第62話 魔王様と第二席
☆★☆★ 好評発売中 ☆★☆★
「魔王様は回復魔術を極めたい~その聖女、世界最強につき~」第1巻がブレイブ文庫様より発売されました。イラストレーターはふつー先生です。
重版したいのでよろしくお願いします!!
「覚悟なさい。辻斬り……」
その言葉は氷のように冷たかった。
我に捧げられた氷の刃の鋒は、そのままゴムのように伸びると、いつの間にか我の喉元に届いていた。冷ややかな必殺の一撃に我は持っていた聖剣を掲げて、対処する。
「まさか私が剣を使わされるとは……」
別に初めてのことではない。
ただ転生し、人間の身体になってからは初だ。
今の人間の身体はまだまだ脆弱だ。だからこそ鍛えているのだが、それでも魔王だった頃と比べれば、1万分の1の実力も出せていない。
いつか我に剣を使わせるものが現れるだろうと期待していたが、よもや17の娘が最初の1人になったことに驚きを禁じ得なかった。
驚いていたのは、何も我だけではない。
目の前で切り結ぶエリアナもまた一瞬身を固くしていた。
おそらく彼女にとって、必殺の一撃であったのだろう。
まあ、確かに我でなければ、初見で見切るのは不可能であろうな。
「なかなか面白い動きですね。まさか滑走することで距離を詰めてくるなんて」
「…………!?」
瞬間、エリアナは馬車を避ける猫のように慌てて後ろに下がった。
最初の勇猛さは消え、慎重に我の隙を窺うように回り始める。
初撃を止められた上に、自分の剣術の極意をあっさり看破され、ようやく相手の力量に気づいたらしい。【八剣】の第二席にして、聖剣に選ばれた神童という触れ込みは、伊達ではないというわけだ。
「魔術で地面を凍らせた傾斜を作り、自重と足の指の動きだけで相手に近づく。ほぼ身体を動かさず接近し、キルゾーンに入って一気に加速する。いつの間にか距離を詰められるているから、相手は剣や身体が伸びたように錯覚するのでしょう。なかなか理にかなった面白い歩法です」
「今の技――――【蒼翔斬月】と呼ぶのだけど、見たことがあるの?」
「初めてですよ。初見じゃなかったら、あなたの剣も返しています」
「返す?」
「剣に、二剣入らず。それが私の剣術の考え方ですから」
我は持っていた聖剣を捨てる。
自分の考えを実践するためではあるが、同時に目の前の第二席殿に敵意がないことを見せるためだ。
「観念した?」
「いえ。誤解を解こうと思いまして」
「誤解?」
エリアナが眉を寄せる。
「そうです。誤解なんです」
「ルブルの姐さんに何かしてみろ。あたいが許さねぇからな!」
我の言葉に、ハーちゃんやネレムも同意した。
だが、その口はすぐに閉じられることになる。
残っていた2人の生徒が、ハーちゃんたちに刃を向けたからだ。
「お静かにお願いします」
「訳ありみたいだけど、ちょ〜っと大人しくしててね」
おさげ髪の少女は、涼やかに注意を与えれば、ピンク髪の聖騎士は薄く笑みを浮かべながら、ハーちゃんとネレムに刃を向ける。おそらく2人とも【八剣】であろう。手には聖剣のレプリカが握られていた。
「あんたら、【八剣】の第三席と第五席だろ。名前は確かシルヴィとグリフィル……。誤解なんだよ。なんであんたたちが辻斬りを追いかけているのか知らないけど、ルブルの姐さんは辻斬りなんかじゃねぇ! そっくりだけど違うんだ」
「知ってる。学院で『ジャアク』のあだ名で通ってる新入生よね。うちのミカギリがお世話になったっていう」
「それも全部誤解なんです。ルーちゃんはとってもいい子で……。確かにジャアクと言われているけど、絶対に辻斬りなんてしません」
ハーちゃんとネレムはそれぞれ我を擁護する。
対してシルヴィは何も言わず、我とエリアナの睨み合いを見ていたが、グリフィルは頬を緩め、ハーちゃんたちの言葉に耳を貸した。
「美しい友情だわ。ちょっと妬けちゃうかも」
「なら今すぐ……」
「でも、ごめんね。うちの第二席が剣を下げない限り、あたしたちが先に下げるわけにはいかないのよ」
「そんな……」
ハーちゃんの顔がたちまち青くなる。
「悪いんだけど、あたしたちじゃエリアナちゃんは止められない。シルヴィちゃんにもね。止められる者がいるとすれば、今不在の第一席か。あるいは……」
グリフィルは我とエリアナの対峙に視線を戻す。
先ほど勢いよく初撃を我に打ち込んできた時とは違って、エリアナはかなり慎重になっていた。しかし剣を下ろす様子はない。むしろ逆だ。何かを仕掛けようと準備をしているように見える。
ふふ……。あまりこういう気分になるのは状況的に不謹慎だとは思うが、何だかワクワクしてきたぞ。必殺の一撃を防がれ、次弾に何を仕込むのか。それなりに時間をかけて練り込んでいるのだ。初弾を超えるものであることは間違いあるまい。
エリアナは【氷華蠍剣】の刃を立てる。
魔術による呪文を紡いだ。
「霧を呼びし者、凍てつく刃と化せ。凍れ。凍れ。冷酷なる審判よ、氷霧散刃と共に全てを凍りつかせ、刹那の光となれ。我が魂すら」
聞いたことがない魔術だ。
おそらくオリジナルの魔術だろう。
剣の腕だけではなく、まさか魔術にも通じているとはな。
潜在能力ならばロロ並み、いやそれすら超える逸材かもしれない。
目の前が霧に覆われ、真っ白になる。
深い霧の中から現れたのは、無数の氷の剣だった。
「ほう……。こう来ましたか! さては私の言葉の意趣返しですか?」
「二剣はいらないというなら、これならどう?」
霧凝の氷牙!
何百という氷の刃がほぼ同時に我に向かって襲いかかってきた。
しかも霧が濃く、どこから剣が飛んでくるか寸前までわからない。
そして剣に囲まれた我に逃げ場はなかった。
ガガガガガガガガガガガガッ!!
氷山が砕けたような音が下町の通りにこだまする。
ネレム、ハーちゃんの悲鳴が聞こえた。
それでもエリアナは容赦なく魔術を振るい続ける。
「エリアナちゃん、さすがにやりすぎじゃ」
「そうよ。相手は1人よ、エリアナ。何もここまで」
戦いが始まってから一言も口を挟まなかったシルヴィとグリフィルは、青い顔をしながら同じ【八剣】の少女に声をかける。
「いえ。やりすぎなどではありません。むしろ足らなかったですね」
「「「「え?」」」」
それぞれの声が重なる中で、エリアナだけが目を細めた。
濛々と漂う白い霧の中から我が現れる。
ネレムがガッツポーズを取ると、後ろでハーちゃんは口に手を当て喜んでいた。血相を変えたのは、【八剣】たちだ。
「うそ……」
「ちょっと待って。あれを受けて、無傷なわけ?」
「無傷というわけではないですよ。1発当たってしまいました。まあ、かすり傷程度ですけど……」
我は制服に付着した氷の欠片を払う。
余裕の表情の我を見て、エリアナは声を震わせた。
「どうやって……」
「私は『剣は、二剣も入らず』と言いました。それも3本も4本も変わりません。もちろん、千も1万もです」
我は持っていた氷の剣を地面に突き刺す。
百以上の剣を打ち払った氷の剣は役目を終えた瞬間、バラバラに砕け散った。
「あの同時攻撃を……」
「全部捌いたっていうの?」
信じられないと固まるシルヴィとグリフィルの方を見て、我は努めてにこやかに答えた。
「同時攻撃と言っても、全ての剣が同時刻に着弾するわけではありません。どうしても0.1、あるいは0.03のタイムラグが生じます。それだけの時間があれば、通常の体捌きで十分対応可能です」
「人間業じゃない」
「ば、化け物……」
化け物とは失敬な……。
昔の我ならいざ知らず、こんな可愛い美少女なのに、2人の目は節穴か?
仮に我の体捌きを指しているなら、別に驚くべきことでもないだろう。
2、30年ほど毎日剣を10万回振っておれば、自ずと誰でもできることである。
こう言ってはなんだが、エリアナの剣はまだまだ遅い。
魔界に住むスカイビーという蜂の大群の方がもっと強かで、速い。思い出したら懐かしくなってきた。子どもの頃、スカイビーの巣を突いて、刺されなくなるまで攻撃を捌き続けるという修行をやっていたものだ。
「2人ともどいて」
見ると、エリアナが再び構えている。
手には当然【氷華蠍剣】だ。
魔力が集中し、すでに周囲の空気が凍てつき、氷の粒ができていた。
「聖剣の力を解放する」






