第51話 謎じゃない転校生
転生早々に魔族の反乱を鎮め、さらには更生させてみせた我は特に不自由のない生活を送っていた。
あれから王国が何かちょっかいを出したり、聖クランソニア学院を辞めさせようとしたり、色々と画策してくるかと考えていたが、そんなことはない。おそらくあの国王が動いてくれたのであろう。我から見れば、凡庸な老人にしか見えぬが、なかなかできる君主のようだ。
「あ! ハーちゃん、おはよう」
学生寮から校舎へと向かう道すがら、見知った聖女候補生に手を振る。明るい茶色の髪に、色白の肌。眼鏡の中に収まった薄い水色の瞳は優しく、人間の娘となった我の姿を映している。素朴な顔立ちだが目には強い意志のようなものが宿っていた。
我が第一友達ハートリー・クロースである。
「ルーちゃん、おは――――」
制服の裾をふわりと浮かし、我の方を向くまでは良かった。
しかし、そこからがいただけない。急に向きを変えたため、足がもつれて盛大にずっこけてしまう。
「ハーちゃん、大丈夫?」
「へ、平気、いつものことだから。あははは」
ハーちゃんは苦笑いを浮かべるが、膝から血が出ていた。
軽傷とはいえ、放っておいたら化膿するかもしれない。
「私が回復してあげましょう」
「い、いいよ。自分でやるから」
「遠慮しなくてもいいですよ。痕が残ったりしたら、大変ですし。嫁入り前の身体なのですから」
「よ、嫁……!!」
「それでは……」
回復してやろう。
ピカッ! と聖クランソニア学院の校舎前が真っ白に染まる。
同じく登校していた生徒や職員たちは、突然のまばゆい光に悲鳴を上げた。
うむ。我ながら今日の回復魔術は調子が良い。先日ダークドラゴンに加勢した時はいまいちだったが、ようやく我が理想とする回復魔術に近づいてきた気がする。最強の大魔王ルブルヴィムから、人間の聖女になるべく転生したが、我の判断は間違っていなかったようだ。
調子の良さを示すように、ハーちゃんの傷口は完璧に治っていた。
「うむ。完璧ですね。どう――……ん? ハーちゃん?」
「嫁……。お嫁さん……」
「どうしました、ハーちゃん。顔が真っ赤ですよ!?」
「え? ちょっ! ルーちゃん、顔が近い」
「熱もこんなに……!! もしかして風邪を引いて」
ぬかった! まさかハーちゃんが風邪を引いていたなんて。
なのに我は慢心し、膝の傷だけを治してしまった。
いや、そもそも回復魔術が完璧であれば、ハーちゃんの風邪も吹き飛ばしていたはずだ。
(なんたる未熟!! 技術云々ではない! 我の心が弱いせいだ)
帰ったらドラゴンの身体すら潰れてしまう大瀑布『ドラゴンクラッシャーの滝』で滝行をせねば。この慢心した心を今一度引き締めるのだ。
「だが、その前に……」
我はハーちゃんを抱え上げる。
「ハーちゃんを保健室に連れて行きます!!」
「ちょっと! ルーちゃん!! だ、大丈夫だって」
「無理しないで! 風邪は初期対応が肝心だと私の母が言っていました。全力で向かうので、振り落とされないように気を付けてくださいね」
「振り落と……って! ハーちゃん! 廊下を走っちゃダメなんだよ!」
早朝よりハーちゃんの悲鳴が響くのだった。
◆◇◆◇◆
本日の授業は都外演習だ。
王都南の森林を舞台とし、BからFクラスの聖騎士候補、神官候補、聖女候補合同で、対魔獣の訓練を行う。教官たちに隊列の大切さ、それぞれの役割を教えてもらいながら、実際に魔獣を狩るのが演習の趣旨である。
「ルブルの姐さん、ハーちゃんの姐貴、おはようございます」
足を開き、膝に手を突いた状態で頭を下げたのは、我よりも上背がある聖女候補生だった。腰まで伸びた金髪に、鋭く光る青の三白眼。金髪からは長い耳が勢いよくピンと張りだしており、本人が“ちょうらん”と呼んでいるスカートの丈は、足首まで隠していた。
我の第二友達ネレム・キル・ザイエスである。
ちょっと融通が利かぬ友人で、我が敬語禁止といっても堅苦しい言葉を使ってくる。翻せば、忠義に厚いということでもあるから、我も信頼を置いていた。
「今日の演習よろしくお願いしますね、ネレム」
「はい。手はずはととのっております」
ん? なんの手はずだ。
そういえばクラス対抗戦で、ネレムが所属する生徒が全員食中毒にかかっていたことを後になって知ったが、もしかしてそれと何か関係があるのだろうか。
「そういえば姐さん、聞きましたか? 聖騎士候補に転校生がやってくるって」
「転校生? この時期にめずらしいね」
転校生という言葉に、ハーちゃんは目を丸くする。
我にはわからぬが、どうやらそういうものらしい。
すると、集合の合図がかかった。
「今から演習を行うが、その前に転校生を紹介する、殿下どうぞ」
整列する生徒たちの前に、1人の男子生徒が立つ。
狼の毛のようなシルバーブロンドの髪に、北国の湖にも似たコバルトブルーの瞳。体格はさほどあらず、おそらく我より少し背が高いぐらいだろう。それなりに鍛えているらしく、制服の上からでも上質な筋肉が見て取れた。
如何にも眉目秀麗という顔立ちだが、顎に力が入った顔にはそこはかとなく厳格さが窺える。
それにしても「殿下」ということは、王族――つまり王子ということだろうか。
「テオドール・ガノフ・セレブリアです。テオと呼んで下さい」
気負うことも、気取ることもないシンプルな挨拶だった。嫌味はなく、鼻につくような傲慢さを感じられない。王子と言われなければ、庶民となんら変わらない、からりとした空気を纏う男子であった。
突然の王子の登場に聖女候補生たちから黄色い声を上げる。
早速、色目を使い、テオドールを物色し始めるものさえいた。
妙な空気にテオドールの方が困っているほどだ。
「テオドール王子!」
列を抜けて前に進み出てきたのは、縦巻きの金髪ロールが光る聖女候補生だった。ミルクを垂らしたような純白の肌に、健康的でしなやかな手足。慌てていてもどこか気品を感じる動きは、育ちの良さが窺える。深い青色の瞳はサファイアのように輝き、テオドールを捉えていた。
「あれは確か……?」
「フォンティーヌ公爵家のイザベラ様ですね。セレブリア王国でも指折りの名家のご令嬢です。でも、確かうちらより1つ年上だったはずですが……」
物知りなネレムが我の耳元で囁く。
所作からして名家の令嬢であることはすぐわかったが、まさか公爵とは。
恰好からして1つ上の聖女候補生のようだが、公爵令嬢でありながら危険と隣り合わせである聖女を目指すとはなかなか感心だ。
そんなイザベラ嬢と、テオドール王子は旧知の仲らしい。
「イザベラ……。どうしてここに? 君は2年生だろ。1年生の演習にどうして?」
「テオドール様が復帰すると聞いて、いてもたってもいられず。教室を抜け出してきてしまいました。テオドール様こそどうして? 1年生の演習に」
「それは……」
テオドールは少し淀む。
どこか苦しそうな表情を浮かべた。
病気でも患っているのだろうか。
「君も知っているだろ。僕は入学早々に大怪我をして」
「だから、1年生から? ならあたくしも1年から……」
「ダメだ。折角、進級したのに」
「イヤです。テオドール様が学院に復帰されたというのにお側にいないどころか、学年すら違ってしまうなど」
何やら痴話喧嘩が始まった。
この空気でこういうのもなんだが、何とも絵になるカップルだ。
王子と公爵令嬢なのだから当たり前といえば当たり前なのかもしれないが……。
その後、結局イザベラはテオドールから引き剥がされてしまった。しかし、1人で学院に返すわけにもいかず、見学という形を取ることになる。一方でテオドールは少し安心した様子で、挨拶を仕切り直していた。
「ご存知かと思いますが、僕は王族です。しかし、この聖セレブリヤ学院では1人の聖騎士候補生と見てください。敬語も敬称もいりません。先ほども言いましたが、テオと呼んでください」
王族でありながら、1人の生徒として見てもらうことを請うとは、なかなか見所がある王子のようだ。
◆◇◆◇◆
都外演習は5分ほど遅れて、始まった。
対魔獣戦は対人とは少し違う。なので以前のクラス対抗戦の陣形とは異なる。神官候補が結界魔術を展開して魔獣の足を止め、止まったところを聖騎士候補が前衛にスイッチして、攻撃を加える。聖女候補は盾役となった神官候補の回復役だ。
最初こそ陣形を取ることすらままならなかった1年生たちも、3回目の都外演習となれば、動きが様になってくる。それぞれの役割を理解し、適切な配置につくと、森に潜むシャドウウルフと相対する。
シャドウウルフは我からすれば雑魚中の雑魚だが、我は聖女候補。主に前衛に出て戦う聖騎士候補や神官候補の回復を担う。とはいえ、一生懸命戦っている仲間たちを見ると、腕が疼く。1匹ぐらい自分で倒してもバレないだろうか。
「Fクラス! そっちに行ったぞ!!」
教官の声が飛ぶ。
忠告通り、低い姿勢を取りながらシャドウウルフが、我らFクラスの陣形に向かってきていた。こやつらの特徴は敏捷性の高さに加えて、集団戦を得意としていることだ。うまく位置取り、獲物を取り囲み、間断のない攻撃を加える。
対処方法は様々あれど、もっとも効率的なのは光の魔術だ。
シャドウウルフは日光を苦手とする。引きつけたところで光の魔術を当てれば、しばらく動けなくなってしまう。
今回Fクラスはシャドウウルフと初めて戦うことになる。
教本に掲載されている弱点を、生徒たちは果たしてどこまで理解しているかが勝敗の鍵となろう。
「神官、来るぞ! 光の魔術を用意!!」
どうやら我以外にも対処方法を知っている生徒がいたようだ。
我は声の方をちらりと見ると、テオドールだった。
Fクラスとは今日が初実戦であるにもかかわらず、迫ってくる魔獣を見て鼻白む同級生たちを鼓舞している。実際、テオドールの激励によって、生徒たちの顔はようやく戦う者の顔立ちになった。
神官候補たちはテオドールのかけ声ともに、光の魔術を照射する。目論見通りシャドウウルフたちの動きが止まった。
「今だ! 聖騎士、前へ!!」
勇ましいテオドールの号令が続く。神官候補とスイッチした聖騎士候補たちが待っていましたとばかりに前に出てくると、シャドウウルフを蛸殴りにする。拍子抜けするぐらいあっさりと、Fクラスは勝利を手にしてしまった。
同級生たちは諸手を挙げ、喜びを爆発させる。
演習を無事に終えたことは良きことだが、我としては聖女の仕事がなかったことが多少不満がある。そうだ。先ほどテオドールの表情が怪しかったな。何か病気を患っているなら、我の回復魔術で治してやろう。
「テオドール王子、指揮をありがとうございます」
「とてもやりやすかったです」
「さすが王子です」
テオドールは同級生に囲まれ、称賛の嵐を受けていた。
本人はやや困惑気味に応じている。
弱ったな。これでは近づけぬ。
「ん?」
何か大きな気配を感じる。
魔獣が残っているのか。この気配からして、ルナルクであろう。
大きな熊のような姿をした魔獣だ。気配を殺すのがうまく、確実に仕留める距離に近づき、獲物を仕留める。森のハンターだ。
(ぬかった……。かなり近いところまで来ているぞ)
今から陣形をもう1度敷いても遅い。
仕方ない。こっそり我が仕留めておくか。
我はルナルクを刺激しないように足音を殺し、近づいていく。
「ん? 気を付けて! 近くにまだ魔獣がいるぞ!!」
テオドールが叫ぶ。どうやらルナルクの気配に気づいたらしい。
それ自体、感心するべき事案ではあるが、タイミングがまずい。
隠れているルナルクを刺激することになる。
『グオオオオオオオオオオオオ!!』
心配していたことが的中した。
テオドールの声にルナルクが反応し、茂みから飛び出してきたのだ。
しかもその前にはハーちゃんの姿があった。
「危ない! ハーちゃん!!」
こうなれば、我としてはなりふり構っていられない。
タンと地を蹴ると、ハーちゃんの背後に迫ったルナルクの頭上に踵を落とす。ルナルクの顔は凹の字にひしゃげると、そのまま豪快に後ろに倒れた。
「すごい……」
同級生や教官たちが静まり返る中、テオドールが呆然としながら一言つぶやく。我は構わず、腰砕けになっているハーちゃんにかけよった。
「大丈夫ですか、ハーちゃん」
「う、うん。ありがとうね、ルーちゃん」
見たところ怪我はなさそうだ。
我はホッと息を吐く。
「Cクラスのルナルクを、一撃……。それも蹴りだけで……」
ルナルクの死体を一瞥した後、テオドールはこちらを向いた。
徒手空拳でも強いことは、Fクラスも他のクラスもよく知っている。しかし、今日初めて我の強さを知ったテオドールにとって、素手で魔獣を倒せる聖女候補生の存在など論外であろう。
ましてテオドールは王族である。
一体何を言われるか……。
「テオドール……お、王子……。これは……、その……」
「名前を聞かせてもらえないか、ご令嬢」
テオドールが膝をつき、さらに我の手を引いた。
「は、はい? ……ルブル・キル・アレンティリと申しますが」
「では、ルブル殿。どうかお願いします」
僕を弟子にしてほしい。
そしてテオドール王子は頭を下げた。
「は、はいぃ?」
我はフリーズするのであった。
◆◇◆◇◆
テオドール王子が、かつて大魔王だったルブルに弟子入りする。
そんなセンセーショナルな場面を目撃した生徒たちは、驚きの声とともに盛り上がる。
最中、その光景を冷たい目で見守る少女の姿があった。
イザベラ・ガイ・フォンティーヌである。
名家の公爵令嬢は口元を扇子で隠し、こう呟く。
「ルブル・キル・アレンティリ……。そう。あれが……」
ジャアクなのね……。






