第61話 魔王様と辻斬り
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「魔王様は回復魔術を極めたい~その聖女、世界最強につき~」第1巻がブレイブ文庫様より発売されました。イラストレーターはふつー先生です。
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王都にて辻斬りなる者が蛮行を犯していることは、数日前より教官殿から知らされていた。そのため聖クランソニア学院では非常シフトが敷かれている。具体的に言えば、部活動の禁止、集団での登下校の推奨、寮生の不要不急の外出禁止などなどである。
最初からこうだったわけではない。
辻斬りの事件の第一報があってからは、聖クランソニア学院は生徒に注意を促すだけだった。しかし一向に犯人は捕まらず、第2、第3と被害者が増え、そして昨日ついに非常シフトが敷かれたというわけだ。
決め手となったのは、一昨日の夜だ。
ついに聖クランソニア学院の生徒の中に被害者が出てしまった。
一命は取り留めたようだが、未だに意識が戻っていないらしい。
そのため昨日から教官たちは授業そっちのけで、対応に追われている。
教職員というのは、生徒に知識や経験を与えるだけが仕事ではない。生徒の安全を守ることも仕事のうちだという。なんと大変な職業であろうか。今度、また大魔王に転生してしまったら、我は教職員だけは殺さずにおいてやろうと固く誓った。
ついこの間まで、戴剣式が厳かに行われていたとは思えないぐらい、今学院はおろか王都はピリピリしている。我としては、早く犯人が捕まることを祈るばかりだ。何せ授業がなかなか進まぬからな。
なので、1度ゴッズバルド元大将に手を貸してやろうかと持ちかけたのだが、残念ながら拒否されてしまった。『今回のことは人間が犯した事件ゆえ、ルブル殿はしっかり勉学に励まれよ』と、逆に釘を刺されてしまった。まったく……。その勉学ができぬから手を貸してやろうと言っているのに。
しかし、ゴッズバルドの立場がわからぬほど、我も物を知らぬわけではない。夜な夜な王都に出かけ、辻斬りを捜すこともなく、我はハーちゃんを下町にある商店に送り迎えしていた。
「ごめんね、ルーちゃん。付き合わせちゃって」
「気にしなくていいですよ。むしろこうやってハーちゃんと一緒に登下校できて、楽しいんです」
「ネレムさんも……」
「ハートリーの姐貴を送り迎えするのは、あたいの務めみたいなもんスから」
こうやって周りがピリピリムードでも、3人一緒に登下校できるのは良い。
友達とは本当に不思議な存在だ。特にハーちゃんやネレムは側にいるだけで、心が浮かれてくるのがわかる。
「ルーちゃんもネレムさんも強いのはわかってるけど、気をつけてね」
「油断はしていません。でも、辻斬りが私の前に現れた時が運の尽きですね」
我は思わず大魔王スマイルを浮かべる。
その横でネレムが手を振った。
「ルブルの姐さんが強いのは知ってますけど、気をつけてくださいね。あたいが仕入れた情報によれば、被害に遭ったっていう聖クランソニア学院の生徒なんですが、銀髪だったそうですよ」
「銀髪……?」
皆の視線が我の髪に向かう。
「偶然……だよね?」
ハーちゃんが恐る恐る尋ねると、またしてもネレムは手を振った。
「そうでもないらしいです。辻斬りの被害者がここのところ増加傾向にあって、前は主に聖剣使いが狙われていたそうなんですけど、最近銀髪の女性も増えてるって」
「そんな……」
ハーちゃんは我の腕にしがみつく。
震えていた手には、我はそっと手を重ね、ネレムの話に耳を傾けた。
「模倣犯だという説が有力ですけど、切り傷を見る限り、聖剣が使われた可能性が高いって」
辻斬りの1つの特徴として、聖剣が使われていることは周知の事実らしい。王国はこの事実を否定しているが、目撃者によれば間違いないそうだ。
「だから、ルブルの姐さんが1番気をつけるべきなんスよ」
「私の強さはあなたたちもよく知ってるでしょ。それに私には優秀な番犬がいますからね」
『それって俺様のことかよ?』
突如下町のど真ん中に現れたのは、真っ黒な大型犬だ。
ケルベロスことケルちゃん。我の新しい使い魔である。
さすが地獄の番犬だけあって、生まれたばかりでも魔術を理解できるらしい。
こうして気配と姿を消す魔術もお手のものだ。
「頼りにしてるわ、ケルちゃん」
『ふん』
そっぽを向くと、ケルベロスは消えてしまった。
「随分と大人しくなったね、ケルちゃん」
「ええ。何か心境の変化があったようですね」
「ルブル姐さんの愛の力ッスかね?」
3人で雑談していると、またケルちゃんが話しかけてきた。
文句でもいうのかと思ったが、何か空気が違う。
『おい。ご主人様』
「なんですか、ケルちゃん」
『何か近づいてくる』
「何かって……」
タンッ!
背後で足音が聞こえた。
反射的に振り返ると、立っていたのは黒のローブをすっぽりと被った少女だった。どうやら4階建ての集合住宅の屋根から降りてきたらしい。なのに軽やかな身のこなし。さらにミステリアスな雰囲気、そして血の匂い。
我は瞬時に判断する。
「辻斬りか!?」
驚きよりも、歓喜が沸き立つ。
本人に遭遇して打ち倒したとなれば、ゴッズバルドも我を叱れまい。
こちらとしては飛んで火にいる夏の虫だ。
「ケルちゃん。2人を守って」
我の声に反応して、再びケルベロスが出てくる。
牙を剥き出し、唸りを下町の通りに響かせた。
『ちっ! お守りかよ。俺様にやらせろよ、ご主人』
「後で私特性のミルクスープを作ってあげるから我慢しなさい!」
『それは死んでもいらねぇから!!』
ケルちゃんは否定するが、我はもう集中モードに入っていた。
もう後、幾ばくかで太陽が沈もうという時に、我の前に現れるとはな。
「あなたが辻斬りですか?」
我の問いに辻斬りらしき相手は無反応だった。
黒のフードを目深に被っており、その表情は窺い知れない。
我から見えるのは、本物と思しき聖剣の鋭い刃筋だけである。
「ルブル・キル・アレンティリか……」
「ルーちゃんの名前を?」
「喋った……」
ハーちゃんとネレムが驚く。
「光栄とは言いませんよ。あなたが巷を騒がす辻斬りというならですが」
「フッ」
それまで我らに背を見せていた辻斬りが振り返る。
いよいよ持っていた聖剣を持ち上げ、臨戦態勢に入った。
「どれほどの手並みか見せてもらおう」
「それはこっちの台詞です。さあ、かかってきなさい」
空気が冷えていく。
いつもなら雑踏の声が目立つ下町の通りに、今我らしかいない。
静寂が満ち、互いの闘気が溢れる。
最初に仕掛けたのは、辻斬りの方だった。
一瞬にして、我のサイドに躍り出る。
「はえぇ!!」
目に留まらぬ速さにネレムが驚愕する。
側でハーちゃんが息を呑んでいた。
「なかなか速い。だが――――」
まだ凡夫の域よ。
直後、辻斬りは我に向かって薙ぐ。
聖剣は唸りを上げながら、我の脇へと向かっていった。
当たれば、必倒――――いや、必殺であろう。
ただし当たればの話だがな。
スッ!
刹那、気づけば我と辻斬りの立ち位置が変わっていた。
だが、辻斬りが握っていた聖剣は、その手元にはない。
「間違いなく、聖剣のようですね。それにしてもオリジナルとて粗雑な作りは変わりませんね。せめて作刀したものの矜持と信条が込められていれば、大魔王の首を刈る兵器になれたものを……。作ったものの心が歪み過ぎて、刀身が微妙に曲がっているではありませんか」
「……?」
我は高説を説くのだが、向こうはそれどころではないらしい。
自分の手から聖剣が消えて、慌てていた。
ミカギリなる【八剣】もそうであったが、剣も剣なら使い手も二流、いや三流以下だな。
とにかく興醒めだ。
巷を賑わす辻斬りがこの程度の実力とはな。
これでは我の回復魔術を見せるまでもない。
「私が手を下すまでもありません。この聖剣でも十分あなたにトドメを刺せるでしょう」
手に握った聖剣に、我が魔力を込める。
刀身から雷が溢れ、耳障りな音を立てて弾ける。
さらに雷は暴風のように暴れ回るが、我がその力を一点に集約すると、辻斬りに向かって解き放った。
ジャンッ! と鋭い音を立てて、辻斬りの頬を掠める。
しまった。外したか。どうも人の剣で魔力を操るのは慣れないな。
格好などつけずに、自分の拳でトドメを刺せば良かった。
「ルーちゃん!?」
「あれは?」
少々我が辟易していると、ハーちゃんとネレムが何か見て驚いていた。
ケルちゃんからも、動揺する感情が主人である我に流れ込んでくる。
何事かと思い、目を凝らすと、辻斬りの顔を覆っていたフードが吹っ飛んでいたことに気づいた。
無論、顔があらわになっていたわけだが、その容貌を見て、さすがの我も息を呑んだ。
「どういうことですか? 何故、あなたが私の顔をしているのです」
星の河のような銀髪。
宝石よりも深く濃い輝きの赤い瞳。
シルクのような白い肌。
輪郭も体型も我に近い。いや、そっくりだった。
一瞬立ち竦む我の姿を見て、我に似た姿の辻斬りは口角を上げて、笑う。
瞬間地を蹴ると、側の細い路地に消えた。
「待て!」
『ご主人! また来るぞ!!』
ケルベロスが叫んだ。
続けて複数の気配を感じると、我の前に3人の男女が現れる。
衛兵かと思ったが違う。子ども――おそらく我らとそう変わらぬ年頃の青年と少女たちだった。
「あれ? この人……」
「ちょっ! なんであんたたちがここにいるんだよ!?」
ハーちゃんたちの言葉を聞いて、我も遅れてその正体に気づく。
2人は知らぬが、1人は戴剣式で見た顔だった。
「エリアナ・ルヴィエ…………さん?」
【八剣】の第二席。
そしてつい最近、晴れて聖剣使いとなったエリアナ・ルヴィエが今、我の前に立っていた。やがて彼女は下賜されたばかりの聖剣を掲げる。
戴剣式では美しいと称した【氷華蠍剣】だが、こうやって切先を向けられると、名前の通り蠍の針を向けられたような気分になる。
しかし聖剣よりも我の感情を動かしたのは、持ち手の聖剣使いの瞳だった。
鋭く冷たい黒目を我に向けたエリアナは、我に宣戦布告する。
「覚悟なさい。辻斬り……」






