第4話:仮面の下からのぞくのは
「アイリシアのウィザードアーマーに襲われただと?」
グリーヴとロザリーの説明を聞いたアランは、身を乗り出すように聞き返した。
「俺達が助けに入った隙に三人は車で逃げたんだが……」
「嫌な予感がして追いかけたんだけど、事故車とこの免許証だけが残ってて、三人はいなかったんだよ」
「休戦協定違反に抵触しかねない緩衝地帯での戦闘行為を隠蔽するため、捕らえられらとみて間違いないな」
二人の説明にアランはがっくりと椅子に倒れるように座り込み、動揺を隠せなかった。
「そうか。いつかは来ると思っていたが、これ以上逃げも隠れもできないか……」
アランが苦悩の表情を浮かべた。
そこへロザリーが質問を投げかけた。
「ところで一つ聞いていい? このカズトって子、本当の名前なの?」
「多分、君の思っていることが正解だ。俺はあいつを守るように命令された。六年前のあの日に」
「……そう」
ロザリーが安堵したような笑みを浮かべた。
「俺のほうもお前たちについて一つ聞きたい。グリーヴ=フィールか、本当の名か?」
「今は本当の名だ。何故俺の名が嘘の名だと思った?」
「さあな? 俺も昔の仕事柄、いろいろと詳しくってな。それにこんな厄介ごとにわざわざ首を突っ込む人間が、ただの傭兵のはずがない」
アランとグリーヴは互いに顔を見合わせた後、プフッと笑った。
「ははっ。俺たち三人、似た者同士だったってわけか」
「似た者同士? そりゃどういう意味さ、グリーヴ」
「そうだな。あの戦争でそれまでの『自分』の全てを無くし、『らしくない自分』として生きている者同士」
「ロザリーは『家』を捨て、俺は『家』を無くし、アランは『主』を無くした。そんな似た者同士ってわけさ」
「はあ? アタシとアランはわかるけど、グリーヴは?」
「ま、いいじゃないか、んなこたぁ」
グリーヴは笑ってごまかす。
そこへアランが切り出した。
「何でも屋だというのなら、一つ仕事を引き受けて欲しいのだがな?」
「仕事? 何をすればいい?」
「俺の無茶に付き合って欲しいんだが」
「無茶?」
「あの子を家に帰すのを手伝ってほしい」
「つまり拘束されている弟を脱出させて、ここに連れ帰ってくれと」
「いや、そうじゃない」
アランは首を横に振った。
「じゃあ何をしろってんだよ?」
グリーヴの問いには、ロザリーが代わって答えた。
「アランはあの子を家に帰したいわけね。ここじゃなく本当の家に」
アランは大きく頷く。
「こりゃ今までにない大仕事になるな」
グリーヴは苦笑する。
「しかしな。ロザリーはよくても、俺はアカの他人だ。ただでやる義理はない。それに俺はあの国が大嫌いなんだ」
「なに、問題ないさ。依頼を完遂したなら、望みの額をふんだくってやればいい。お嫌いな魔導王国からね」
「そうか。あの国への嫌がらせなら全力でやってやるよ!」
グリーヴが笑い返し、
「契約完了だ。よろしく頼むぜ」
と言って右手を差し出し、アランと握手を交わした。
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カズトが目覚めると、そこは配管や亀裂の入ったコンクリートがむき出しになった部屋だった。
あたりには長く放置されていたような寝台やソファーなどが放置かれており、そこがかつて居住区であったことを示している。
「ここはどこだ? ライとユファは!?」
「お友達は別の部屋にいる。なに、手荒な真似はしておらんよ」
答えたのは仮面の男だった。傍らには切れ長の目の男が付き添っている。
「私はアイリシア魔導騎士団のダーキス=シルヴァ。こちらはハインド=ミール」
「騎士団だって!?」
「意外かね?」
「当たり前だ」
カズトはキッとダーキスを睨みつけた。
「魔導騎士団って立派な人達だと思ってたんだけどな。なのにあれは何だ? あんな無意味な人殺しをやるのが魔導騎士団か?」
「ほう、結構腹は据わってるんだな。お友達はかなりびくついていたのだが……」
カズトの胆力に素直に感心しながらも、ダーキスはカズトを見下して、高圧的な笑みを見せた。自分の立場をわきまえ給え、言外にそう示している。
「君の名は何という?」
「……カズト=コール」
「生年月日は?」
「降臨暦1044年9月23日」
「ふうん?」
ダーキスは首をかしげる。
「何がおかしい?」
「いや、君の名前と誕生日、本当か?」
「嘘を言ってどうなる」
「おっと失礼。質問を続けよう。君はシークリスタ出身でいいのかな? どこかから移り住んだとかは――」
「何だってあんたらにそんなことを聞かれなきゃならない? いったい何のつもりだ?」
一方的に自分の個人情報を聞きだされる状況にカズトはいら立ちを露わにした。
「なあに、ただなんとなく興味が湧いただけさ」
ダーキスはあっけらかんと言ってのけ、カズトを混乱させた。
「あんた、いったい何なんだ……?」
怒りと恐怖と呆れの混じりあった目でカズトがダーキスを見て、仮面の下の瞳と目があった気がしたその時だった。
「うっ!?」
何かがカズトの脳髄をのたうつような激痛が走る。
「なんだ、これは……?」
痛みに耐え切れず、カズトは倒れこみ、意識が遠のいていく。
その中でカズトの頭に声が響いた。
――まだ死に切れませんでしたか――
――私の恨みはね、あなた方全ての存在を消すまで 消えることはないのです――
――では、安らかに――
殺意と憎悪に満ち溢れた、何者かの声。
「おい、しっかりしたまえ」
さすがに心配になり、ダーキスが歩み寄る。しかし、
「お母さん――?」
虚ろな目をしてうわ言のように呻いたかと思うと、カズトはガクッと気を失った。
気を失ったカズトをおんぼろの寝台に横たえた後、ダーキスとハインドの二人は部屋を後にした。
「いかがでしたか?」
「とりあえず名前と誕生日は違う」
「しかし、彼が見せたあの反応が気になります。もしやあなたに何かを感じ取ったのでは?」
「いや、今の段階では何とも言えんな」
「ではいかがいたしましょうか?」
「ふむ、彼にも保護者はいるだろうしそちらに聞くか。あるいは彼に眠っているはずの能力を、無理やりにでも引っ張り出すかだ。彼にかけられた封印は、必ず解いて見せるさ」
ダーキスがそう口にした時だ。
遠くで爆発音が聞こえ、建物全体が揺れた。
途端に陣地内部が慌ただしくなる。
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「どうした。何があった?」
フレイ中尉は、目の前を通り過ぎるところだった兵士二人組を呼び止めた。
「ここから1kmほど先で爆発です。原因はわかりませんが……」
「この基地に向かって攻撃がなされた可能性もあります」
「攻撃だと? ふざけた真似を!」
フレイは“攻撃”の一言に激高しそうになるが、その気持ちを抑えて
「FAは出撃準備だ!」
とFA隊の指揮官らしく指示を出し、自分の機体のコックピットに向かった。
「あいつは騎士団員じゃなくて国軍か。見覚えのない奴だが……」
「組織はでかいし、六年も経てば入れ替わりでくらいあるでしょ」
「それもそうか。おかげで向こうも俺を知らんようで助かるわけだが」
「でもあいつも抜けてるよ。大部隊でもないのに配下の顔をチェックしきれていないのはさ」
フレイが去った後、二人は兵士らしからぬ話をしていた。
「それよりきっちり時間通りの陽動だ。お前のとこの大将は意外と優秀なようだな」
「普段は抜けてるようで、本番はしっかりしてるやつだよ。そこは信頼してあげてね」
二人はそんな話をした後、他の兵士達がそうするように武装を整えた。
「さて、カズトたちのいそうな場所はどこだ?」