第58話 魔王様の使い魔②
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ずどぉおおおぉぉおぉおぉんんん!!
砲声にも似た音に我は覚醒した。
薄く目を開けると、なんだか景色が妙だ。
我の寝床は壁にくっつくように置かれているのだが、その壁は消滅し、朝のアレンティリ領の田舎風景が広がっている。
夢かと思いつつ、もう1度瞼を閉じようとすると、やや肌寒い初夏の空気が二の腕を撫でた。
「ほぇ?」
夢じゃないと飛び起きると、田舎風景と一緒に巨大な卵がそこにあった。
「な、な、な――――――」
「なんじゃこりゃああああああああああ!!」
下で「オーマイガー!」と我が父ターザムが頭を抱えていた。
側にはマリルもいて、「あらあら」と首を傾げている。
どうやら卵の重さに耐えかねて屋敷が半壊したようだが、両親はいずれも無事のようだ。我はひとまず胸を撫で下ろす。
「良かった……」
「良かったではない! ルブル、まーたお前の仕業だな!! 説教してやる。降りてこい」
「エエッ! いや、こっちが聞きたいぐらいですよ、父上」
そう。元大魔王である我でも驚天動地だ。
昨日もらったばかりの使い魔の卵が、一夜にしてこんなに大きくなっていたのだから。
屋敷は我の魔術で治すとして、この卵はどうしたものか。
教官殿には肌身離さず持ち歩けと言われたが、むむむ。
◆◇◆◇◆
なんとか聖クランソニア学院に辿り着いた。
ターザムの長めのお説教のせいで、遅刻するところだったではないか。
まったく我が父上には困ったものだ。年々説教する時間が長くなっている。
良質な薫陶であるならば問題ないのだが、以前聞いた話とまったく変わらない。さっき話した言葉を、また繰り返していることがある。説教のネタに困ったからといって、同じ話を繰り返して、長くするのだけは辞めてほしい。
ぶつくさとその場にいない父上の文句を言っていると、我は校門付近で待っていたハーちゃんとネレムを見つける。
「ハーちゃん、ネレム、おはよう」
いつも通り挨拶するのだが、2人の顔は青ざめていた。
ハーちゃんなどは初めて出会った頃に戻ったかのようだ。
おかしい。ハーちゃん、また我らの友情を忘れてしまったのか。
「る、ルーちゃん、それ何?」
ハーちゃんは我が担いでいるものを指差す。
なるほど。これが気になっていたのか。
「卵ですよ。昨日の卵がこんなに大きくなってしまって」
現在、我は突然変異のように大きくなった卵を担いでいた。
これほどのサイズとなると、学生寮に繋がる空間移動は使えない。
だからアレンティリ領からここまで担いでやってきたのだ。
鍛えているとはいえ、さすがの我も堪えた。大魔王の時であれば、軽々と持ち上げられたであろうが、今の我の器は人間だ。さすがに軽々とまではいかない。加えて卵にヒビでも入ろうものならアウトである。
「卵を保護したまま、アレンティリ領から持ってくるのは大変でした」
「あー。だから遅れたんだ。遅いから心配してたよ」
「いやいや。ハートリーの姐貴。ツッコむのはそこじゃないでしょ。……それにしても、さすがルブルの姐さん。半端ねぇ」
ハーちゃんが胸を撫で下ろす横で、ネレムは慌てている。
そのギャップが面白くて、我はついクスリと笑ってしまった。
「それにしても、使い魔の卵ってこんなに大きくなるものとは知りませんでした。2人はどうやって卵を運んだんですか?」
「普通、卵の大きさは変わらないものなのだけど」
「ルブルの姐さんですからねぇ」
2人の卵を見せてもらうと、確かに元の大きさとそう変わらない。
周りで青ざめている聖女候補生の卵を見ても同様だ。
他人と比べないことが我の信条の1つではあるが、ちょっと心配になってきた。まさか卵の中の使い魔が病気になったのではあるまいな。
「ならば、ここは回復魔術で……」
「待った待った。姐さんの気持ちはわかりますが、魔術は不味いですよ」
「そうだよ、ハーちゃん。昨日教官も言っていたでしょ。魔術による成長促進は逆に使い魔の成長を阻害するって。産後の性格にも影響するって言ってたよ」
「使い魔が病気になっている可能性もあるかもしれません。大丈夫です。私の回復魔術なら立ち所に……」
こんなこともあろうかと、対病気に効く回復魔術をひっそり特訓していたのだ。使い魔に通じるかどうかわからないが、試すなら今しかない。
「あらあら。大きな卵ね」
空気が微妙に緊迫する中、校門前に何とも穏やかな声が響き渡る。
数名の護衛と一緒に現れたのは、【大聖母】の異名を持つアリアルだ。
聖クランソニア学院の学院長でもある彼女に、我は目を掛けてもらっている。
アリアルがいなければ、今頃我はターザムによってどこの馬の骨ともわからぬ貴族の嫁として差し出されていたことだろう。
みんながアリアルの存在に気づき、膝を突く。
こんなことはしなくてもいいのだが、アリアルの母性の前では最敬礼せずにはいられない。
「ルブルさんの卵かしら」
「は、はい。しかし、どうやら病気にかかってるらしくって」
「病気? 大丈夫よ。たまーにだけど、卵が膨らむ子がいるの。こんなに大きなのは初めて見たけど、よっぽどルブルさんに大事にされたのね」
「大事に……、された?」
「卵の大きさは愛の大きさよ。生まれてくる子が楽しみね」
「は、はい! 私も楽しみです」
「そう。……でも、その卵を肌身離さず持つのは大変でしょう。聖クランソニア学院の裏手に、小さな自然保護区があるわ。普段は誰も入れないのだけど、特別に開放してあげましょう」
「よろしいのですか、アリアル様」
質問したのは、話を聞いていた学院を守る聖騎士たちだ。
聖クランソニア学院の裏手に自然保護区があることはよく知られている。
そこでは絶滅危惧種に指定された動物や魔獣などが、自然に近い状態で飼われていた。なんでもアリアルが発起人となって作ったらしい。【大聖母】の無償の愛は、人間だけではなく、他の動物にも注がれているようだ。
「いいのよ。あそこには結界も貼ってあるし、万が一のことが起こっても対処しやすい、でしょ?」
「それはそうですが……」
なるほど。確かにあそこにはかなり高度な結界が張られていたな。
察するにアリアルの独自結界だろう。あれを壊すのは、我でも骨が折れる。
アリアルの言う通り、有事の際には中で閉じ込めることも可能というわけだ。
「ルブルさん、野宿は得意かしら」
「大丈夫です。なんなら十年飲まず食わず生きてみせます」
「ふふふ……。頼もしいわね。なら使い魔が生まれるまで、自然保護区で野宿なさい。大丈夫。後でテントを持って来させるわ。ハンモックはオススメよ。家のベッドよりも寝心地がいいの」
「でも、授業は? それに家に帰らなければ、母が……」
「その状態で授業は受けられないでしょ。家に持ち帰ることもできないし。なら学院に留まって、生まれるのを待つ方が良いのではなくて?」
「なるほど。しかし、何故そこまで私のために?」
「あなたが聖クランソニア学院の生徒であること以外に何かあるかしら?」
我は涙が出そうだった。
「良い子を産んでね、ルブルさん」
笑顔で始まり、笑顔で去って行く。
さすがアリアルだ。彼女には頭が上がらない。
残念ながら我の精神は1000年以上生きてなお、あの頂にはない。我が回復魔術を極められない、アリアルの精神に未だ追いついていないからだ。
ともかく今は卵をどうにかせねば。
アリアルが保護区を開放してまでお膳立てしてくれたのだ。
余計な事はせずに、卵の中の雛が元気に生まれてくることを祈るとしよう。
◆◇◆◇◆
あっという間の3日だった。
あれから卵はさらに大きくなっている。
時々、ゴロゴロと音を鳴らして中身が動いているのがわかる。
もうすぐ生まれそうなのは確かなようだ。
我は大きな卵を傍らに置き、野宿していると、聖女候補生たちが集まってきた。通常であれば今日卵が孵化する日である。生徒がここにきたのも、自然保護区で使い魔の孵化を待つためだろう。
「大きくなりましたね」
ネレムは自分の背丈よりも大きくなった我の卵を見上げる。
「ルーちゃん、見て見て。私の卵もこんなに大きくなったよ」
ハーちゃんが我に卵を見せてくる。
確かにこの前見た時よりも少し大きくなっていた。
すると、ハーちゃんの卵にヒビが入る。
「わっ。ど、どうしよう」
「落ち着くのです、ハーちゃん。卵をしっかり持って」
「そ、そそ、そうですよ、ハートリーの姐貴。まずは深呼吸ッス。ひっ、ひっ、ふーっスよ。ひっ、ひっ、ふーっ!」
「ち、違うよ。卵が孵るんだよ、ネレムさん」
我々は大慌てだ。
いや、我らだけではない。
あちこちで卵にヒビが入り、孵化しようとしている。
「おっ! あたしの卵にもヒビが……」
ネレムの卵も孵化を迎えたようだ。
「落ち着きなさい。しっかり卵を持って。あと他の生徒から距離を取りなさい。使い魔は最初に見たものを主と認識します。生まれたばかりは目が悪いですが、種類によっては孵化したばかりでも、視力のある個体もいますからね」
教官の指示のもと、一旦ハーちゃんたちから距離を取る。
すると、次々と使い魔が生まれていった。
驚きの声に混じって、何とも嬉しそうな歓声が上がる。
狼、鷲、烏、あるいはスライムのような魔獣など、様々な使い魔が自然保護区で生まれた。
すると、一際声が上がる。
中心にいたのは、ハーちゃんだった。
側には腰丈ぐらいの子馬が立っている。背中には翼が生えて、ピクピクと動いていた
「幻想種のペガサスですね。使い魔としてはかなり珍しい。良かったですね、ハートリーさん」
教官に褒められて、ハーちゃんも嬉しそうだ。
ペガサスか。ハーちゃんのように純粋な心を持つ聖女にはピッタリだな。
さてネレムの方がどうだろう。卵の大きさこそ変わっていなかったが、卵にヒビが入っていたはず。
「おい! こら! 走るな! 大人しくしてろ!!」
ネレムの悲鳴が背後で聞こえる。
振り返ると、ネレムが使い魔たちが生まれて華やぐ聖女たちの間を縫って、走っていた。何を追いかけているかと思えば、小人だ。
「あれはミニワーフか?」
ドワーフという種族の先祖ともいわれる妖精種だ。
見た目の小ささからは考えられないパワーを持ち、大きな木でも1人で斬ることができる。穴掘りも得意で、土木妖精とも言われていた。
「おい! 勝手に穴を掘るな!!」
気性が荒いところが難点だが、そこはネレムも一緒なのだから大丈夫だろ。
さて人のはともかく、問題は我の卵の方だ。
いつの間にかヒビが大きく入り、今にも飛び出してくる気さえする。
すでに亀裂の入った間から、使い魔と思われる光る目のようなものが見えた。
「大きい……」
卵のサイズから予想はできたが、かなり大きい。
それに卵の中から濃い瘴気のようなものが溢れている。
高ランクの魔獣たちが醸し出す、魔力でできた濃霧だ。
バリッ!
ついに卵の殻が弾け、大きく縦にひびが入る。
低い喉なりが聞こえると、それまで生まれてきた使い魔と戯れていた聖女たちの表情が引きつった。濃い瘴気を浴びて失神するものすら現れる。
双眸が光る。
続いて現れたのは、獰猛な牙だ。
黒鉄にも似た体毛に、大きな四足と爪。
ピンと立った耳と尻尾は、まるで炎のように揺らいでいる。
「うひぃ!」
ハーちゃんが悲鳴を上げる。
ネレムも捕まえたミニワーフと一緒に驚いていた。
笑っているのは、我ぐらいなものだ。
「そうですか。あなたが私の使い魔になるのですね」
1000年ぶりか。我がコレクションにもこの者がいたな。
「我が名はケルベロス……」
地獄の番犬ケルベロスなり!!