第55話 大魔王降臨(本日限定)
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カワイイ……!(大事なことなのでry)
イザベラとテオドール王子の仲直り作戦が開始された。
我の見立てでは、この2人は両想いであることは間違いない。
しかし、1年前の事件で2人の考え方にズレが生まれたのだろう。
マリルによれば、そういうのを山嵐のジレンマというそうだ。
お互いが好きであっても、距離が近くなると不安になってくる。
相手は本当に自分のことが好きなのか、自分は相手にとってふさわしい人間なのか。わからなくなってくるのだという。
やれやれ……。人間とはなんと繊細な生き物なのだろうか。
お互いが好きであることが明白なら、それを言葉にしてやればいい。
「守る」など変に言葉を濁すから、相手が不安になるのだ。
我の作戦は単純にして明快だ。
攫われた姫君を王子が助けに行くというシチュエーションを作る。王子は苦難の末、悪逆非道の魔王(我)を倒し、姫をゲット。最後にテオドールからイザベラに対する想いを伝えてもらうというものだ。
無論、簡単にはいかぬであろう。しかし、そこは我が考えた脚色が生きてくるはずである。我が2人の背中を押してやるのだ。
「――――というわけです」
我は作戦の概要を伝える。
しかし、作戦を聞いたイザベラは少々不安げな表情を見せる。
「うまくいくでしょうか?」
「必ず成功しますよ」
何故なら古来、人間というのは、姫君が攫われたら助けに行くというのが定番だからだ。ロロがまだ生まれる前、退屈していた我は姫君を攫って、よく人間の強者を誘い出して手合わせしていた。今振り返ってみると、少し強引だったかもしれぬな。まあ、若気の至りというものだ。
「ところで、こんなところにあたくしを連れ出して、何をなさるのですか、ルブル」
我らがいるのは、王都外から少し離れたところにある荒野だ。
遮るものはほとんどなく、干上がった土地だけが広がっている。
土地が痩せているため、人の往来もなく動植物も少ない。
「そうですね。まずは城を建てましょうか?」
「え? 城???」
我は早速手に魔力を込める。
溜まった魔力を地面に叩きつけると、足元が爆発的に隆起し始めた。
「ちょっ! ちょっ! これはなんですのぉぉぉおおおおお!!」
地面はイザベラを巻き込みながら、さらに伸び上がっていく。
「大丈夫ですよ、イザベラ」
「も、もうすでに大丈夫じゃありませんわ」
半泣きになりながら訴えるが、魔術が発動した後ではどうしようもない。これはイザベラのことでもある。少々我慢してもらおう。
やがて地面は平らな床になり、あるいは強固な城壁へと変わっていく。
気づけば我々は室内に立っていた。
イザベラが顔を上げると、またしても悲鳴をあげる。
「な、な、なんですのぉ!? ここは???」
「何って。城ですわ」
王都外に突如、土塊でできた巨大な古城が聳え立っていた
我ながら良い出来だ。ほとんどが土でできているが、魔術による砲撃には耐えられるほど強固に固めて作ってある。中はきちんと整っており、なかなか住み心地も良い。ベッドも炊事場もあるし、トイレも下水も完備していて衛生的だ。
「それはわかりますが、その……なんか禍々しい?」
雰囲気が出るように昔住んでいた城に似せて作ったのだが、そこまで禍々しいだろうか。
「城なんか築いてどうしますの?」
「決まっています。王子を城に呼び出すんですよ」
我は一瞬にして魔術でマスクを作る。
頭をすっぽりと覆い隠すマスクを被り、【拡聲】の魔術を発動した。名前の通り、我が声を何倍にも増幅させる魔術である。
城のバルコニーに出ると、王都に向かって我が美声を響かせた。
『聞こえるか? 愚民ども! 我が名は大魔王ルブルヴィム! 悠久の時の果てより、ついに我は蘇った。震えろ! 恐怖するがいい、愚民!! フハハハハハハハハ!!』
なかなか心地よい。昔――そう、まだロロが生まれる前。我が最も魔王らしい振る舞いをしていた頃を思い出す。あの時は人類とは何かわからず、敵城の近くにわざわざ城を立てて、人類どもを脅したものだ。
しかし、そう思うと小っ恥ずかしくはあるな。
人類に転生した我は今5歳だが、精神では齢1000歳を超える。
演技とはいえ、若者的な言動はどうも羞恥心を煽られる。
心の中ではそう感じながら、魔王モードになった我を止めるものはいない。
【拡聲】の魔術に一層魔力を込めると、我が美声を人類に聞かせた。
『手始めに、お前たちの愛するフォンティーヌ公爵家の令嬢イザベラは我が手元におる。返してほしくは、今から言う者が1人でやってくるのだ。……その者はテオドール王子、そなただ! 聞こえておるか、テオドールよ!! そなたの愛すべき婚約者は我が側にいる。返してほしくば、城に来て勝負せよ。必ず1人で来い。約束を違えればどうなるかわからぬほど、貴様の頭は悪くあるまい』
魔術を切り、我は城内に引っ込む。
王都の目の前に城を築き、さらには王都全域で聞こえる声で脅してやった。
大魔王ルブルヴィムのことを知らなくとも、我の実力は十分伝わったはずだ。
「随分と様になっていますわね。本物の魔王みたいですわ」
「みたいではなく、我が本物の魔王なのだ」
「はい? 本物の魔王??」
「おっと……。あはははは。今のは忘れてください。ちょっと役に入り込みすぎたようです」
「そう言うことですか。それにしてもすごい演技力ですわ。ルブルさん、あなた女優の方が向いているかもしれませんよ」
「私は女優にはなりません。聖女に、いえ回復魔術を極めたいのです」
我はかつての自分のように不敵に笑った。
2時間後……。
思いの外、早く王都で動きがあった。
重々しい音を立てながら、近くの城門が開く。
ピリついた空気の中、現れたのは白馬だ。
またがっていたのは、我とイザベラのよく知る王子だった。
「テオドール王子!」
我が城と王都まではそれなりに距離がある。
王子の姿など、まだ豆粒にも等しいのだが、イザベラにはわかるらしい。
テオドールは馬の腹を蹴ると、出発する。馬並みの速度で、確実に我が城に近づいてきていた。
「やはりテオドールは勇敢だな。見よ、イザベラ。あやつ、本当に1人で来たぞ」
「テオドール様」
イザベラは胸の前で指を組み、心配そうにテオドール王子を見つめている。
我が城の城門にテオドールが辿り着いたのを見て、我は城に招いてやった。緊張を忍ばせ、順路の通り真っ直ぐ我が玉座の間にやってきた。
「テオドールがやってくるぞ、イザベラ。覚悟はできているか?」
「……テオドール王子の意志、この目で確かめさせてもらいます」
「良い目だ。さすがはイザベラだな」
我は改めてマスクを被り直す。
纏っていた服装も、聖クランソニア学院の制服ではなく、魔王らしい漆黒の姿となる。これでマスクの向こうの正体が我であることを、テオドールに知られることはないだろう。
「イザベラ!!」
ちょうどテオドール王子が玉座の間にやってくる。
我は黒のマントを翻し、悩める若き王子を出迎えた。
「1人でよく来た、テオドールよ。案ずるな、イザベラは無事だ」
「テオドール王子、申し訳ありません」
「謝らなくていい。よかった、君が無事で」
「王子……」
その優しげな言葉に、イザベラは安堵の息をつく。
王子にほだされる前に、我はマントを広げ、2人の間に立った。
「我の前でイチャつくのは、その辺りにしてもらおう」
「魔王と言ったな。貴様の目的はなんだ?」
「覇業をなすこと――つまり、世界が欲しい。今宵手始めにセレブリア王国を落とすためにやってきた」
「覇業だと? 人質をとっておいて何をいうのか?」
テオドール王子は身振りを交え、我が言の葉を否定する。
さすが王子だけはある。随分と絵になる姿だ。
「確かに我は人質をとった。しかし、これはハンデと捉えてもらおう。我と人類の圧倒的な差を埋めるためのな」
「圧倒的な差だと」
我はテオドールに剣を向ける。
慌てて王子も鞘から剣を抜いた。
「我を倒してみよ。さすれば、イザベラも、この世界のことも諦めてやる」
「真実だろうな」
「我は嘘が嫌いだ」
「いいだろう。その勝負受けた!!」
先に動いたのは、テオドールだ。
見事な脚力を持って、我に接敵すると、すかさず剣を振り下ろす。
我は軽々と受けたが、悪くない太刀筋だ。
適度に速く、そして重い。何より不断の努力が垣間見える。
イザベラからテオドール王子が大怪我を負って、静養していたとは聞いたが、とても病み上がりの人間の剣ではない。おそらく静養していた間も、ずっと剣を振り続け、身体を鍛え続けてきたのだろう。
こういう者は嫌いではない。それでも弟子にはしないがな。
テオドールと一目会った時、王子の実力に興味が会ったことは確かだ。それがどうしてどうして。なかなかの強者ではないか。Fクラスにいることが謎としか思えぬ。我が以前打ち倒して見せた【八剣】の1人カタギリ・ザザと互角。いや、それ以上かもしれぬ。
テオドール王子はうまく柄を使って、我の剣をかち上げる。
わざとだ。力でねじ伏せることもできたが、付き合うことにした。
ここから繰り出される剣技にも興味がある。
我との間を空けると、テオドールはグッと腰を沈ませた。
「やあぁぁぁあ!!」
裂帛の気合いのもと、突きを放つ。
真っ直ぐで良い突きだ。首筋を狙い、しっかり我を殺しにきておる。痺れるような突きを躱しながら、テオドールと我の立ち位置は交差する。振り向きざまの我の薙ぎ払いを躱すと、テオドールは側面に回り込み、再び我の急所を狙った。気持ちの良いぐらい必殺の剣だ。
「覚悟を決めた良い剣技だ。そんなにイザベラを返して欲しいか?」
「当たり前だ! 彼女は俺にとって大切な人だ! お前のようなものにやれるものか!!」
テオドール王子は叫びながら、また渾身の一撃を振り下ろす。
我はその一撃を捌きつつ、イザベラをチラ見する。
顔が真っ赤になっていた。狙い通りだな。それにしてもうぶいことよ。嗜虐心をそそられるではないか。
「では少々本気を出してみるか」
「え!?」
ドンッ!! と轟音が響く。
瞬間、テオドール王子は吹き飛んでいた。
王子自身には当てていない。ただ剣を弾いただけである。
しかし、軽装を帯びたテオドール王子の身体が綿毛のように浮かび、数十歩向こうに後退させた。そのまま背中から落ちるかと思ったが、うまく身体を捻り、着地する。
我が反応に合格点を上げる一方、初めて敵の剣をまともに受けたテオドール王子は戸惑っていた。すぐに構えをとったが、顔色が先ほどと違う。指先が勝手に震えるのを、柄を強く握って誤魔化していた。
「どうした、王子? 今の一撃がそんなに重かったか? ククク……。本気とは言ったが、まだ実力の万分の1も出していないのだがな」
「万分の…………1…………」
「そろそろお互い実力を隠すのはやめないか。さあ――――」
回復してやろう……。
我はテオドール王子に回復魔術をかける。
王子の身体は体力を含めて、全回復した。
「お前、何を……」
「全力でなければ意味がない。あとで骨が折れていた、肉離れを起こしていた、魔力が切れていたなどと言い訳めいたものをされては、勝利の美酒が不味くなるというもの」
「心配するな。俺はそんな言い訳はしない。お前の方こそ、敵に回復魔術なんかかけたりして、負けた後の言い訳にするつもりか?」
「負けた後の言い訳か! カカッ! 面白い奴。昔の友を思い出す」
「おしゃべりはここまでだ。行くぞ!!」
再びテオドール王子が先手を取る。
先ほどより踏み込みが速く、振りも鋭い。
ギアを上げたか。思った通り本気ではなかったらしい。
「いける! 今日は身体が軽い!」
「やはり実力を隠していたか。さあ、我に全力を捧げよ、テオドール!」
剣と剣が交差するたびに急造の城が震える。
呆然と見守っていたイザベラが「すごっ……」と言葉を漏らしていた。
悪くない。悪くないぞ。
この胸の高まり。1000年前を思い出す。ロロ率いる勇者一行と相対した、血がわき、肉がおどったあの時の感覚とよく似ている。
なかなか熱い立ち回りをするではないか、テオドール。
我も滾ってきたではないか!
「おおおおおおおおおおおおおおおお!!」
そしてテオドール王子の裂帛の声が響き渡るのだった。