幕間 ネレムの教育
☆★☆★ 6月25日 書籍第1巻発売 ☆★☆★
「魔王様は回復魔術を極めたい~その聖女、世界最強につき~」第1巻がブレイブ文庫様より発売されます。
イラストレーターはふつー先生です。
こちらもルーちゃんがめちゃくちゃカワイイので是非ご予約お願いします。
カワイイ……!(大事なことなのでry)
「お前らが新しくルブル組に入ってきた新人だな」
晴れてルブルに友達認定を受けたイザベラとテオドール。
2人は果たし状めいた手紙を受け、早朝の校舎に呼び出されていた。
ルブルの教室にやってくると、長身のエルフが教壇に立って、彼らを待ち構えていた。
「一体、何が始まるんだ?」
「テオドール王子。なんでもこの方がルブルさんとお付き合いする際の諸注意を指南してくれるそうですわ」
「ルブル師は……じゃなかった。ルブル殿とお付き合いする諸注意……。ということは師の教えということか! これは傾聴せねば」
朝早いにもかかわらず、ルブルと聞いて、2人はテンションを上げる。
早速、カバンの中からメモ用の紙を取り出した。
「朝っぱらからイチャつくな。あ-、あと言っておくけどな。敬語も敬称も禁止だから」
「確かに。ルブル殿はこう言われていた。対等の関係を望んでいる」
「我々も爵位のことは置いて、ルブルさんと対等にお付き合いしなければなりませんね、テオドール王子」
「馬鹿野郎!!」
ネレムの怒鳴り声が、早朝の教室に響き渡った。
「敬語も敬称も禁止だと言ったろうが!!」
「し、失礼した。ならば、ルブルと呼び捨てで……」
「それも違う!!」
あまりのネレムの迫力にテオドールもたじたじになる。
たいていのことには驚かず、強い信念と勇気を持つテオドールだが、この時のネレムはあの大魔王とは異質の迫力があった。強固な意志に加え、腹の底から震えるような恐怖と戦っているような……。まるで犯人に子どもを人質に取られた父親のようであった。
「ルブル姐さんと呼べ! いいか!!」
「え? 何で姉さん。あたくしたち、ルブルさんよりも1つ年上なのに」
イザベラはオロオロしていたが、テオドールは理解しているらしい。
1つ頷くと、真顔でこう口にした。
「なるほど。確かに……。前にも言ったが、姐とは師範を意味する(作者注:テオドールが勝手に思ってるだけです)。当然、師範ならば姐さんと呼ぶのはごく自然なことだ。も、盲点だった」
「納得できるんですか、テオドール様!」
「これもここでのルールとお考えください、イザベラ様」
「姉ではないのに、姐と呼ぶのは違和感がありますわ」
テオドールは乗り気だが、イザベラは唇を尖らせる。
2人の心情は様々だが、ネレムの指導は続く。
「まず挨拶からだ。股を開いて、腰を落とせ」
「え? それが挨拶ですの? そんな淑女で足を広げるなんて。ね、ねぇ、テオドール様」
イザベラは頬を染めつつ、ちらりとテオドールの方を振り返る。
「なるほど。理に適っている。ルブル姐さんの不意の攻撃にも、その態勢なら躱せるかもしれない」
「ふ、不意の攻撃なんてありますの!?」
「師範が弟子を試す時に行う修業方法です。常在戦場。いついかなる時も油断してはいけない。そういう教えなのでしょう」
テオドールの説明に、ネレムは感心していた。
「ほう。お前、よくわかってるじゃないか」
「恐縮です、ネレムの……姐さんでよろしいでしょうか?」
「姐貴と呼べ。あと、ハートリーの姐貴にもな」
「わかりました」
テオドールは腰を落として、頭を下げる。
それを感心したように、ネレムは頷いていた。
「あなたたち、何かルブルさんを誤解してませんか?」
「「ルブル姐さん!!」」
「ひぃっ! す、すみません!!」
イザベラは悲鳴を上げる。
「では、早速練習だ。腰を落とし、膝に手をおけ。目線は上だ。姐さんの胸が見るように常に攻撃の気配を探れ。じゃあ、行くぞ、おはようございます、ルブル姐さん!」
「「おはようございます、ルブル姐さん!!」」
「声が小さい! 特に公爵令嬢! もう1回行くぞ!! おはようございます、ルブル姐さん!!」
「「おはようございます、ルブル姐さん!!!!」」
挨拶から始まったネレムの教育は、そこからさらに苛烈を極めた。
教室の掃除の仕方。肩揉みと、ルブルが気持ち良いと感じるツボの位置の伝授。さらにはお茶の渡し方。煙草をくわえた瞬間、火を出す練習。時に鉄砲玉が飛び込んできた時の対処など、様々だ。
テオドールは立派なルブル組の組員になり。
懐疑的だったイザベラも順応し、立て巻きロールの髪型がいつの間にか和髪に整えられ、Fクラスの間で「姐さん」と呼ばれるまでの地位についた。
そしてルブルが登校する時間となった。
◆◇◆◇◆
友達ができた次の日の朝は、いつも清々しい。
ハーちゃんやネレム、Fクラスの同級生たちが友達と言ってくれた時などがそうだ。
その輪の中についに年上の上級生が加わったことは心強い。
テオドールは諸事情で我と同じ1年生だが、それでも経験は我よりもある。
特にテオドールは王子だ。我々には得がたい経験をしているはず。きっとそれは我が極める回復魔術にも良い影響が出るだろう。
さらにはイザベラ。
1年先輩の聖女というだけで、心が熱くなる。
きっとその1年間で得た教えは、きっと我を更なる高みに押し上げるだろう。
いずれにしろ、テオドールもイザベラも転生した我にとって人生の先輩というべき人物だ。回復魔術だけではなく、先輩の何たるかをご教授いただこう。
すると、一緒に登校していたハーちゃんの足が止まる。
何やら顔色が悪い。もしや風邪……? あるいは不治の病であろうか。
任せろ、ハーちゃん! 今朝の我の回復魔術はひと味違うぞ。
「ルーちゃん、あ、あれ……」
ハーちゃんが声を震わせながらいうので、指を向けた先を見つめる。
そこにはいつも通りのネレムと、Fクラスの同級生たち。
さらにはテオドール、イザベラが腰を落として、我々の登校を待っていた。
「な、なんだ、あの恰好は……」
テオドールはリーゼント、イザベラの髪は和髪に結われていた。
2人ともお揃いの黒眼鏡を掛けて、我らを待ち構えている。
「て、テオ……」
「い、イザベラ様まで……」
「「おはようございます、ルブル姐さん。ハートリーの姐貴!!」」
恐る恐る近づくと、勢いのいい挨拶が返ってくる。
「どうしたのですか、その姿は」
「へい! ルブル姐さんに気に入られたくて、この髪型にしました」
「ちょーイカすしょ? あたし、マジ今魂があがってっから!」
テオドールの風貌にも驚かされたが、イザベラに関しては言葉まで変わっておるではないか。というか、何を言ってるかわからん!! 最近の女子はそういう風に話すのか? 我は1000年生きているが、そんな風に話すのが流行ったことなど1度もないぞ。そもそも我、5歳だし!
「ね、ネレムさん、2人に一体何をしたんですか?」
「適度な食事と、適度な睡眠ですよ」
「そんなわけないでしょ!!」
「姐さん、わかってください。……これも生き残るためなんスよ」
ネレムは涙を流しながら、自分の言葉を噛みしめるのだった。
その後、テオドールもイザベラも自分たちの両親にこっぴどく叱られ、3日3晩かけて矯正を行ったところ、4日後の朝には戻っていたという。
そして2人を一瞬でもあんな姿にした我は、「ジャアクはマインドコントロールによって、王子と公爵令嬢を操った」と噂され、聖クランソニア学院の生徒を震え上がらせたのだった。