第56話 負けたくない
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カワイイ……!(大事なことなのでry)
裂帛の気合いととともに振り下ろされたテオドールの剣。
我は受けようとしたが、ほんの一瞬、あるいは刹那、テオドールが繰り出す剣の方が、我の被った仮面に辿り着いた。
予感はしていた。テオドールの斬撃は、我の回復魔術を受けてから見違えるほど良くなっていた。さらに斬撃は我と切り結ぶ度に速く、そして重くなっていく。しっかりとした基礎からなる連撃は、いつしか我の対応するスピードを超え、ついに我が身に届いた。
グシャッ! と音とともに仮面が欠ける。
仮面が完全に破砕しなかったのは、我が撃ち込まれる瞬間に後ろに引いたからだ。たとえ戦術であっても、我は後退することを好かぬ。相手に引かされたなら尚更だ。逆に踏み込んでいれば我の頭が、確実にかち割られていただろう。
テオドールの剣は、我に身を引かせるほど凄まじかったのだ。
しかし、それほどの剛剣。
剣を受けることはできても、その衝撃を耐えることはできない。
ハンマーで殴られたような衝撃が前頭部から後頭部へと抜けていく。
我の身体は紐で引っ張れたように後ろへと吹き飛び、城の壁に叩きつけられた。
「はあ……、はあ……、はあ……、はあ……」
テオドールは荒い息を吐く。
そのまま剣を杖にして、膝を突いた。
よく走り、よく振り、よく考えた。
気力を全身から絞り出し、最後まで全力で戦った。
見事だ、テオドール。
そして我もまた見事だ。
テオドールは完璧に回復された。
傷はふさがり、体力は充実し、魔力も満ち満ちている。
何より今のテオドールは決して弱くはない。
成功だ。我はついに回復魔術を極めたのだ。
今、ここで小躍りしたいところだが、まだ倒れたままでいよう。
この作戦の肝は、テオドールを勝たせることに尽きる。
あとはイザベラがテオドールの尻についた火を鎮めてくれるであろう。めでたしめでたし、というわけだ。
(いやだ……)
ん? なんだ?
(負けたくない)
このざわついた気持ちはなんだ?
(勝ちたい)
ルブル・キル・アレンティリよ。
いや、大魔王ルブルヴィムよ。
1000年無敗で通した大魔王が、今目の前にある1勝を惜しむというのか。この戦いはあくまで道化――演技であるというのに。
(勝つ……)
なるほど。我にはすでに勝利する動機がない。
昔、何かあったような気もするが、とうに忘れてしまった。
故にこう見えて我は勝利に対する執着がない。
結果よりも、勝った内容にこだわる。故に我は様々な術理をこれまで修めてきた。その1つが回復魔術だった。
だが、我は自分の意に反して立ち上がろうとしている。
テオドールにやった勝利を奪い取ろうとしている。
何よりも、まだテオドールと戦ってみたいという欲求が収まらないのだ!
「まだやるのか」
「ああ……。驚いているよ。存外、我は負けず嫌いだったらしい」
「気が合うな、大魔王。俺もだ」
「行こうか、テオドール!」
「おおおおおおおおおおおおお!!」
再び我とテオドールはぶつかり合う。
剣と剣のせめぎ合いではない。これは意地だ。
ただ相手に負けたくないという、武芸者としての純粋な本能だ!
互いに自分の背丈ほどの鉄球をぶつけているような音が城に響く。
空気が震え、我が魔術で作った城がパラパラと崩れようとしていた。
世界の終末のような戦い。
決着は意外と早かった。
再びテオドールが渾身の斬撃を我に放つ。
速度、重さに加えて、タイミング、それまでの戦術も完璧。
自ら作り上げた隙で、我を誘い込んだところで仕留めにかかった。
「今度こそ終わりだ! 大魔王!!」
「それはどうかな、テオドール!!」
互いに終極を決めに行く一振りにかける。
果たして打倒したのは、我の方だった。
先ほどと真逆だ。我の方がテオドールの剣より速かった。
テオドールの脇腹に自分の剣を滑り込ませると、力のままなぎ払った。
テオドールは呆気なく吹き飛ばされる。
そのまま先ほどの我と同様、城の壁に叩きつけられた。
違うのは、意識を失っていたことだろう。
壁によりかかるように座ったテオドールの手から剣がこぼれる。
どちらが勝利したかは明白であろう。
我が勝ったのだ。
……ん? あっ!
「しまった! 勝ってしまった!!」
やってしまった。何を我はドヤ顔をしているのだ!
本来、作戦ではテオドールが我に勝利し、2人はお互いの大切さを知るという手はずだった。もっと言えば、今回のことをテオドールは自信とし、2度と我に弟子を志願することはないだろうと期待していた。
「なのに、私の馬鹿馬鹿馬鹿……! 倒してしまったら何の意味もないではありませんか!」
自戒を込めて、我は己の頭を叩くのだが、何の意味もない。
いや、そもそも我の回復魔術がまだまだ甘かったのだ。
たとえ我が作戦を忘れ、勝利に執着しようとも、強いテオドールなら我を一蹴できたはず。つまりテオドールは弱いままだったのだ。
極めたなどと慢心した我が悪い。
せめてテオドールの傷を完璧に癒やすことにしよう。
回復して――――。
「テオドール様!」
戦場の空気が晴れて、いち早く飛び出したのはイザベラだった。
城の隅で倒れるテオドールに駆け寄ると、すかさず回復魔術を使う。公爵令嬢という大きな肩書きを持っているが故に忘れていたが、イザベラもまた我と同じ回復魔術の深奥を目指す、聖女候補生だ。
よく見ると、イザベラの回復魔術は魔術の流れが清らかで、慈愛に満ち、何より温かな光を放っていた。
なんと優しげな回復魔術なのであろう。
イザベラがテオドールを慈しむ気持ちが伝わってくるようだ。
我は思わず欠けた仮面を脱いで、祈るような気持ちで2人を見つめた。
「イザベラさん、す、すみません。私、やりすぎて」
「何も謝ることはありません、ルブルさん。むしろ感謝しているんです」
「か、感謝?」
「昔、お父様が言っておりました。男は女ほど口がうまくない。だからこそ、行動で示す生き物だと。……テオドール王子は行動で見せてくれました」
イザベラの言う通りだ。
テオドール王子は、この国の王子である。
ここまで来るのに、立場上どれほどの人間に引き留められたか、想像に難くない。国王にすら我が子可愛さに手を掴まれたはず。
それでも、テオドール王子はここに来た。
すべてはイザベラを助けるためだ。
「それに王子は言ってくださいました。あたくしのことを大切な人と……。今はそれで十分です」
「今は……ですか」
「はい。今は……」
意味深な台詞を吐くと、イザベラは最高の笑みを浮かべる。
先ほどの戦いを見て、血相を変えているかと思ったが……。
テオドールも強かったが、イザベラも強いな。
頼もしいと思えるぐらいに……。
◆◇◆◇◆
「イザベラ……様……?」
しばらくしてテオドールは目を覚ました。
外傷や内臓の損傷は結局イザベラが1人で治してしまった。
かなりの魔力を費やし、半ば眠りかけていたが、テオドールが目覚めるまで、その頭を自分の膝の上に置いて、ずっと待っていた。
イザベラの膝枕の上で目覚めたテオドールはまず城がなくなっていることに気づく。ずっと残しておくのも面倒なので、早々に我が解体したのだ。残っているのは跡地らしい凹みだけ。あとは荒涼とした荒野が広がるのみだ。
「ご気分はいかがですか、テオドール王子」
仮面を取り、普段の聖クランソニア学院の制服となった我がテオドールを覗き込むと、わっと声を上げて驚いていた。
「る、ルブルさん! どうしてここに!!」
「ここにって……」
ずっと我と戦っていたというのは、どうも言い出しにくいな。
君の肩の骨を折ったのは私だ、などといえぬことは、我がいくら物を知らぬとてわかる。相手は一国の王子だからな。百歩譲ってテオドールが許しても、周りが許さぬであろう。マリルたちにも迷惑がかかるやもしれぬし。このまま秘匿させてもらうとしよう。
「大魔王は? 大魔王はどうしたんですか?」
テオドールは起き上がって辺りを探る。
「落ち着いてください、テオドール王子。大魔王はここにいるルブルさんに追い払われました」
「え? ルブルさんがあの大魔王を!?」
テオドールは叫ぶが、驚いたのはこちらも一緒だ。
イザベラ! 何を言っておる。
そんなことを話せば、テオドールがますます我に近づいてくるではないか。
「(い、イザベラ! 君は一体何を……)」
「(え? 何を慌てているのですか? 別にいいではありませんか。あなたが一国の王子に刃を向けたということがバレるよりも、この方が良いと思ったのですが)」
うっ……。確かに。
イザベラにしては、随分と強かなことを考えたな。
しかし、このままでは……。
「ルブル殿、どうか! もう1度お願いする。どうか俺を弟子に!! イザベラ様を守れる男になりたいのです」
つい昨日であれば、我は断っていただろう。
しかし、我は知ってしまった。テオドールがイザベラを守りたい、守るに足りる強き男になりたいという強い意志を……。
弟子なぞ取りたくないが、テオドールの人間性には我も強く引かれるところがある。お互い高みを目指す点は同じだからだ。
「弟子というのは、その……お断りします」
「そ、そうか……」
「でも、テオドール王子が良ければなのですが、私とお友達になっていただけないでしょうか?」
「え? 友達?」
「はい。上も下もない。対等な関係でなら喜んで」
テオドールはイザベラに許可を取るようにアインコンタクトを取る。ここに来て、婚約者を立てたのだ。
イザベラはそれが嬉しかったのか、あるいは我とテオドールが友の契りを結ぶことを素直に喜んだのか、満面の笑みを持って未来の婚約者に応えた。
「対等……。そうか。なら、俺のことはテオを呼んでくれ」
「なら、テオ。よろしく」
やがて差し出された我の手を握る。
そこにもう1つの手が重なった。
「あたくしも混ぜてください。よろしくお願いしますわ、ルブル」
「ああ。こちらこそ。イザベラ」
紆余曲折があったが、2人と友達になれた。
回復魔術を極めるのが我の最大の目標であるが、【大聖母】殿との人と心を通わせること――つまり友達を1人でも多く作ることを忘れてはおらぬ。
それがまた我が回復魔術を高みに持ち上げることを、我は信じる。