第54話 公爵令嬢の本心
6月25日ブレイブ文庫より発売!
『魔王様は回復魔術を極めたい~その聖女、世界最強につき~』第1巻!!
「さあ、回復してやろう」
すべての術理を修めた最強魔王様が、唯一極められなかったのは回復魔術だった。
回復魔術を極めるため、人間に転生した魔王様の勘違い学園コメディ!
イラストはふつー先生です!
トランプというのはあまり好かぬ。
魔族の間では賭け事の道具として使われていたし、我は賭け事そのものを嫌っていた。遊びながら金を手にするというのはどうも自堕落で、何よりのめり込むと生活そのものを疎かにしてしまう。いっそ禁止にするかと思ったが、魔族どもから大反対されてしまった。
つまり大魔王時代において、我はトランプで遊んだことがほとんどない。
ポーカーというのを2、3度嗜み、飽きてすぐやめてしまった。
理由はじっとしていられなかったからだ。
我とイザベラ嬢は、ババ抜き、神経衰弱、大貧民、スピードetc、etc……。
他様々な方法で勝負を行った。
結果……。
「101戦100敗1引き分け……。見事な負けっぷりですね」
「嘘ですわー! あたくしが1度も勝てないなんて」
ぎゃあ! 悲鳴を上げながら、イザベラは絨毯を手で叩いて悔しがる。
その姿は公爵家の淑女と思えぬ暴れっぷりだ。
負ける度に暴れるものだから、2、3回側付きが様子を見に来たほどである。
それにしてもイザベラは弱い。弱すぎる。
ほとんど素人の我に負けてしまうとは……。
虎の子の引き分けも、ババ抜きの時にイザベラがジョーカーを入れ忘れていただけだし。つまり実質我の全勝なのだ。
「おかしいですわ! あなた、もしかしてイカサマをしているのではなくて」
「何度も言いますが、私は今日トランプのルールを覚えたんですよ。イカサマなんて思い付きませんよ。それよりもイザベラ、あなたは顔に出すぎです」
勝負の前から察しはついておったが、イザベラはあまりに純粋だ。
特に手札を手元に保持するタイプのルールだと、顕著だ。
どれがババで、低い数字のカードなのかすぐにわかってしまう。
敗因を上げるならそんなところだが、そもそもこの娘、勝負弱いのだ。
「もう1回やりましょう!」
「ま、まだやるのですか?」
さすがに飽きてきたのだが、我……。
そもそもなんでイザベラと勝負をしているのだったか。
確かイザベラは我が王子に近づかぬようにするため、我はイザベラと友になるためだったか。なんだか不毛に思えてきた。そもそも前者はイザベラの勘違いだし、後者においてもう、イザベラという人物の本質を知りすぎているといっていいほど、知ってしまった。具体的に言えば……。
「もう1回! もう1回だけ。お願い!」
子爵である我に頭を下げてくる。
公爵令嬢だというのに、随分と腰が低かったりするのだ。
「仕方ありませんね。これが最後ですからね」
「ふふ……。今度こそあなたを地獄の底に叩き落として差し上げますわ」
「100敗していて、よくそんな台詞を吐けますね」
勝つのが当然見たいなトランプ勝負だが、100戦以上やってるのも、きっとイザベラの魅力に我が取り込まれているせいであろう。
純粋で危なっかしいところもあるが、やはりイザベラには公爵令嬢たる華がある。
テーブルに置いてあるだけで、人の心を和ませるような大輪の薔薇。
それがイザベラ・ガイ・フォンティーヌの才能であり、本質なのだ。
しかし、悲しいかな。まだ双葉のままだ。
本人が本質に気づいていないが故に、右にも左にも曲がってしまう。
正しき者は導いておれば美しく育つが、邪な者が囁けば危険な棘の映えた華となる。
何を言いたいのかといえば、イザベラは我のいじめ疑惑について主犯格ではないということだ。多分我の机を汚したり、靴箱に色々なものを入れたりする者は、イザベラの取り巻き自身の意志に違いない。大方、テオドールほどの男を袖にする我を見て、嫉妬し、犯行に及んだのだろう。
賭けても良いが、イザベラならあのような悪質なことはしない。
この娘であれば、直接我に物を申すか、勝負を申し込んでくるはずだ。
事実、そうであったしな。
取り巻きどものことはネレムに任せよう。
我が手を下すと、角が立つし、これ以上悪評を広めることもなかろう。
問題はイザベラ自身のことだな。
「イザベラ様」
「何ですか?」
「イザベラ様はテオドール王子のことが好きなのですね」
「ぶ――――っっっっ!! な! な! な!! いきなり何を言い出すの? あなたは!?」
「嫌いなのですか?」
「好きですわよ!」
我の質問に思わず即答してしまい、イザベラの頬が火が付いたように赤くなる。
「噂で聞いたのですが、婚約されていると……」
「それはまだですわね。ゆくゆくは……とは聞いておりますが」
さっき興奮していたのに、婚約のことになると落ち込んでしまった。
縁談がうまく進んでいないのだろうか。
「何か問題でも?」
「あなたに話したところで、社交界のネタにされるだけですわ」
「残念ながら、そういう場には縁がないので」
我の押しに、ついにイザベラは観念した。
というより、いずれ誰かに聞いてほしかったのかもしれない。
「あたくし、テオドール王子に嫌われているのかもしれませんわ」
「何故、そう思うのですか?」
「都外演習の時、あなたもいらしたわよね。あの後、王子に言われたのです」
『イザベラ、しばらく俺から距離をおいてくれないか?』
『ど、どうしてですか? ようやくテオドール王子が学院に復帰されて、また一緒に登校できることを楽しみにしていたのに。まさか私のことをお嫌いになられたのですか? あるいは他に好きな方が……』
『違う。そうじゃない。君のことは好きだ。……でも、イザベラ・ガイ・フォンティーヌという人物にとって、俺はまだふさわしい人間ではない』
『それは王子が王族だから……』
『そういうことじゃない。今のままでは、俺は君を守れない』
『もしや、1年前の事件のことですか? あれはもう済んだことではないですか』
『いや、俺が俺自身を許せないんだ。わかってくれ、イザベラ』
それからも何度もイザベラはテオドールと接触を試みたが、ことごとく無視されてしまったらしい。そこに来て、取り巻きたちから『最近ルブル・キル・アレンティリが王子に付きまとっている』と聞いた。イザベラが怒髪天を衝いたことは、想像に難くない。
「1年前の事件とは?」
「入学してすぐのことですわ。あたくし、とある聖騎士候補に暴力を振るわれそうになって。名前はバーミリア・ザム・フロルティア。最近復学したと聞いたのだけど、知っていて?」
どこかで聞いた名前だな。はて。どこであったか……。
いかんなあ。最近物忘れが多い。老け込む年でもないのだが。
何せ我はまだ実質5歳だからな。
「その時、あたくしを助けてくれたのが、テオドール王子なのです。ただ王子はあたくしを庇ったばかりに大怪我を負ってしまって。しばらく学院を休学しなければならなくなりましたの」
乙女心はわからぬが、我も雄だ。
人間とは言え、同じ雄の考えそうなことはわかる。
ズバリ、テオドールは己を恥じたのだ。
自分が好いた女の前で、敗北したことを。
「テオドール王子とは幼い頃からお付き合いがありました。だから王子のことは隅から隅まで知り、理解していたつもりです。でも、今王子が考えいることは、あたくしにはわからないのです」
「ふふ……。男が乙女心がわからないように、女性も男の子の胸の内はわからないかもしれませんね」
「あなたにはわかるのですか?」
「なんとなくですが……。それよりもイザベラ、あなたは自信を持つべきです」
「自信……?」
「あなたはテオドール王子に愛されているという自信です」
「ふぇ……! で、でででででも、あたくしテオドール王子から出禁を食らってる身ですのよ。それに自信を持てなど、とても」
「ならば証明いたしましょう」
「あなた、顔が怖いですわよ。何を企んでますの?」
「ふふ……。企んでいますとも」
2人の絆を戻す、愛の大作戦を……!