからエリアナちゃんはレオハルトさんが亡くなった後、『八剣』を存続させることにこだわってた」
「だから、辻斬りを追いかけてたんですね」
「そう。カタギリくんの騒動があって、『八剣』の名は1度地に落ちた。だからエリアナは必死になって、信頼を取り戻そうとしてた。何よりレオハルトさんに直接託されたのが大きいんだと思う」
『エリアナ……。【八剣】を頼むぜ」
我はレオハルトという男を知らない。
しかし、今シルフィの表情を見て、よほどの益荒男であったことは想像できる。
エリアナほどの才気に溢れた天才を心酔させる男だ。
叶うならば、会いたかった。人にここまで死んだことを悔やませられる人間が如何様なものなのか、興味があったからだ。
「大丈夫ですか?」
質問したのは、ハーちゃんだった。
すると、シルフィは首を振る。
「大丈夫……じゃないかもね。今のエリアナちゃんはちょっと可哀想なぐらい色々なものを背負い込んでる」
「それは何となくわかります。わたしが言っているのは、先輩が――です」
「え?」
「勝手な想像でごめんなさい……。あの……、シルフィ先輩はレオハルト先輩のことをお慕いしていたのではないですか?」
瞬間、シルフィの目から涙がボロボロとこぼれる。
あれ? と涙している自分に気づかず、シルフィは泣き続けた。
ハッとするほど美しく感じるのに、我が胸を締め付けるのはただ悲しみだけだった。
きっと気づかなかったのは、涙だけではない。
彼女の奥底の心もまた、本人自身が気づいてなかったのだろう。
そこに気づいたハーちゃんはさすがとしか言いようがなかった。
「先輩すみません。わたし、余計なことを……」
「いいのよ。ハートリーさんだっけ。ありがとう」
シルフィは笑顔を見せる。
「先輩、私からも謝罪を……。私の回復魔術が未熟であるが故に、レオハルト先輩を生き返らせることはできない。でもいつかこの学校を卒業するまでは、回復魔術を極める故に、少し待ってくれ」
「る、ルーちゃん……」
「あ、姐さん、それは……」
我の発言に、ハーちゃんもネレムも血相を変えるが、当のシルフィはプッと噴き出した。
「噂に聞いていた以上に面白い子ね。ありがとう。あなたなりに、私を慰めてくれてるのよね」
慰めてというには、誓いだな。
回復魔術を極めれば、いつか死人だって生き返らせることができるであろう。
我はそう信じておる。
「ルブルさん、ハートリーさん、それと……」
「ネレムっス」
「ごめんなさい、ネレムさん。3人ともありがとう。できれば、今後もエリアナちゃんと仲良くしてあげてね」
シルフィはそう言い残し、部屋を後にした。
最初に会った『八剣』が随分と生意気な人間だったから、ひねくれ者の集団かと思いきや、シルフィはかなり常識的な娘のようだ。
「良い人だったね、シルフィさん。……ルーちゃん、エリアナ先輩と仲良くできそう?」
「私は元から先輩と仲良くしたいと思ってますよ。ただ……」
エリアナから感じていた焦りのようなものの理由はわかった。
でも、我には彼女はもっと大きなものを背負っているように見えた。
レオハルトの死は、その一部でしかない。もっと根本的な部分に何か問題があるように、我は剣を交えてみて感じていた。
ふつー先生が描く『魔王様は回復魔術を極めたい~その聖女、世界最強につき~』第2巻の書影はいかがだったでしょうか? めちゃくちゃ色合いが綺麗で、作者も気に入っております。
ふつー先生、ありがとおおおおおおおおおおおおお!!
8月25日発売です。
後書き下にリンクも貼っていますので、そちらからどうぞ!






