最終話 それぞれの道を……。
最終回です。
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↑ 嘘です。続きます。
しかも書籍化しました!
学院長室に行く間、副院長の口数は少なかった。
以前は頭蓋に響くような金切り声を上げて、我を叱っていたものだ。
なのに、今日は借りてきた猫又のように大人しくなっている。
いや、大人しいは少々大人しい表現だったかもしれぬ。
前を歩きながら、頻りに我の方に視線を向けている。
その表情は多少なりとも強張っているようにみえた。
「何か副院長様、おかしくありませんか、ハーちゃん」
「うん。この前、学院長様に怒られたからかな?」
そう言えば、廊下で声を上げてお説教するな、と学院長に説教されていたな。
「こほん……」
唐突に副院長は咳払いをした。
それ以上何も言わなかったが、副院長はそのまま歩き続ける。
学院長室に近づくと、副院長は小声でこう言った。
「ルヴル・キル・アレンティリ……」
「は、はい」
「あなた、何をしたの?」
強い詰問口調でもなければ、冷淡な尋問でもない。
言葉尻に、やや心配げな感情を付けて、副院長は学院長室のドアをノックした。
『お入りなさい』
学院長の声が聞こえる。
副院長がドアを開けて、我らを招き入れた。
立っていたのは、ネレムだ。
「姐さん……」
「ネレムさんも呼ばれたのですね」
「え、ええ……」
良かった、とばかりにネレムはホッと胸を撫で下ろす。
すると、今度は学院長が穏やかな笑みを浮かべて、我の方に進み出た。
「大事な授業があるのに、3人とも呼び出してごめんなさいね」
「いえ。大聖母様のお呼び出しとあれば」
我は膝をつき、手を胸の前で交叉させて、ルヴィアム教の挨拶の姿勢を取った。
それを見て、ハートリーたちも慌てて倣う。
若き聖女候補生の姿を満足そうに見つめた学院長は、さらにえくぼを深めた。
「わたくしから色々とお話ししたいことはいっぱいあるのだけれど、ルヴル・キル・アレンティリ」
「はい」
「あなたにお客様よ」
部屋の一角に設えられたソファから立ち上がる者がいた。
視線を動かすと、白髭を撫でる老人の姿があった。
纏った赤い外套には、セレブリヤ王国の紋章が金糸で刺繍されていた。
「「「国王様!」」」
我とハートリー、ネレムは声を揃える。
慌てて、頭をそちらに向けて、膝をついた。
セレブリヤ王国国王リュクレヒト・マインズ・セレブリヤだ。
王宮で出会った時と同じく、人の良さそうな顔を浮かべて、「ほっほっほっ」と肩を震わせていた。
「良い。楽にせよ」
言われ、我らは立ち上がる。
「どうして、国王様が学院に……」
「普通、召喚に応じて王宮で謁見するはずですが」
子爵の息女であるネレムが解説する。
「王宮では、ちと話しにくいことなのでな。学院長に無理を言って、ここに来させてもらった」
「無理を言ってなど、とんでもありません、国王様」
「居心地が良ければ、どうぞゆっくりなさって下さい」
大聖母は嬉しそうに笑う。
国王もまた口を大きく開き、機嫌よさげに笑った。
「ほっほっほっ……。冗談に聞こえぬよ、アリアル。ここにはそなたを含めて、可愛い娘が多いからなあ」
「まあ、国王様ったら」
アリアルも国王も楽しそうだ。
「なのに、宮廷の者たちは実に慎重でな。お主と会うことを最後まで止められた。ここにはお忍びで来ておる」
「他言無用ということですね。そうまでして、何故学院に?」
「今も言ったじゃろ? お主と会うためじゃ、ルヴル・キル・アレンティリ。いや、大魔王ルヴルヴィムと呼ぶべきか」
「国王様……」
「お主が聖クランソニア学院に戻ってくると聞いてな。余、自ら出向かねばと思ったのじゃ。すでに首は入念に洗っておるよ。お主の選択を聞きたい」
それはつまり、自身の死を覚悟しているということだ。
まさか死ぬために、ここにやって来たというのか。
人類の王とは、なんたる潔いのか。
いや、これが君主として当然の形なのかもしれぬ。
我には縁遠いものではあったがな。
「本気ですか?」
「むろん……。そなたら魔族を騙し、滅ぼしたのだ。そして、今その大将たるあなたが我々の前に現れたのだ。責を負うのが王の役目……。許してくれとはいわぬ。一生、我が首の前で呪詛を吐いてくれてかまわぬ。どうか余の首1つで、国……いや、愚かであった人類を許して欲しい」
先ほどまで穏やかな空気がピンと張りつめた。
誰も何も言わない。
ハートリーとネレムは事情を知っている。
ギョッとした顔をしていたが、王の行動を止めようとはしなかった。
学院長にしても同じだ。
事情を国王から聞いたのかどうかはわからない。
ただ黙ってやりとりを見ていた。
3人が何もしなかったのは、恐らく国王の意志がそれだけ固いと見えたからだろう。
許しを請う言葉、そして泰然とした佇まい……。
我にはまるで、大魔王に降伏を願い出た勇者ロロのように見えた。
なるほど。
これが人の王であるのか。
我にこの強さはない。
求める強さのベクトルが違うしな。
この姿こそが王道というなら、我が亡き後、魔族が滅んだというのも頷けるというものだ。
しかし、それでも人類は我に勝てなかった。
ロロがいくら修行し強くなろうが、国王が君主として覇道を極めようが、我はそれらすべてを上回っていることは事実。
暴力と一言で括れば、安い言葉に思うだろうが、それは真理であった。
「リュクレヒトよ……」
我は声をかける。
大魔王として……。
「そなたは言ったな。我に自由を与えると……。後にも先にも、我に物をやったという君主はお前が初めてだ。我はもっぱら奪う側であったからな」
「それは光栄じゃな」
「だが、我に自由を与えておいて、自分の首をはねよと命を下すのは、ひどく矛盾した行動ではないのか?」
「…………っ!」
国王はゆっくりと顔を上げる。
「そなたの生殺与奪もまた自由……。まあ、自由という供物は案外悪くはない。お前を倒して、次期国王が撤回したりしたら困るからな」
「では……」
「命などとらんよ。この国も滅ぼしたりなどもせぬ。そもそも我がほしい命は、お前のような老人の命ではない。我の魂を震わせるにたる強者の命だ」
我はニヤリと笑った。
恐らくその笑みは非常にジャアクであったのだろう。
周囲の人間たちが、ぞっと顔を青くするのがわかった。
「こほん……。それに今の私は大魔王ルヴルヴィムなどではありません。ターザムの娘ルヴル・キル・アレンティリですので」
我は制服のスカートの端を摘み、改めて典雅に挨拶した。
「では、お主はこれからどうするつもりだ?」
「答えるまでもありません。回復魔術を極めるだけです」
「回復魔術を? 極める?」
国王は戸惑いながら、学院長に助けを求めた。
その学院長は肩を竦めて、微笑んだ。
「別に何も変わりませんよ、国王様。ただアレンティリの娘であることと、これまで通り学院を通学させていただきたいということ。そして――――」
我はハートリーとネレムの手を繋ぐ。
「友達と一緒にいることを、望むだけです……」
その時――。
国王の目に映った銀髪の少女の顔は、薔薇でも菫でもなく、道ばたで顔を上げる野花のように元気良く輝いていた。
「ほっほっほっ……。余らは何か勘違いをしていたのかもしれぬな」
国王は1人納得したように頷いた。
「良かろう……。いや、余が許すまでもない。好きにするがよい、ルヴル・キル・アレンティリよ。そなたは、そなたの道を歩むがよい」
「勿論、そのつもりですわ」
こうして我は一学生に戻った。
大魔王ではなく、聖女として人生を再び歩き出す。
かけがえのない友と一緒に……。
「良かったね、ルーちゃん」
「いつまでもついていきます、ルヴルの姐さん」
うむ。
2人がいれば、我も心強い。
共に回復魔術の深奥を覗こうではないか……。
これで我の話は終いだ。
何? もっと読みたい? 話数が短いだと?
ならば、全力でかかってくるがいい。
その前に、HP・MPは満タンか、装備の貯蔵は十分であろうな。
何――? それはいかん。
我と相手するのだ。
全力でなければ、困る。
さあ、回復してやろう……。






