第52話 ルブルさん、弟子にしてください!
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カワイイ……!(大事なことなのでry)
「弟子にしてください」
朝――。実家であるアレンティリ家の玄関と繋がっている寮の扉を開けると、土下座をするテオドール王子がいた。
我は一瞬時が止まったように固まった後、反射的に玄関を閉める。夢かと思い、少し扉を開けて隙間から覗き込むと、やはりシルバーブロンドの髪が見えた。人違いでも、影武者でもない。セレブリア王国王族が1人、テオドール・ガノフ・セレブリアが、我の方を向いて床に額を付けていた。
早朝からこんな王子の醜態を見せられては、常人であれば慌てるところだが、我は呆れ果ててため息を吐く。何故なら先日、演習の後からずっとこうなのだ。
廊下でも、中庭でも、教室でも、おトイレでも……。
さすがに授業が別の時には現れないが、学校の敷地にいるかぎり四六時中、我はテオドールに追いかけられ、求婚ではなく弟子入りの志願を受けていた。
例の都外演習から、すでに3日が経とうとしているが、テオドール王子が諦める気配はない。
最初こそ丁寧に断っていたのだが、我にも我慢の限界というものがある。やがてそれとなく注意し、ついには暴言に変わり、今は無視する事に決めた。これは明日まで続くと、いよいよ手が出かねない。貴族どもとは違って、さすがに王族を引っぱたいたとあれば、学院も黙っていないだろう。退学となれば、5年かけて我が父ターザムを説得した苦労が水の泡だ。
不敬と思いつつも、土下座するテオドール王子を跨ぐと、そのまま全速力の早足で学生寮を出て行く。遅れて、テオドール王子が我の背後についてきた。
「頼む、ルブルさん。俺を君の弟子にして欲しい」
「殿下もしつこいですね。私は弟子などとりません」
はっきりと断っているのに、それでもテオドール王子はしつこく懇願してくる。我らと同じく登校する生徒たちの目などまるで気にしない。逆に我は変な汗が出っぱなしだ。
「ジャアクが今日もテオドール様を引き連れて登校しているぞ」
「じゃあ、ジャアクが無理矢理王子を従属させたのは本当か」
「テオドール王子、かわいそ」
「王子、マジ王子!」
最後の一言はよくわからぬが、我がテオドール王子を袖にした挙げ句、子分のように扱っていると思われているらしい。折角、最近は我の『ジャアク』というイメージも改善しつつあったのに、これでは始業式の時に戻った――――いや、さらに悪化したような気さえする。
もういっそ弟子にしたらいいのではないかと思われるが、とんでもない。王族を弟子にして、我が父ターザムに紹介したとあれば、即刻我は学院を辞めさせられるであろう。さすがのターザムも、王子を婿養子にせよとは言わぬであろうしな。
「そこまでッスよ、テオドール王子」
我らの前に凜と現れたのは、我が友ネレムだ。
ほとんどの生徒が我関せずとばかりに遠巻きに見るのに対して、ネレムはテオドール王子の前に立ちはだかる。
「王族ともあろうものが、往生際が悪いッスよ。いい加減諦めたらどうッスか?」
「ネレム姉弟子、おはようございます!」
「ふぇ?? 姉……弟子……?」
颯爽と現れたネレムだったが、テオドール王子の一言で固まる。
姉弟子って、ネレムは我の弟子ではない。友達だぞ。
「ネレムの姉弟子はルブル師範と拳を交え、その後師範を『姐』と呼んで親交を深めたと聞きました。『姐』という意味が最初わからず、調べさせていただいたのですが、心身共に強く、頼りがいのある方をそう呼ぶと知りました。それは俺が理想とする師範の形! つまり『姐さん』とは師範のことを指しているのではないのですか?」
ええええええええ???
あれにそんな意味が隠されていようとは。
出会った初期から呼ばれていて、なんとなく気にはなっていたが。
ネレムは友達ではなく、我の弟子だったのか。
「いやいや、そんなことはありえません! ネレムは私のお友達です。……ネレム、あなたも黙っていないで何か言っておやりなさい」
「姉弟子……。なんかいい響き……」
「ネレム? どうしました? 涎が垂れてますよ」
「え? いや、これは――――ズゾゾゾゾゾ……な、なんでもないですよ! べ、別に気に入ってなんか。あたいのことはともかくルブルの姐さん。別に弟子にしてやってもいいんじゃないですか?」
「弟子はとりません。友達ならともかく……」
「なら友達ってことにすればいいじゃないですか?」
「そうです、テオドール王子。弟子ではなく、お友達になりませんか?」
「お断りします」
ガーン! なんで? なんでなんで?
こんなに我をしつこく追い回す癖に、どうして断る。
テオドール王子は一体我に何を求めているというのだ。
「友達では強さの神髄は究められない!」
なんだろう。テオドールを見ていると、なんか無性にムカムカしてくる。自分でいうのもなんだが、我はもっとクールで余裕ある元大魔王であったはずなのに。
それにテオドールは誰かに似ている。
ロロ……。あるいはクリフトか……?
なんだかわからぬが、心臓の裏が猫じゃらしで撫でられているかのようにこそばゆい。
「というわけで、ルブル師範! 俺を弟子に!!」
「だから、私は弟子をとりませーん!」
私は全速力でテオドールから逃げるのだった。
◆◇◆◇◆
まったく……。
テオドール王子は随分と変わった男らしい。
まあ、王子という身分でありながら、王宮を出て聖クランソニア学院に通っているのだ。変わり種であることは間違いあるまい。
変わった――といえば、都外演習以来、我の周りでおかしなことが続発していた。
聖クランソニア学院では、上履きを履いて校舎内を移動するのだが、その靴箱の中に大量の画鋲が入れられていたり、ある朝には呪いの手紙なるものが入っていたりした。それだけではない。我の机が忽然となくなっていたり、落書きされていたりすることもあった。なんとも珍妙なことである。
一体、誰がどんな目的でやったのか知らぬが、テオドール王子並みの変人であることは間違いあるまい。
「今日なんかは机の中に大量の虫が入ってました。全部、国指定の害虫に指定されていたので、すべて学校で飼ってる鳥の餌にしてもらいましたが」
昼時。ハーちゃんと教室でお弁当を広げながら、今朝あったことを話した。
「ルーちゃん、言おうと思っていたんだけど……。それっていじめじゃないかな?」
「いじめ? なんだ、それは?」
聞けば、それは人間が本能的に持つ行動らしいことがわかった。
なるほど。弱者を寄ってたかってか。
確かに手口は陰湿だし、卑劣だ。
ほぼほぼ我が受けているのは、いじめというものだろう。
「仕方ないかもしれないわね」
「え? ルーちゃんはそれでいいの?」
「何者かは知らないけど、私が聖女として弱者――つまり未熟ものであることは確かですから」
「いや、そういうことじゃなくて……」
つまり我をいじめているものは、我にこう告げているのだ。
聖女としてまだまだ弱く、未熟だと。
我がもっと高みを目指せるようにと試練を与えているのだろう。
「ルーちゃんのそういう前向きなところは、とてもいいところだと思う。でも、放っておくのはダメだよ。こういうのは、どんどんエスカレートするんだから」
ハーちゃんは目尻を立てながら、我に忠告する。
こういう時の真剣なハーちゃんの忠告は、傾注する価値がある。
もしかしたら、ハーちゃんにも似たような試練があったのかもしれない。
虫はともかく折角の学院の備品を汚されては叶わぬ。
大量の画鋲を拾い直すのにも骨が折れたしな。
少し調べてみるか。
【去図】
我が魔術を唱えた瞬間、教室の時間が巻き戻っていく。
その様子を我と、側にいたハーちゃんだけが見ていた。
「ルーちゃん、これは?」
「巻き戻した時を見る魔術です。これで今日私の机で何が起こったか見てみましょう」
とりあえず我は【去図】を使って、早朝の教室を映し出す。犯行に及ぶとすれば、まだ教室に誰もいない時間帯と推察したが、ビンゴだ。見慣れぬ生徒が教室に入ってくると、我の机の中に大量の虫を入れ始めた。
犯人は3人。同級生ではない。少なくとも演習を共にする1年生の誰でもないような気がする。ならば、上級生ということになるが……。
「この人たち……」
「ハーちゃんの知り合い?」
「知り合いってわけじゃないけど。何度か校舎で見かけたことがあるよ」
「誰ですか、ハーちゃん」
ハーちゃんはゴクリと息を呑んでから、こう告げた。
「イザベラ様の取り巻きの人たちだと思う」






