第53話 公爵令嬢の挑戦状
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カワイイ……!(大事なことなのでry)
本日のカリキュラムを消化し、我はルーちゃんとネレムをアレンティリ家に招いた。放課後に3人でお喋りというのも乙だが、学校周辺ではテオドールが我を捜して徘徊中だ。
ゆっくり喋れないということで、2人を我が家に招いたのである。
「それって、あの公爵令嬢がやらせてるんじゃないスか!?」
我が母マリルの特製プリンを待つ間、我はネレムに例のいじめ疑惑について語り聞かせた。話が終わるやいなや、ネレムは椅子を蹴って、憤然と立ち上がる。
「公爵令嬢というと、イザベラさんがやらせているということですか? それはどうしてでしょう?」
我は首を傾げる。
公爵令嬢と我に接点はないはず。
その姿を見たのも、例の都外演習が初めてである。
そもそも公爵令嬢が聖クランソニア学院に通っていることすら知らなかったのだ。
「きっと嫉妬っス」
「嫉妬??」
「ルブルの姐さん、今テオドール王子と親しくしているでしょ?」
「親しくというより、向こうが一方的に私に付きまとっているのですが」
「姐さん、都外演習を覚えてますか? あの時、テオドール王子とイザベラ、仲が良さげな感じだったじゃないスか」
確かにそうだ。
イザベラはテオドールに会うためだけに、自分の授業を抜け出し、1つ学年が下の都外演習までやってきた。お互い見知った仲で、随分と仲が良さそうだったが、特にイザベラが熱を上げているように我には見えた。
「これはあたいの推測ですが、2人はすでに婚約してるんじゃないスか? 王子と有力な公爵家のご令嬢というカップルはよくあることッスから」
「ネレムさん、こういうことだね」
ネレムの話にうんうんと頷いていたハーちゃんが、ついに口を出す。若干顔を上気させ、半ば興奮しながらまくし立てた。
「王子と公爵令嬢は婚約していて、特にイザベラ様がテオドール王子のことが大好きだと……。ところが、最近テオドール王子はずっとルーちゃんのことを追い回している。好きな男の子が他の女の子のことしかみてないんだもん。確かに嫉妬かも」
「そういうものなのですか?」
根が魔族である我には、人間のそういうところがわからぬ。
好いた男がいるなら、無理矢理こちらを向けさせればいいし、あの手この手で籠絡すれば良い。そもそも我の靴箱に画鋲を入れたり、呪いの手紙を送ったり、挙げ句学校の備品を汚したりする意味がわからぬ。
我のことが妬ましいと思うなら、いっそ戦って勝ち取ればスッキリするというのに……。人類とは随分回りくどい生き物なのだな。
「ふふ……。5歳のルブルちゃんにはまだ乙女心はわからないかもね」
我らの会話に入ってきたのは、マリルだ。
手にしたトレーには、待望のプリンが人数分のっている。
ちなみに子爵家といえど、我らは貧乏貴族だ。
給仕などはおらず、家のことはほとんどマリルがやっている。
「母上にはわかるのか?」
「そりゃあね。私はルブルちゃんのお母さんですもの。特に恋愛に関してはマスター・マリルと呼んでちょうだい」
ドンと胸を叩く。頼もしいんだか、頼もしくないんだか……。
「ハーちゃんも私が他の女の子と仲良くしてたら、嫉妬するのか?」
「ふぇ! そ、そ、そそそんなことないよ」
ハーちゃんは顔を真っ赤にして否定する。
また顔が赤くなっておる。いつかは風邪と断じたが、もしかしてハーちゃんは何やら特殊な病気にかかっているのではないだろうか。
昔の我ならここで回復魔術を颯爽と放ったであろうが、ふふふ……我も成長しておるのだ。無粋なことはせぬ。まずは相手の症状を観察することが肝要なのだ。
「ハーちゃん、熱があるんじゃありませんか?」
「熱? そそ、そんなことないよ。これは――――」
「じっとしていてください。今、熱を測りますから」
「いや、だから違う。あっ!」
ハーちゃんは後ろに下がろうとすると、そのまま椅子ごと倒れてしまった。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫。平気だから」
「良かった。では、そのままジッとしていてください。今、お熱を計りますね」
「え? ルーちゃん、おでこ」
「額の方が熱を測りやすいと、教会での奉仕の時に先輩聖女から習いました」
「いや、そういうことじゃなくて。顔、近っ――――」
我はハーちゃんのおでこに額を付けて、熱を測る。
その様子をネレムとマリルが観察していた。
「は、ハートリーの姐貴が襲われてる。母親の目の前で……。さすがルブルの姐さん……。大・胆!」
「あらあら。本当にあなたたち仲がいいのね」
ネレムが顔面蒼白になっている一方、マリルは何故かニヤニヤしていた。
「笑っている場合じゃありません、母上。ハーちゃん、すごい熱なんですよ!!」
「ほひゅ~~~~……」
「意識もない。大変!! ハーちゃん、安心してください。今、とびきりの回復魔術をかけてあげますからね」
我は全力で回復魔術をハーちゃんにかける。
しかし、ハーちゃんは次の朝まで目を覚まさなかった。
◆◇◆◇◆
いじめ疑惑について、少々中途半端になったが、結論としてはまずネレムに調べてもらうことにした。ああ見えて、ネレムは貴族たちに顔が利く。独自の情報網を持っているらしく、イザベラについても調べてみるという。
ネレムのヤツ。『イザベラを止めないと、世界が滅ぶかもしれない』などとぶつくさと言っていたが、いじめとはそんな物騒なものだったのか。我としては穏便に済ませてもらいたいと思っているのだが……。
などと考えていると、意外にも早くことが進展した。
「ルブル・キル・アレンティリはいらっしゃるかしら?」
放課後、イザベラ本人が我を訪ねてきたのだ。
◆◇◆◇◆
「我が家でお茶でもいかが?」
イザベラは教室に入ってくるなり、我を茶会に誘った。
少し前の我なら浮かれていたことだろう。
しかしイザベラの表情は、友好とはほど遠い。
いずれにしろ、我として会って話をしてみたかった相手だ。
“竜巣に挑まざるは宝石を得ず”というしな。
当然、我はその誘いを受けることにした。
さて公爵家の別邸に招かれた我は、まず部屋に通される。
「おお……」
白亜の壁に、眩い黄金の細工。
いくつものガラス細工が垂れたシャンデリアが吊り下がり、足底が埋もれるぐらいふかふかな絨毯は部屋の隅まで広がっている。燭台や掛かっている絵画の額縁にも金が使われているが、決してやり過ぎに見えないのは、意図的なものだろう。
部屋全体が華やかであることは間違いなく、何より部屋の広さに我は驚かされた。
「ここは?」
「あたくしの私室ですわ。どうぞおかけになって」
「ここが私室!!」
ショックを隠しきれず、我は思わず声を張りあげてしまった。
我が玉座の間と比べれば鳥の巣も同然だが、今住んでいるアレンティリ家の私室と比較すると雲泥の差だ。これは格差というものか。
ソファに座ると、これまた軟らかい。
牛革を使っているようだが、出産を経験していた雌を使っているな。
我はどちらかといえば、若い雄革の硬い感触が好きだが、なかなか悪くない。
さて部屋に圧倒されるのはここまでだ。
我も1人だが、向こうも1人。取り巻きが隠れている様子はない。
公爵令嬢はどうやら我と1対1で話したいようだ。
公爵家の給仕が完璧な作法で茶を入れ、我らの前に置いて行く。
給仕が立ち去ったあと、いよいよ話が始まった。
「ルブル・キル・アレンティリ、あなたのお噂はかねがね聞いておりました。ジャアクと……。さらには1年生を牛耳り、奴隷のように扱っているそうですね」
「ちょ、ちょっと待って下さい。その……100歩、いえ1000歩譲って、私が『ジャアク』と恐れられていることは認めます。ですが、1年生を牛耳り、奴隷のように扱ってなどおりません」
「え? ち、違いますの? 聞いた話では挨拶をしないと、首が吹っ飛ぶとか……」
そんな物騒な噂をどこで聞いたのだ?
ある意味、いじめを指示したイザベラより陰湿だぞ。
出鼻をくじかれたイザベラはひとしきりオロオロした後、こほんと咳払いをする。
「ま、まあ、そのことはいいですわ。あたくしは今日、上級生としてそして公爵家の娘として、忠告を差し上げたく、あなたをお呼びしましたの」
「どういう忠告ですか?」
「率直に言います。テオドール王子に付きまとうのはおやめなさい」
…………はっ?
「聞こえなかったですか。王子が迷惑しているのです!」
何を言っておるのだ?
むしろ付きまとってくるのは向こうの方だぞ。
そして迷惑しているのは我の方なのだ!
一体、どこをどう見れば、そうなる!?
公爵令嬢の目は節穴か?
困惑する我だが、厄介な事にイザベラの目は本気だ。
我を出し抜くつもりもなく、ふざけているようにも見えない。
この娘、先ほどから嘘はいっていない。本気で我が王子に付きまとっていると思っている。先ほどの首がどうのという噂もそうだが、常に彼女は真剣だった。
なのに、言葉は薄っぺらい。芯がないからだ。
(なんかこの娘……、愛おしく見えてきたぞ)
最初に抱いていたイザベラと印象が違う。
公爵の子女ともなれば、もっと高飛車なものを想像していたが、イザベラにはまるで気取ったところがない。むしろハーちゃんやネレムと同じぐらい純粋な娘に感じる。
こういう友こそ、我の近くにいてほしい。
どうにかイザベラと友となることはできないだろうか。
「何か言ったらどうですか?」
「え? あ。すみません。ちょっと考えごとを」
「いいわ。簡単にあなたがあたくしの忠告に乗るとは最初から思っていません」
「というと……」
「勝負をしましょう!」
「勝負……?」
なんか我好みの展開になってきたぞ。
「そう。テオドール王子をかけて勝負です、ルブルさん」
「王子はともかく、勝負というなら受けますわ、イザベラさん」
「イザベラでよろしくてよ」
「では、私もルブルで……。それでどういった勝負かしら。剣、槍、それとも魔術、あるいは素手かしら?」
「あなたの腕っ節はよく存じております。だから、これにかけますわ」
イザベラが胸から取り出したのは、トランプだった。